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 体育館の二階といっても、この学校の体育館の二階に観客席のようなものはなく、正面舞台脇に上り階段の設置された準備室や放送室、二階の窓に行くための細い通路があるだけだ。
 上る階段は舞台脇に二箇所。一方は垂直のはしごだから、大体はもう一方の放送室脇を抜ける方を選ぶ。

 なので、俺たちは体育館内で部活中の他者に邪魔にならないように、放送室に一番近い奥の扉から入ることにした。

 扉を開ける前に呼び止められて、結局体育館には入れなかったのだけど。

「斎木先輩。お話があるんですが、ちょっと時間良いですか?」

 それは、写真でしか顔を見たことのない相手だった。
 たしか、石川くんとかいったかな。

 地味で目立たないタイプの俺にそんな声のかけ方をする人は今までなかなかいなくて、咄嗟に反応ができなかった。
 代わりに野川さんが答えてくれたのには本当に助かった。

「悪いけど、こっちには話はないよ。何の用?」

 何もそんな、こっちが始めから喧嘩腰になることないのに、と思って野川さんを見やれば、思ったよりむっとした表情だった。
 どうやら俺と一緒に行動しているらしく見えるはずの三年生に対する態度の失礼さが気に食わなかったらしい。
 まぁ、人を呼びつけようって時にその相手の同行者を無視っていうのはよろしくないよな。
 せめて借りて行きたいと一言断るのは常識の範疇だろう。

「貴方には関係ありません、野川さん。
 こっちでは生徒会長なんて気取ってても、向こうでは所詮影の薄い落ちこぼれだ。黙っていてもらいましょうか」

 影が薄いっていうのはきっとそう装っているのだろうから認めるとしても、この人を落ちこぼれと評するならあの学校の学生は俺を含めてほとんどみんな落ちこぼれだと思うけど。

 年齢とかはともかく、他人相手にする態度としては実に失礼で、俺はやれやれと首を振った。
 まぁ、軍部予備人員としてはわかりやすい人種かも。
 腹が立つんだよね、あの上から目線。
 俺もそういうところは大人しくしてない性質だけど、野川さんも考え方は似てるのかな。

「勝手に決め付けるのはやめてもらえませんかね。落ちこぼれ大いに結構。だけど、見下される覚えはないよ」

「ふん。他に対抗馬もないお飾り生徒会長が偉そうに」

「何の肩書きもない一年坊主よりははるかに偉いだろ」

 あまりにも礼儀を知らなさ過ぎる発言に、野川さん本人が反論する前に俺が口を出してしまった。
 だって、たった二年の年齢差だとしても、それは酷すぎる。

 彼自身が口にした悪口よりはまだましな表現だったと思うんだけど。
 その一年坊主は俺のツッコミに途端にいきり立った。

「何をっ!?」

 何のひねりもない叫びの一言と共に、殴りかかってくる。
 まるで俺が何か言うことを待っていたような反応の早さだ。

 普通に彼の力で殴られれば無傷で済まないだろうとは考えるまでもないわけだけど。

 うわ、と驚きの声を上げたのはその一年坊主の方だった。
 まぁ、肘から先が宙に消えてれば、驚くのも無理ないわな、普通。

 腕を引き抜いて戦いた表情と共に二三歩後退したのを見届けて、俺はそこに開けたゲートを閉じた。
 いつまでも開けてたら俺は良いとして野川さんにも危険だしね。

「な、な、な……っ!?」

「ってか、皇の台詞じゃないけどさ、相手がどんな能力者なのかくらいちゃんと把握してから攻撃してきなよ。一般人相手にするのとわけが違うんだからさ」

 やれやれ、という言葉もくっつけて両手を左右に広げて肩の高さくらいに翳し、首を振る。
 漫画ではよく見るけど現実にそれをする人はごく少数だろう的な、古典的呆れたポーズ。
 わざわざそんな態度を取るのは、もちろん相手を挑発するためだ。

 怒りは感じても何も言い返せない彼は、ギリギリと歯軋りしてそこに突っ立っている。

 ここで押し問答していても仕方がないし。

「野川さん。俺、ちょっと行ってきます」

「一人では行かせられないよ。天野くんからの大事な預かり物だからね。俺も行く」

「危ないですよ?」

「同じ言葉を返すよ。いざという時のために、一人よりも二人が良い」

 それは確かにその通りで、反論を咄嗟に思いつけなかった。
 仕方ないので肩をすくめる。

「近くにいてください。離れてると巻き込みかねないので」

 人命を奪う気はなくても、手加減をする気もない。
 最大三つという制約は身を守りながら攻撃するには厳しい制約なんだ。
 そもそも安全に通り抜けできるゲートを造るのにも、一方向にだけ向く風を生むのにも、二つの切り取り空間を組み合わせている。自分の身を守る結界を含めたら三つ全て使い切ってしまうんだ。

「で? どこに行けば良いの?」

 俺のお願いに軽く頷いた野川さんが尋ねてくれる。
 俺も同調して迎えの一年坊主に視線をやった。つまり、野川さんとの同行は譲らない意思表示だ。

 しばらく迷って諦めたのだろう石川くんは、ついてきてくださいと言葉だけは丁寧に、先に立って歩き出した。
 向かう方向は校舎と反対で、そちらには祭事用の物置小屋があるだけのはず。

 ってことは、目的地はそこだろう。
 まぁ、人目につかないところといえば校内には大した選択肢もないけど。





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