29




 翌日の昼休み。

 俺は皇と別行動で三年生の教室を訪れた。

 部活をやっていない俺は、別の学年に知り合いがいない。
 おかげ様で、学内で見ることはあっても顔と名前が一致する相手が一人もいない三年生の教室は何だか別世界だ。

 階段から一番近い戸口にいる人に声をかけて、目的の人物を尋ねた。
 三年生とは聞いたけれどクラスまでは知らないから、一クラスずつしらみつぶしするつもりだった。

 捕まえた一人目とその人は顔見知りだったようで、C組にいると教えられた。

 C組に行ったら、呼んでもらおうと思って声をかけた戸口の人がまさしくその人で。

「英輔に聞いた翌日には会いに来るなんて、意外に積極的だね」

 戸口では何だからと連れ出された人気の少ない渡り廊下で、彼はしみじみとそんな感想を述べた。
 意外と言われることこそ意外だったけれど、目立つことを避けて地味に生活しているから皇の隣にいる地味な奴という程度の覚えられ方をしている自覚はあるし、だからこそ仕方のない感想かなとも思う。

 それより、気になることが一つ。

「英輔って?」

「え?
 ……あぁ、名前までは知らないか。学務の清水さん、って言えばわかる?」

 それはつまり俺にこの人の存在を教えてくれた、向こうの世界での彼の恋人。
 納得と同時に頷いた。

「それで、何か用事?」

 二つの世界を生きている人たちは、こちらでは極力干渉しないようにお互いに遠慮し合っている。
 だからこそ、わざわざ訪ねてきた俺に不思議そうな表情を向けられた。
 その野川さんに、一度ごめんなさいと頭を下げて、本題に入る。

「もし知っていたら教えて欲しいんです。
 松永さんという方の取り巻きの誰かがこの学校とか近所にとかいるって話を知っていたりしませんか?」

 名前しか知らないその人を警戒するのは、顔も人となりも知らない俺には難しい。
 かといって選挙で忙しい皇の手を煩わせるのも憚られる。
 となると、身近で頼れそうな相手に教えを請うのは自然な成り行きだ。

 松永さんの名前に不思議そうな表情を見せて、野川さんはこくりと頷いた。

「本人がここにいるけど?」

 え。

 それは考えてなかった展開だ。
 っていうか、松永さんって人、高三だったのか。

「でもどうして?
 松永くんと君では寮も違うし学年も違うし、接点ないでしょ?」

 それは俺もそう思うんだけどねぇ。
 相手がどう思うかはまた別問題ということだ。

「同じような空間移動ができる能力だから、反発してるんだと思うんですよね。
 何か、俺に敵意があるみたいな話を友人が小耳に挟んで来てまして、心配してくれるんです。
 なので、自分の身くらいは自分で守ろうかと」

「それは殊勝な心がけだね。
 でも、もしかして俺が松永くんの取り巻きの一人だったら飛んで火にいる夏の虫ってことになるけど、どうかな?」

「野川さんは違うと思います。
 清水さんに俺のことを話してくれていたでしょう?
 敵意を持って伝わっていたら、清水さんはあんなに気楽に俺をからかうようなことを言わないと思うんです。
 清水さんの反応は、同類に対する親近感が根底にあったから」

 同類というのはつまり、同性の恋人がいる同士という意味。
 確かにね、と野川さんも笑って頷いた。

「空間移動っていうのを広い意味でいえば俺も近いものはあるけど、やっぱり新入りっていう所に引っかかったのかな。
 松永くんって特殊能力持ちの中では優秀能力者って扱いを受けててそれを鼻にかけてたりするから、首位転落を懸念してるのかも」

「首位なんて俺は欲しくないんですけど。目立たないことが一番です、何事も」

 人の目を気にすることもなく平穏に暮らすことの大切さは、こんな能力を持ってしまったからこそしみじみ実感する。
 俺のその答えに野川さんは楽しそうに笑ったけど。

「天野くんの恋人やってる時点で、目立たないなんてすでに不可能だよ」

「やっぱりそうでしょうか……」

 だからといって、それを理由に皇と別れるなんて選択肢はさらさらない。
 ただがっくりと肩を落とした。
 野川さんには俺の反応こそが面白いらしくて無責任にもゲラゲラと楽しそうに笑っている。
 どうやら俺の反応を気に入ってくれたようだ。

「君は面白い子だね。
 良いよ、わかった。こっちの世界でだけになるかもしれないけど、協力してあげるよ、全面的に。
 携帯の番号教えてくれる?」

「はい。赤外線ありますか?」

 携帯をお互いに向け合って、電話番号の交換。
 もう一つの世界では携帯を持つことも禁止されているから、こちらでしか使えない通信手段だけど。
 ほんわかした雰囲気の野川さんが頼もしく請け負ってくれたのがありがたくて、ほっとした表情を隠せなかった。

「そうそう。この学校、一年生にも二人いるのは知ってる?
 彼らも松永くんのシンパだから、くれぐれも気をつけて」

「二人ですか?」

「あぁ、知らないか。そりゃそうだよね。
 通りがかりにでも写真撮れたら送ってあげるよ。顔くらい知っておきたいでしょ」

 はい、お願いします。
 頷いて頭を下げれば、野川さんはもう一度はっきり請け負った返事をくれて早々にそこを立ち去っていった。
 何かから逃げるような行動で不思議に思っていたら、手に持っていた携帯がぶるっと震えた。
 早速野川さんからのメールで。

『今すれ違ったのが松永くんだよ』

 文面を読んで慌てて振り返る。
 見えたのは友人三人連れ立って去っていく後姿だけだった。

 ってか、野川さんと別れたのは今すれ違った四人組が角から姿を見せる前だった気がするのだけど。

「あの人、視線の壁抜けもできるんだ」

 つまり、そういうこと。
 学校に自分の能力をすべて曝け出している能力者なんて、実はごく少数なのかもしれない、と今更なことを思う俺だった。





[ 29/63 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -