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 学校から入寮準備金としてもらっていた現金二万円で必要なものを全て揃えたら、本当にすごい量になった。
 三日で本当にこれだけ使うのかとビックリされたけど、使い切るわけでなし、使うと思うんだよね。
 引き篭もりしてた間に主婦業は一通り経験してるから、家事に使う道具ってのは大体わかるものだ。

 家から送った荷物は全部自分で詰めて、発送までは間に合わなかったから弟に頼んできたんだけど。
 届いた荷物は自分で詰めた方には一度開けた跡があって、箱がさらに一つ増えていた。

 元々箱に詰めていたのは気に入りの服がいくつかと下着類とTシャツ。
 後は学校の参考書類で、少し余裕があったのだけれど。

 その隙間に未開封の下着のストックが詰め込まれていた。
 増えていた方の箱は、家にストックしてあった洗剤の詰め替え用とか、お歳暮でもらっていた紅花油とか乾物とかレトルトとかの食品類がありったけ。

 で、手紙が一通、上に載せられていた。
 隠していたことを責めてしまってすまなかったという謝罪と、学校を出て自由になったら遠慮なく帰って来いというありがたい言葉が、改めて書面に向かって実に気恥ずかしいという心情を如実に表した文面で記されていた。

 本当に親の愛というのはありがたいものだと思う。
 返事を書きたくても校則と軍規で厳しく制限されていてそれは無理なのが実に悔しい。

 荷解きを手伝ってくれた皇が見守ってくれたのに安心したのか、素直に涙が溢れてくる。

「もう一つの世界で親孝行すると良いよ。こっちの世界の両親には伝わらなくても、きっとわかってくれる」

「……うん」

 頭を撫でられて慰められたのが子ども扱いされているはずなのにすごく嬉しかった。

 手紙には学校指定の口座に毎月仕送りするから無理に節約せずにゆっくり暮らしなさいと書かれて締められていた。
 家計でも切り詰めた生活が癖になってる感じだったけど、すっかりバレてる。さすがは親だ。
 いや、自宅の食料と生活用品の減り具合やら光熱費やらでわかりやすかったかもしれないけど。
 目に見えるほどの効果は出てなかったと思うのだが、どうだったんだろう。

 親って子供のやることをちゃんと把握してるんだなぁってしみじみ思わされたのが、棚にストックしてあったはずの昆布つゆが箱に詰められていたことだった。
 購買部では売ってなくて取り寄せを頼んできたんだけど、一週間掛かるって言われて困ってたんだ。

「明日はおいしい出汁巻卵を作ってあげるね」

「ありがとう。じゃあ、明日の朝飯は和食だな」

 楽しみだ、と笑ってくれるから、俺も嬉しくて笑って返した。
 そうして喜んでくれると料理のし甲斐もあるというものだよ。
 生鮮品が手に入るようになったら皇の分も一緒に自炊しようとか、お昼はお弁当にしようかなとか、いろいろ妄想が膨らむ。

 青竜寮の購買部では乾物と冷凍食品類とレトルトが常備されていて、缶詰と基本的な調味料があればできるからと、ツナパスタに海藻サラダの夕飯をみんなにご馳走してみたんだ。
 あり合わせの家庭料理だけど、気に入ってくれたようで美味しいと言ってくれたから良かったと思う。

 それで味を占めたのか、皇が俺の手料理を遠慮しなくなったのは思わぬ副産物だ。尽くしたい欲が満たせるから大歓迎。

 あらかたの荷物を片付け終えて、といっても大した量はなかったけど、手伝ってくれていた皇が自分の膝を叩いて立ち上がった。

「さ、お風呂入ろう?」

 ハテナ、で終わったということは、誘われたんだろか。
 けど、一緒にお風呂なんて背中の状態に気づいていない皇相手では無理だし。

「うん、いってらっしゃい」

 気づかないふりで手を振るわけだ。その手を、皇は手首ごと掴んで引き寄せた。

「一緒に、入ろう?」

「え〜。恥ずかしいから良いよ、別々で。シャワールーム、狭いし」

「初めてじゃないし、今更恥ずかしくないだろ? 全身丁寧に洗ってあげるよ」

 そりゃ、もう一つの世界では何度も一緒にお風呂してるし、男同士だし、セックスもしてる仲で何を今更っていうのはわからないでもない。
 けど、恋人に見せられない傷ってのも世の中にはあると思う。

