16
この学校の購買部は四棟ある学生寮の全棟の一階にあって、といっても、一階の一角をそれぞれに使っているだけだから全棟合わせて学生寮のワンフロア分しかないわけだが、各棟で異なる分類の商品を扱っている。
朱雀寮は生活用品関連。
滅多に売れないものは注文制だけど、そのおかげでメーカーや商品名まで細かく指定して注文できるので便利だ。
洗剤なんかはやっぱり好みがあるからね。
ちなみに、青竜寮は生鮮以外の食材、調味料を扱っていて、料理好きの御用達。
白虎は書籍、文具類を扱っている。
玄武寮は衣料品を扱っていて、タオル類や下着、Tシャツ、制服のシャツ、体育で使うジャージや体操服に短パンなどが常時買えるらしい。
そうそう。
この学校には制服がある。
俺はまだ注文中だから私服だけど、明日には届くのだそうだ。
そんなわけで常時学校にいるこの学校の学生が着る服は、制服かジャージ、部屋着、パジャマ、以上って感じだ。
おしゃれとは本当に縁が遠い。
朝食のメニューは基本的に毎日同じで、小鉢の種類とサラダの具材が毎日変わるそうだ。
今日は小鉢に金平牛蒡、サラダは海草サラダだった。
他のメニューも多数用意されていて、本人が工夫すればそれなりに毎日違った朝食が食べられるようになっている。
和食ならご飯とわかめの味噌汁、納豆、焼き海苔、漬物はきゅうりの浅漬けと野沢菜漬けとキムチ、ディスプレイ用のガラス張りの冷蔵庫に豆腐が絹と木綿と卵豆腐が入っている。
洋食は食パン、ロールパン、コーンスープ、マーガリンの大瓶とイチゴかブルーベリーのジャムの大瓶、ボイルしたウインナー、ロースハムは冷蔵庫。
で、卵料理も種類が多くて、生卵、ゆで卵、温泉卵、出汁巻卵、目玉焼き、スクランブルエッグとなっている。
このメニューを見て、俺が次に見たのは時計だったけど。
「皇。今日は和洋どっちの気分?」
「ん〜? 俺は洋食にするけど?」
早速持参したタッパーに海草サラダを取りながら答えが返ってきたので、その耳元に囁くように言ってみた。
「一品減らしといて。卵焼き作ってあげる」
昨夜のうちに台所は確認しておいた。
テフロンのフライパンがほぼ誰にも使われていないような状態で仕舞われていたから、卵料理でフライパンに焦げ付く心配もない。
二人分なら焼きやすいし。
自分もタッパーに海草サラダを取って、食パンにはマーガリンを塗っておいた。
他に取るのは、生卵、ロースハム、野沢菜漬け。
不思議な組み合わせに皇はちょっと目を丸くしていた。
いや、野沢菜漬けに醤油を一刺ししたのに驚いたのかも。
部屋のある階に戻って洗濯機が二回目のすすぎ中なのを確認してから、共用のキッチンに向かう。
ロースハムと野沢菜漬けを細かく刻んで溶いた卵に混ぜて焼くだけの簡単オムレツ。
味付けは野沢菜漬けの塩分だけで、だから醤油を少し足してきたわけだ。
俺は普段、オムレツの味付けにはとあるメーカーの昆布つゆを使うのだけど、さすがに持ってきていなかったからの代用だった。
他のメーカーの出汁つゆとか醤油じゃ駄目なんだ。
出汁の量に対してしょっぱすぎる。
かといって出汁と醤油を混ぜても味が決まらないし。
この昆布つゆがベスト。
俺の料理好きは必要にかられてのもので、家庭的な残り物料理レシピばかり知っている。
鬱症状のおかげと手術後の自宅療養が長かったせいで、小学生の頃は主婦並みに自宅にいたということもあって、両親共働きの我が家では母の帰りが遅くなるとその日の夕飯は俺が作ることに自然になっていったからだ。
外には出られないしそんなに長いこと台所に立っている体力もない時期だったから、自然とお手軽な残り物料理になるわけ。
その残り物料理の中で家族に最も好評だったのが、半端食材を使ったオムレツなんだ。
火を通さなくても食べられるような、漬物とかハム、ソーセージ、冷凍の小口ねぎ、余りもののお惣菜なんかを混ぜ合わせ、外はかりっと中はふわとろのオムレツを作るわけ。
うちの弟なんかは、一番好きなおふくろの味だと絶賛する。
そもそもお袋の味ではなく兄の味だけどな。
具材を刻んで焼くだけの簡単レシピだし、卵は火の通りが早いからあっという間に出来上がる。
二人分を一まとめに作ったから二つに切り分ければ、焼けた卵に包まれたとろんとした中身が零れ落ちる。
皇の部屋に持っていくと、ちゃぶ台もない部屋だからベッドにノートを敷いてその上にハンカチを並べた簡単なテーブルを作ってくれていた。
卵焼きの半分を皇のタッパーに移してやると、お〜、と皇が歓声をあげてくれる。喜んでもらえたようだ。
「洗濯物取ってくるよ。先に食べてて」
そう言って立ち上がって、俺はふと立ち止まった。
丁度終了ブザーを鳴らした洗濯機の周囲には人影もないし、わざわざ行くのが面倒くさい。
横着しちゃおうかな、なんて思ってしまう。
けれど、その俺の思考が読めたのか、皇が立ち上がりながら声をかけてきた。
「やめときなよ、稲荷。万が一他人に見られたら厄介だよ」
「……だよねぇ」
せっかく異能力者揃いの環境なのに、まったく不便だ。
むぅとむくれる俺に笑って、皇も一緒に来てくれた。
一緒にやれば早いよ、ってさ。確かにね。
朝ごはんを食べて洗濯も干して、ふぅと一息ついた時には始業十五分前になっていた。
今日が初日の俺はまず教員室に行って担任に挨拶しなくてはならなくて。
俺は世話係の座をもぎ取った寮長である皇に連れられて部屋を出た。
[ 16/63 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]戻る