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最後に、俺の健康状態を問診ということだけれど。
「はじめまして、軍医の相川といいます。
救護室に常勤しているので、何かあれば遠慮なく訪ねてくださいね」
そう言ってにっこりと笑ったその人は、人当たりのいい話し口調のおじいちゃん先生だった。
「まずは提出された健康診断書を見ながらいくつか質問をさせてください。
日付が去年の五月になっていますが、これは去年の学校健診の資料ということで良いかな?
今年は受けた?」
「先週受けました。結果はまだもらっていません」
「じゃあ、出身校に問い合わせればもらえるね。
自己診断で異常の自覚症状はあるかな?」
「ありません」
「君の能力はまだ把握していないのだけれど、その能力を使ったときに身体に異常を感じたことはあるかな?
例えば、頭が痛くなるとか筋肉痛になりやすいとか一時的に難聴になるとか」
すらすらと出てきた例示は実際にそういう症状を訴える能力者がいるということだろう。
特にそんなこともないので首を振れば、相川医師はそれは良かったと穏やかに微笑んだ。
「過去に大きな怪我や病気をしていたら報告して欲しい。
あぁ、一件は確実にあるだろうから、それ以外で」
「特にないです」
「ふむ。では、一番重要な質問をするよ。
君がその能力を得た時の被害状況を話せる範囲で説明してください」
話せる範囲というのは、話したくない分は秘密にしていいということではなくてそれを受けた当時の年齢から正確な状況を説明するための情報が足りないであろう点を考慮されているにすぎない。
医師を相手に隠してもこちらに利点などないので、俺は素直に打ち明ける。
自分自身でそれを説明したのは多分はじめてだ。
あの時からずっと、風邪でも怪我でもかかりつけの病院以外に掛からなかったから、そんな手間がいらなかったんだ。
俺の被害状況に対して、相川医師以外の全員が多かれ少なかれ驚いた表情をしていた。
こうして生きていることが不思議だと言われたほどの大怪我ではあったけれど、はずみで異能力を身に付けるほどの衝撃を受けているのだからこんなもんだと思っていたけれど。
もしかしたら他の人たちとは違うんだろうか。
俺の言葉を聞いてカルテに書き付けた相川医師は、さすが医者というべきなのか、まったく動揺したそぶりを見せなくて他の人たちと対象的だった。
「今でもその件で定期的に病院に通っていたりするのかな?」
「いえ。高校に入った時に定期治療は終わりと太鼓判をもらいましたから、特に用事はないです」
「後遺症はあるかね?」
「雨の日に痛むくらいですね。市販の痛み止めで足りてます」
痛むのは、背中をはじめとした傷を受けたところ全部だ。
あまり痛みが酷いようだったら病院に行って最悪全身麻酔って時も一度あったけど、大抵は普通の頭痛薬で足りる。
年々痛み方も収まってきているから、あと数年もすれば気にならなくなるだろう。
「後で救護室に来てくれるかな? 傷の状態を確認しておきたい」
「わかりました」
ということは、問診は以上だろう。
もう退出して良いか、と問うように司令官を見やったら、その人が頷く前に相川医師が少し慌てて質問を付け足した。
「聞き忘れていた。
学校生活において、君の身体について前もって周知しておきたいことなどの希望があれば受け付けるが、何かあるかな?」
「あ、じゃあ。人前に背中を晒したくないので、プールは休ませて欲しいです」
「背中……火傷の痕がある部分だね?」
「多少の傷は学生全員が何かしら負っている。そんな我侭は認められん」
口を挟んだのは、本田と呼ばれたあの士官だ。
そんなことはここに学生が集められた意味を知っていれば言われるまでもない。
けれど、この背中を多少と言える人はなかなかいないと思うんだけど。
家族ですら直視するのに痛々しい目を向けるものだ。
家族という感情を差し引いてもこの傷跡は見る人の目に毒だろうと思う。
ずっと水着になったことすらないから泳げないってのもあるけど。
「本田さん。医療行為には口を差し挟まないでください。
斎木くん、後で傷を見せてもらってからそれを認めるか決めようと思うがそれでかまわないかな?」
「はい、かまいません」
別にプールの消毒の塩素が傷に悪いとかいう理由があるわけではないし、実際のところあの炎天下で見学ってのはそれもまた地獄なので、どちらでも良いっちゃ良いんだ。
俺の都合がこの学校で考慮されるなんて元々期待してない。
その質問で終了のようで退室が認められたので、時計を見れば昼休みもあと三分しかなかった。
お昼ご飯、食いっぱぐれたなぁ。
むむっと不機嫌な表情になってしまったのをどうやら見ていたようで。
学生指導室を出た俺のすぐ後に出てきた相川医師に肩を叩かれた。
「このまま救護室で傷の具合を診せてくれないかな?
問診を受けるという理由があれば五時限目も公休にできるし、お昼も奢るよ」
「……お言葉に甘えます」
素直に頷くのも癪だったけれど、お昼ご飯の誘惑には抗えなかった。
男子高校生。食べ盛りの年代に昼食抜きはキツイのだ。
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