18
皇と出会ったのは去年の二学期。
まだ一年経ってないんだ。皇と過ごす夏を知らない。
一生の仲になりそうな相手だから、最初の一年は楽しい年だと良いと思う。
仲が良いからこそするらしい痴話喧嘩とかもしてみたいよね。
しかしまぁ、弁論大会とはまた皇らしいというか何と言うか。
皇も出たいのかな?
準備とかしてるようには見えないけど。
「天野君も出るの?」
「あまっ……って、ちょっとこら。皇って呼んでって言ったでしょ?」
教室内で仲良さげにして良いとはまだ思えなくて他人のように呼んでみたら、皇は途端に自分の両腕を擦りだした。
普段は名前呼び捨てしあってるから意表を突かれて鳥肌が立ったってところかな。
イジメたつもりはないけれど、面白い反応だ。
まぁ、まずはとぼけよう。
「でも、そんなに馴れ馴れしくできる関係じゃないでしょう?」
「俺は馴れ馴れしくして欲しいの。一目惚れだって言ったじゃない」
うわぁ。半年前の再現だ。
同じ言葉で返した俺も俺だけど、皇も一字一句よく覚えてたなぁ。
ちょっと、っていうかかなり嬉しい。
「稲荷」
低くて深いその声は俺の腰にジンと響く。
声だけでも感じちゃうというのは大げさでもない。
耳元で言葉攻めなんかされたら本当にイッちゃえるんじゃと思うくらいに、この声に弱い。
おかげで真っ赤になってしまった。
「うわ。斎木真っ赤」
「イジメすぎだろ、天野」
鈴木と高橋に揃ってからかわれてしまって、それだなんだか新鮮だ。
俺はこの通り友達も少ないわけで、もう一つの世界で同じことがあった時は皇のカリスマ性にビビッて軽口を叩いて突っ込んでくれる人もいなかったんだ。
皇の気持ちをわかってくれている彼らだから、すごく暖かく見守ってくれてありがたいと思う。
からかってくる友人たちは無視して、皇は俺の顔を覗き込む。
「ほら。名前、呼んで?」
「……皇」
「ん、合格。で、何だっけ?」
満足そうに頷いて改めて問われて、俺は何でもないと首を振る。
自分で考えても愚問だった。
この学校にいて出場できるわけがない。
それは、もう一つの世界の方で聞くべき事柄だった。
だから、代わりに話題を変える。
「次の授業って何?」
「あ……。時間割、渡ってない?」
まぁ、何の授業でも教科書は一通り揃えてあるから問題ない。
教室の前の掲示板に時間割が貼ってあったような名残が残っているけれど、ビリビリに破られて役に立っていなかった。
「次は数学だよ。俺超苦手」
むぅと口元をひん曲げて不機嫌を表し、鈴木がそう答えてくれた。
高校二年生の数学は三種類あるはずで、どれなのかと皇を見上げて目で問う。
以心伝心してくれて、皇があっさり答えをくれた。
「数Uだよ」
「……? 基礎解?」
「いや、数U。キソカイって何年前だよ」
あぁ、とそれでようやく納得した。
今まで通っていた、っていうかもう一つの世界では今も通っているグミ高は、学習レベルが高い分普通の学習要領では突っ込んだ授業ができないという理由で、数学はちょっとした変則授業なんだ。
高一で数Tから数Vまでを軽くさらって、高二で基礎解析、代数幾何と数Tの復習、高三で微分積分と確率統計というスケジュールだった。
それを皇も同じ高校に通っていて知っているから、そんな言い方で変則スケジュールを思い出させてくれたわけ。
しかし、数Uか。
あっちとこっちで頭がこんがらがりそうだ。今まで平気でこなしてきた皇を改めて尊敬してしまう。
「キソカイって何だ?」
そもそもその言い方自体が変な略し方なので、しかも親の世代頃の学習指導要領で使われた言葉だから、知らないのも無理はない。
植村のその問いかけに、どうやって答えたものかと頭を悩ませてしまった。
「基礎解析の略語だよ。
俺が通ってためぐみが丘高校って偏差値高い分変な時間割でさ。
数Uは一年の時に終わってる」
「えぇ? じゃあ何?
高二で数Vとかやってんの?」
「いや、それも一年で終わった。
二年の数学は数TR、基礎解析、代数幾何。
高一でざっと通した学習の突っ込んだ復習って感じの授業なんだ」
それは大変そうだ、っていう反応をしたのが高橋で、鈴木と植村は俺を尊敬のまなざしで見た。
まぁ、高校三年間の数学を一年間に凝縮するってことは、それが可能だって意味でもあって、学力は簡単に察しが付いたのだろう。
「それってつまり、ここに来てなかったら進学先は東京六大学とか、そういうことだった?」
「ん〜。俺の第一志望は東工大」
来年の受験には多分、国立は東工、私立は芝浦、早稲田、慶応、日大、東海大と一通り受けるつもりだけれど。
だから、全部受かったら選ぶのは第一に東工大だ。
都市計画の第一人者が教授として教鞭を取っている学校。
こういう人から学ぼうと思うなら、勤務先の学校を選ぶのは基本でしょ。
俺の未来予想図はかなりはっきりしてる。
有名大学に入って在学中にいろんな資格を取って、大手ゼネコンに就職。
その後実務経験と人脈をたっぷり蓄えて個人事務所を構える。
もしくは就職した大手ゼネコンに残って街一つ総合プロデュースってのもアリだと思う。
そういう意味では、この学校に来てしまったことでどちらも実現可能だったのが一方だけに限定しなければならなくなったわけだけど。
人生長いからね。一人分の人生で全部叶えたら良いんだろう。
実際世の人々はみんなそうなんだし。
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[mokuji]
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