30
自分の教室に戻ったのは、昼休みが終わる五分前だった。
教室に戻るなり、待ち構えていた皇に後ろから抱きしめられた。
このくらいのベタベタ加減は日常だからクラスのみんなは今更驚かないらしいけど、彼の独占欲が現れているような腕の力の入り具合が少し痛い。
「皇? どうしたの?」
「三年のクラスに何の用事?」
咎めるような拗ねるような口調でそう問われて、思わず皇を見つめてしまった。
それってつまり。
「嫉妬?」
「悪いか。渡り廊下で誰かと話してるのが窓から見えたんだよ。
誰だよ、あれ。稲荷に三年の知り合いなんかいないだろ?」
うん、確かにいない。
決め付けるような皇の台詞に反発する気持ちも湧かず、俺はこっくり頷いた。
三年生の知り合いなんて、今日はじめてできたんだから、間違ってない。
「野川さんだよ」
「……は?」
「だから、あの人。野川さん。昨日話したでしょ? 清水さんの恋人」
皇には相川医師や清水さんにこちらの世界のことを話した件は報告してある。
その流れで、清水さん側の事情も聞いた範囲で話したんだ。
会ってみようと思ってる、とも。
「……だからって、一人で行くことないだろ」
理由が判明したおかげなのか相手が恋人持ちだったからか、皇の態度が軟化した。
嫉妬されるのは嬉しいけどめんどくさいとも思うから、納得されてほっとする。
「だって、皇。今選挙運動で忙しいじゃない?」
「それはそれ。俺を仲間はずれにしないでよ、稲荷」
誤解はどうやら完全に解けたようだ。ただ甘える仕草になったのは、抱きしめてくる腕の強さでわかる。
社交的で他人から頼りにされるリーダー気質な皇だけど、俺相手限定で甘えん坊なんだ。
誤解が解けたところでやっぱり相変わらずピッタリくっついてイチャイチャしながら席に戻って、ふいに皇が真剣な表情になった。
「それで?」
「松永さんって人。この学校に通ってるって知ってた?」
「……マジで?」
やっぱり気づいていなかったらしい。まぁ、驚くのは当然だろうね。
俺も野川さんに教えられるまでその可能性を考えてなかったくらいだもの。
その事実が事態を楽観し出来ないものへと変貌させた。
皇の眉間によった皺が物語っている。
それから、皇は深いため息を吐いた。
「稲荷。しばらく一人にならないように注意して。帰りは家まで送るから」
「送るったって、皇は部活……」
「だから、体育館まで一緒に来ること。それと、絶対に一人にならないこと。必ず大勢の人目につきやすいところにいて」
「人目につくの、嫌なんだけど」
「稲荷の身の安全のためだよ。少し我慢すればそのうち気にならなくなるから」
もう、他人事だと思って。
衆目に晒されるってことが身震いするくらい苦手なんだよ、俺。
そんな目に遭うくらいなら、さっさと直接対決に持ち込んで完膚なきまでに叩きのめしてしまいたい。
む。そうしようかな。
「逃げてても埒が明かないし、誘い込んでみようかと思うんだけど……」
「ちょっ……。
無茶言わないでよ、もう。
相手がどんな能力者なのかちゃんと把握できてる?
一般人を相手にするのとわけが違うんだからね。
相手は戦争の専門学校で修行積んでる実力者だぞ?」
「そうは言うけどね、皇。
あの学校で自分の力を一から十まで曝け出して限界まで力を育ててる人がどれだけいるの?
今日野川さんに会って確信した。少なくとも特殊能力者には実力全開の人なんか一人もいないよ。
真面目な人ほど、頭の良い人ほど、力を隠してる」
言ってることがわかるか、と皇を見返せば、どうやらその事実が意外だったようで驚いていたけれど。
皇たちのような基礎能力増強タイプは力を隠すって難しいと思うけど、俺たちのような異能力者が力を隠すのは簡単。
使わなきゃ他人にはわからない。
「松永さんって人は、学内一位の実力を鼻にかけてるっていろんな人に言われるくらいだから、知られている力が彼の限界でしょ。
隠して一位転落するくらいならすべて曝け出すだろうからね。
その人のお取り巻きなら仲間たちだって考え方は似たり寄ったりだ。
で、一方の俺だけど、どんな能力を持ってるのか皇は全部把握してる?」
「え? 空間の一部を切って繋げる力、じゃないのか?」
「それは、あくまでも能力の一部にすぎないよ」
しかもその力だけでも随分と危険な能力だ。
俺なら俺を敵には回さない。命は惜しいからね。
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