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放課後、滅多に鳴らない携帯が小さな音を立てた。
皇と、体育館に行くとか行かないとか揉めているその瞬間だった。
正体はメール。本文なしで添付の画像ファイルが一件。差出人は野川さんだ。
添付されていたのは、携帯カメラで撮った写真らしい。
写っているのは三人の高校生だけど、一人も見覚えがない。
「誰かな?」
話の途中で携帯を見る俺にむっとしていた皇に、俺はその写真を見せた。
俺が知らなくても皇なら知ってるかもしれないし。
野川さんが送りつけてきた写真だから松永さんの関係者には違いないはずだ。
写真を見た皇の表情が途端に険しくなった。
「松永さんだ」
「どの人?」
写っているのは三人。一人も知らないから聞くしかない。
二人で一つの画面を覗き込む。
携帯の画面を指差しながら皇が答えを教えてくれた。
中央の人が松永さんで、他の二人が取り巻きの石川くんと湯川くんだそうだ。
松永さんは瞬間移動使いで、石川くんは運動能力強化型の高橋タイプ、湯川君は透視能力者だから鈴木タイプだとか。
「誰からもらったんだ?」
「野川さん」
「呼んだ?」
皇からの問いに答えたら、背後から返事があった。
振り返ると、今日知り合ったばかりの先輩がにこっと笑っていた。
「え? 野川さんって……野川さんっ!?」
皇のビックリ顔とわけのわからない問いかけに、俺は何でそんなに驚いているのかわからなくてきょとんとしてしまって、一方の野川さんは大爆笑だった。
「皇、知り合い?」
「って、何で知らないんだよ、稲荷。三年で一番の有名人だろ」
三年で一番ってそんなに有名人なの?
首を傾げてしまう俺に、野川さんは笑いすぎで苦しそうだ。
俺が本気でわからない様子を見せるから、皇が何故か深くため息を吐いた。
「稲荷が世間に疎いのは知ってるつもりだったけど、さすがに驚いた。
あのな。今の生徒会長の名前、覚えてないのか?」
「生徒会長? 野川岳人さん……あ、そっか」
「遅っ!!」
それは確かに有名人だ。
名前はよく見るし何かと集会ごとに顔も遠目に見てたけど、気づかなかったよ、俺。
「気づいてないのか意識しないタイプなのかと思ってたけど、前者だったみたいだね」
もう、野川さんは笑いすぎです。
そんなこと言われてもさぁ、という感じに膨れて見せれば、野川さんはまたも笑いを深めてしまう。
そりゃ、気づかなかったのは悪いと思うけど。
「……人の顔を覚えるの苦手なんですよ。勘弁してください。笑いすぎです、野川さん」
そこは多分、子供の頃に引き篭もってた影響だと思うんだけど。
自分でもどうなんだとツッコミを入れたくなるくらいに、苦手なんだ。
ごめんごめんと悪気もなく謝ってようやく笑いを収めてくれた野川さんが、俺ではなくて皇に視線を向けた。
「今日は俺が斎木くんを預かっといてあげるから、部活に行っておいでよ。体育館の二階から見てるから張り切って頑張って」
「え……や、でも……」
「斎木くんには聞いてみたいこともあるしね。体育館に一緒にいれば天野くんだって安心だろう?」
どうだ、と少し自慢げに胸を張る野川さんに、戸惑っていた皇も頷いた。
野川さんなら有名人だから耳目を集めやすいし、同じ能力者で事情もわかっている。
任せるならうってつけの相手ではあるのだ。
それでも不安そうにこちらを振り返りつつ教室を出て行く皇を見送って、それまでにこやかだった野川さんが真面目な顔を俺に向けた。
「どうする?」
「彼らがこっちで何かを企んでいるのは十中八九事実ですよね?」
「二三日中には行動を起こすつもりだろうね。おかげで文面入れる余裕もなく写真だけ送り付けちゃったよ」
「何か聞いたんですか?」
「身動きできないように縛り付けてマワそうかってさ」
それはあれか。性的玩具扱いでこっちを萎縮させようって狙いか。
「なんていうか、無駄なこと考えますね」
「無駄?」
「野川さんが無機物に対して無敵なのと同じです。物理的な力はよっぽど手際よく俺の不意をつかない限り俺には無効ですよ」
「……それは、最強って言わない?」
「そうでもないです。弱点はけっこうありますから。誰にも教えませんけどね」
俺が持つ力の種類と制約を把握できれば弱点を掴むのも簡単だろう。
そう易々と知られる気はないけど。
「天野くんは知ってるの?」
「え?」
「君の強みと弱点。天野くんは把握してる?」
言われた瞬間は、何を言われたのかわからなかった。
そう言われてみれば確かに、一番近くにいる人だからこそ、身を預けられる人だからこそ伝えるべきなんだ。
そんなタイミングがなかったって言えばそれは事実なので言い訳も成り立つだろうけど、実際のところその必要を感じなかったというのが真相だ。
最も初歩的なところですら、今日はじめて教えたくらい。
俺の性格ってもしかしてすごく薄情なんだろうか。
自覚なかった。
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