「見られたくないんだけど」

「俺は見たい。今日はもう、絶対」

「俺の意思は無視?」

「これに限っては。大丈夫だよ。嫌いになったりしないから」

 目的語を伏せても通じるのは、この学校にいる学生で傷のない人なんてほとんどいないからだろう。
 多かれ少なかれ大小の違いはあっても何かしらの傷を抱えているのは全員共通だ。

 だからこそかえって傷を晒すことに対する負の感情が弱い。
 恥ずかしいとか気の毒がられるのが嫌だとか、思う余地がないのだろう。
 それ故に、傷を隠したがるというごく当たり前の行動をこの学校では咎められやすい。

 けれど、相川医師の太鼓判つきなこの背中の傷を見せる勇気はまた別問題なのだ。

「俺の傷はわき腹にある。昨夜見せただろ?」

 うん。それは見た。
 皮下組織までざっくり抉れた鋭い傷跡だった。
 けれど、そのくらいじゃ生命の危機には足りないと思うから、やっぱり目に見えて残らなかった傷の説を主張したいところだ。
 問い質す気も毛頭ないけれど。

「昨夜もうっすら見えてたけど、お腹に傷があるよな? 手術跡?」

「ん。ちょっとずついろいろ切除したから」

「あのくらいならここじゃ普通だし。気にすることないって」

 この腹部の手術跡程度なら隠さないよ、俺だって。
 大きく切ったのは確かだけど、そんなに目立たないくらいに薄くなってる。
 内股の傷も少し引き攣ってくぼんでいる程度で隠すほどじゃない。
 このくらいの傷なら世の中にたくさんご同類がいると思う。

 そうではないから隠すんだ。
 だから、ふるふる首を振った。

「それじゃないの?」

「それじゃない」

「俺、昨夜はちらっとも見てない?」

「ないと思う」

 だって、ずっと仰向けでベッドのシーツを握り締めていた。
 見られたはずがない。
 
「ってことは、背中の方か。斜めにざっくりとか?」

「ヤクザじゃあるまいし、どうやればそんな傷つくの」

「いやいや、わからないよ? 何か飛んできてぶつかったとか、あり得る」

 それで斜めにざっくり傷跡が残るなら、今頃俺はここにいないだろう。
 飛んできた勢いで身体が真っ二つになりそうだ。
 
「でも、背中なんだろ?」

「う……まぁ、うん」

 あんなにあられもないような姿を晒していては他に選択肢もなく、否定のしようがない。
 うーん、墓穴掘ったかな。

「隠したってどうせいつかは見るんだから、早い方が良いよ。稲荷の背中、見たい」

「……どうしても?」

「どうしても」

「ホントに酷いよ?」

「うん、わかった」

「家族ですら目を背けるくらいだよ?」

「家族だから、痛々しくて直視できないんだろ。俺は大丈夫」

 だから見せてってシャツの裾を引っ張りながら言われれば、観念するしかない。
 渋々背中を皇の方へ向けた。
 シャツが捲り上げられる感覚が怖くて、せめて目をつぶって時間が過ぎていくのをひたすらに待つ。

 背中の傷が空気に触れて、待つこと十秒。
 人肌の温度が触れたのが感じられて、チュッと軽い音がした。

「稲荷」

「……ん」

「生き残ってくれて、ありがとう」

 え?
 何だか場違いにもほどがあると思える台詞に驚いて、皇の方を振り返る。
 皇の表情からマイナスの要素は感じられなくて、嬉しそうに笑っていた。

「背中、洗ってあげような。皮膚が柔らかいから、強く擦れないんだろ」

「まぁ、確かにその通りだけど……」

 お蔭様で、背中を洗うため用にちょっとお高いふわふわのタオルを使ってる。
 ボディソープの洗浄力と水圧で洗っているようなもので、すっきりとは言い難いのは事実なんだ。

「稲荷という存在をこの世に繋ぎとめてくれた傷だからね。大切に思う」

 皮膚の繋ぎ目を指でなぞられて、くすぐったくて身を捩る。
 皇は意地悪にも楽しそうに笑っていて、また背中に一つ口付けを落としてくれた。

「ほら、シャワー行くぞ」

「……う……ん」

 もう、有無を言わせぬ口調とはまさにこれ、といった口調で言われては抵抗の余地もなく。
 パッパッと服を脱がされて、あれよという間に風呂場に押し込まれた。





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