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 午前中の授業が終わって学生のほぼ全員が食堂へ移動する昼休み。
 俺は国防軍の制服を着た一団に呼び出されて学生指導室という小さな部屋にいた。
 軍人五人に俺一人。何のイジメだろうね。
 事務連絡なら一人か二人で十分だ。

 渡されたのは、学則がみっしり書かれた生徒手帳と軍規のみっしり書かれた所属手帳、生活規則の部分を抜粋したレジュメに特別カリキュラムの説明書のコピー、国防軍の学生階級章、顔写真入りの身分証。
 それから、毎月支給される学生手当が振り込まれることになっている学生が唯一使うことを許された銀行の通帳。
 口座番号は家族に通知済みなのだそうだ。

 てか、もらうべきは昨日だったんじゃないのかね。タイミングがおかしい。

「氏名、生年月日、両親の氏名、転出高校と所属を順に述べよ」

 何、その命令口調。
 軍所属とはいえ学生のうちはまだ民間人の立場であるはずで、それはこの学校に来る前に散々確認したことだ。
 年少者であるとはいえ、高圧的な態度の相手に素直に従う謂れはない。

 したがって、黙秘権を行使することにした。

 待つこと三秒で五人の団体さんのうちの一番若い一人が激昂して目の前の机を叩いたのも、予測の範疇内だ。
 あまりに我慢が効かな過ぎる経過時間だとは思うけど。

「問われたことにはすぐ返事をしろっ!!」

「問われたのでしたらお返事もしますが、命令に従う義務はなかったと思います」

 それは実際どの規則にも明記されていないことは確認済みだ。
 実家で渡されたしおりから先ほど渡されたものと同じ皇の所属手帳まで、きっちり目を通している。
 学生である俺は今のところ民間人で、軍規には縛られないし民間人の権利は憲法を始めとする諸法で守られているはずだ。

 まさかこんな大人しそうな顔をしていて口答えするとは思っていなかったのか、先ほど机を叩いたその人は椅子を蹴って立ち上がると俺に手を伸ばしてくる。
 俺はもちろんわかっていてそれに掴まれるほどノロマではさすがにないから、椅子を後に引いて避けたけど。

「貴様、たかが高校生の分際で……っ!」

「あぁ、私の立場をご存知じゃないですか。高校生ですよ、一介の」

 まったくよくある使い古された脅し文句を拾い上げてあっさり肯定してみせる。
 分際ってのは酷い言い様だが言われたことはまったくその通りだし、それこそが俺の盾でもある。

 俺の余裕ある態度を不審に思っていたらしく首を傾げていた彼らのうちの一人が、ふと眉間を寄せた。

「斎木くん。お宅に私が説明に伺った際に君が再三しつこく確認していたのは、つまりそういう訳だったのかな?」

 その人は、俺の家に押しかけてきてこの学校へ転校するメリットを切々と説き、義務なのだと最終的に失望を押し付けた、あの国防軍広報官だった。
 清水と名乗ったその人は、俺が何度も同じ質問を繰り返すのを不審に思いつつも今までその理由に気づけなかったらしい。

 そうですよ、と声に出さずに答えて頷く俺に、清水氏は自分の洞察力の鈍さを嘆いたようで天井を仰ぎ見た。

「司令官。
 彼は自らが民間人であることと法に守られた立場であることを正しく理解しています。
 彼には黙秘権があり、身を守る権利を保証されています。
 軍規に縛られることもなく、よって命令を受ける義務を有しません」

「……なるほど。地区一位の進学校というのは伊達ではないというわけか」

 納得して頷いたのは、今まで端の席で傍観していた人物だった。
 司令官というには若い年齢だが、それでも四十代はいっているくらいだろう。

 俺を守る法律の存在に何だそれはと憮然とした態度なのは、正面に座っている俺の胸倉を掴もうとした若い士官のみで、他は少し雰囲気が変わった。
 脅しても効果がないと判断されたようで、正面に座る人が清水氏に代わる。

「本人確認をさせてください。
 先ほど本田からも問いましたが、氏名から順に述べていただけますか?」

 そうそう。さすが広報官だ。
 人に質問するときはそれなりの態度と質問の意図を説明するのは最低条件だと俺は思うよ。
 常識っていう範疇で。

「斎木稲荷です。
 生年月日は1993年1月1日。
 両親の名は恵比寿と志穂。出身高校はめぐみが丘高校で二年B組出席番号21番です」

 すらすらと最後には聞かれていないことまでくっつけて答える。
 公式資料に載っているであろう俺の公式データだ。
 これで足りなきゃ主治医くらいまでは答えられるぞ、ってくらいには協力的な態度を取る。
 向こうが礼節を守ってくれるなら、こちらとしても相応の反応を返すのに吝かではない。

「確認しました。ありがとうございます。
 本日呼び出した用件は大きく三点あります。
 当校で生活するに当たっての主な注意事項、特別カリキュラムの説明、貴方の健康状態についての問診になります」

 清水氏が述べた順に説明が始まり、俺はもらった資料に色つきの四色ペンで色分けして下線を引きながら大人しく拝聴した。
 ぐみ高生の八割が身についているといわれる癖で、四色ボールペンと短冊状の付箋は常備しているから、筆記具に困ることもない。

 清水氏のその説明も手馴れたもので、立て板に水っていう表現が実に的確な演説振りを披露された。
 全ての規則に目を通し済みだったので、新しい情報もなかったのだけれど。

 次の特別カリキュラムの説明は担当が替わって、井上教官という二人組みグループの担当教官だった。
 特別カリキュラムの目的と各グループの説明があり、俺はまずは様子見ということで個人技能開発グループに振り分けられた。
 Cグループという名前のそのグループは明日がカリキュラムの日だけれど、実力の判定ということで今日の放課後別室に行くようにと指示されて説明が終わる。





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