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放課後は皇と分かれて一人で道場に向かった。
普段は開放されている二室のうち板張りの部屋を占有して、実技の調査だ。
五時限目を休んだことで、ただの健康診断だと説明はしても心配してくれた皇は付いて来たがっていたけれど、今日は寮長会議があって外せないんだとか。
今日の議題は久しぶりの新入り、つまり俺に対しておそらくあるであろうイジメの対策検討会議だったから、皇はそちらを優先せざるを得なかったわけ。
実技教官は個人技能開発グループの担当教官で中島二佐。
随分と高位の役職に驚いた。
二佐という官位なら中隊指揮官クラスだ。
「まずは君が自覚している能力を教えてもらいたい。瞬間移動が目撃されたと調書にあるが間違いないかね」
年齢で見れば俺の父親くらいに見える中島二佐は、面談で俺が取った態度を聞いているようで、上から目線ではあるものの命令ではないくらいの口調でそう問うた。
まぁ、年齢差を考えれば常識的なレベルなので気にもせず、俺は素直にそれを否定する。
「瞬間移動ではなく、空間移動です。こちらからあちらへ空間を繋ぐゲートを作って通り抜ける能力です」
「実演して見せてほしい」
実演を求められるのも予めわかっていたのでここで渋る気も起こらず、立ち上がって一メートル隣へゲートを作って移動した。
一度見せられれば納得するしかない明らかな異能力だ。
なるほどと頷いて中島二佐は手元の資料にそれを書き付けた。
部屋の入り口にはビデオカメラが設置されて室内で起きる現象の全てを記録している。
「君が今までに認識しているその能力の制約は?」
「ゲートの大きさは人が一人通るくらいまで、距離に限りはないですけど俺が位置を正確にイメージできる場所でないと危険です。
あと、ゲートは一方通行ですから、こちらから通している途中のものを引き抜くか完全に向こうに行ってしまうしかできません」
「反対方向にはできないのか?」
「できますけど、自分の目に見える範囲でなければ気が進みませんね。
出口は入ったものが出るだけなので支障ありませんが、入り口はだいぶ危険です」
空間を切り取って繋いでいるだけのゲートだからこそ、その境界はかなり危険だ。
昨日友人たちを潜らせた時は境界にもう一つ壁のゲートを貼って障害物にしてあったから危険もなかったけれど、そもそも空間というのは連続しているものなわけでその一部を切り取ってしまうのだから、ゲートの縁を内と外に跨るように潜らせた場合ゲートの内側だけがするりと向こうに抜けてゲートの外側はその場にとどまるのは当たり前のこと。
使い捨て可能な実験道具だという木片を使って実演して見せれば、ゲートの境界ですっぱりと切れてしまったそれに中島二佐はその危険性を理解した。
つまり、俺の目の届かない場所にゲートの入り口を作って万が一にもその境界を人がそれと知らずに通れば、身体が真っ二つという非常にグロテスクかつ残酷な殺人がいとも簡単にできてしまうわけだ。
ゲートの境界は俺以外の人にはまず認識できないのだからなおのこと。
「その危険を回避する方法はないのかな?」
「境界に出口のないゲートを貼って二重にすれば、壁にぶつかってくれるので抵抗になりますから切れることはなくなりますが、その障害物が不可視ですからやっぱり危ないですよ」
「出口のないゲートとは?」
「入り口だけ作って出口を閉じておくと壁になるんです」
これも原理は簡単だ。大き目の壁ゲートの前面に少し小さめの出口つきゲートを貼り付けるだけ。
「ゲートというのはいくつも作れるのかね?」
問われて、それは制限事項にしようと思っていたのを思い出した。
まぁ口が滑ってしまったのは仕方がないから、これも実態を素直に答えておこう。
「出入り口一セットとして、最大三つですね。俺の脳のキャパがそれで限界です」
「それ以上無理に作ったらどうなる」
「制御し切れなくて全部不安定になると思います。
生き物を通している間にゲートを閉じてしまうと真っ二つになって非常に危険なのでやりたくないです」
「それは訓練で増やせると思うかね?」
「無理じゃないでしょうか」
まぁ、最大三つって制約を自分に課したのは中学生の頃だし、あの頃より脳の能力は上がっているからどうだかわからないけど。
そんなにたくさん使おうとするとそれだけ意識が分散してしまうし、三つもあれば大抵は十分だ。
一通り問いただして他に思いつかなくなったのか、中島二佐は資料を挟んだバインダーの上でボールペンで点を打つようにトントンと叩くと、視線をこちらに戻した。
キリを付けるときの癖のようだ。
「他に自覚している能力はあるかね?」
「いいえ。空間を操る能力だけです」
「よろしい。では、明日からの特別カリキュラムにおける君の課題を定めよう。
先ほど通している途中のものを引き抜くことが可能だと言っていたが、引き抜く際にその先にある物を掴んで持ち出すことはできるかね?」
うーん。人の話をよく聞いている人だ。
しかも瞬間的な応用力まで持っている。
侮れないな、この人。
まぁ、ゲート自体についてはほぼ全面的に隠しなしでいくつもりだったから構わないけど。
「はい、可能です」
「では、明日からは精度の訓練をしてもらう。瞬間移動能力を持つ松永くんと同じ課題だ」
説明された内容は、なかなか高度な技術を必要とする難易度の高い技だった。
大きな箱に乱雑に入れられた物の中から一つを選んで手元に移動する。
箱は透明なプラスチックケースだから中身は見えるけれど、そのまま手を突っ込んで取ることはできない。
松永さんという人は瞬間移動だから手元に直に移動させれば良いけど、俺の場合は物体と箱の間に入り口ゲートを作って落とすか、もしくは手を突っ込んで拾うしかない。
まぁ、簡単にできてしまうようなことではつまらない時間になってしまうから、このくらいの難易度は丁度良い。
手を突っ込むくらいだと比較的簡単で面白くないので、前者の方法で訓練することに決めた。
訓練資材を実際に見せてもらって、カリキュラムの大まかな流れを説明され、て開放されたのはこの部屋に呼び出されて三十分後のことだった。
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