24
部屋にはまだ皇は戻っていなくて、代わりに他の三人が揃って俺を待っていた。
そんな約束もしていないから驚いて駆け寄ると、彼らに微妙に困った笑顔で迎えられた。
道場を出てからここまで、鈴木に見守られていたそうなのだが。
「何でまた?」
そんな遠方から見守ってもらうほどの危険はないと思っていたからなおさら不思議で首を傾げる。
約束はしていなかったしいつ戻れるかわからなかったから、彼らは待ちぼうけだったはずなんだ。
答えをくれたのは高橋だった。
「さっきルーズリーフ買いに白虎寮に行ったら嫌な話を聞いたんだよ。
瞬間移動ができるのは俺だけで良いとか、生意気な新入りに思い知らせてやるだとか。
俺、ってことは松永さんだろうし、となるとその相手は取り巻き連中だろ」
「それで斎木が危ないって思って来たわけ。
ただでさえ斎木って可愛いからこんな男子校じゃ狙われやすいっていうのに、望みもしない能力のことで危険度が上がるなんて放っておけないだろ?」
それで、高橋は植村の部屋に走ってくれて、植村から鈴木に連絡が行って、こうして集まっていたそうだ。
心配だから持ってろって言われて渡されたのは水族館のお土産らしいイルカのストラップだった。
何か身の危険を感じることがあればこのイルカを踏み潰せって言われて、俺はそれをまじまじと観察してしまったのだけれど。
どう見ても普通のおもちゃだ。
「俺も学校には知らせてない力を持っててね。
抜けた髪でも切った爪でも、元が俺自身であるものに自分の意思を遠隔で伝達することができるし、周囲の強い感情を感じ取ることができる。
だから、友人には俺の髪を結びつけた何か身につけられるものを持ってもらってるんだ。
普段は携帯みたいにして使ってるんだよ。俺からの一方通行だけど」
というのが、テレパシスト植村の説明。
納得してありがたく受け取った。まるで友人の証のようで嬉しかったんだ。
「せっかくだし、お茶でも飲んでく?」
昨日、探検の途中で四つの購買部は全て確認してあって、スーパー価格な二リットルペットのお茶と六つセットのタンブラーは買ってあったんだ。
返事も待たずにドアを開けて中に促せば、三人は揃って入ってきた。
まだ荷物も少ない部屋は三人とも二度目の訪問だ。
冷蔵庫前で立ち止まった俺を追い越して部屋に入った三人のうち、鈴木が何か感じたらしくてこちらを振り返った。
「そういや、引越し荷物は?」
あんまりにガランとした部屋だから、俺が昨日カバン一つで来たばかりという事実を思い出したらしい。
それに対して、俺は軽く肩をすくめるだけだったけど。
「後で皇が運んでくれるって言うから待ってるんだ。
五時には制服も出来て来るらしいから、ついでに取って来ようと思って」
「俺行こうか? 天野より力持ちだぞ?」
申し出てくれたのは高橋で、俺にとっても魅力的な話だったけど。
申し訳ないけれど首を振って断った。
「お願いしたいのはやまやまだけど、たぶん皇が拗ねる」
それが唯一最大の理由。
俺の返事にどうやら純情な性質らしい植村が顔を真っ赤にしていた。
反対に鈴木も高橋もニヤニヤと変な笑い方をしてて、完全に惚気だった俺の台詞を面白がっている。
「こんなに愛されてるくせに、天野は何でああも自信ないんだろうな」
「自分の手の及ぶ範囲なら余計なくらい自信満々だから、かえって目立つんだよな」
自信ないって、皇のこと?
その言葉が妙に似合わなくて俺が素直に首を傾げていれば、察しの良い植村に深く頷かれた。
「斎木が来る前は天野から話で聞いてただけなんだけどな。もう一つの世界でできた恋人のこと。
付き合ってるけど片思いなんだってずっと切なそうだった」
「だから、どんな高ビーなんだって俺らで勝手に想像してたわけよ」
「ところが、現れた当の本人がこれじゃん。気が抜けたっていうか予想外っていうか。
天野が自覚してるよりずっと愛されてるよな」
だよな、と三人で意見が一致したようだけど。
それはもしかしたら、俺の普段の態度が悪いんだろうか。自分ではただ冷静なだけのつもりなんだけど。
「俺ってそんなに冷たくしてるのかな、皇に」
大体、典型的引きこもりの俺に親切にされたおかげで懐いたっていうきっかけは否定しないけど、それだけじゃ男に抱かれることを受け止める理由には弱すぎる。
それなりの感情がなくちゃできないよ、同じ男の持ち物を胎内に受け入れるなんて。
うーん、と首を傾げて考えてしまう俺に三人は揃って楽しそうに笑うんだけど。
「俺らから見たら、ベタベタに甘やかしてるだろって思うぞ。天野が自分でわかってないだけさ」
「何々? 斎木って天野の前だとツンデレなタイプ? それはそれで萌える〜」
「鈴木鈴木、オタク本性丸出し」
「おっといけねぇ」
このちょっと調子っぱずれの会話が彼らの日常らしい。
鈴木がオタクってのは意外だったけど。
いや、そうでもないか。ゲーマーなのはすでに知ってるし。
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