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そもそも『空間』というのは、物質世界とはまた別の理論上に成り立っている。
人間がその持てる力で干渉できる相手は物質世界であって、光を利用して物を見、手が触れられるのは物質の中でも液体や固体となって実体を伴っているものに限られる。
固体の塊はそこに壁となって存在し、同じ物質の理論に属している人間はこれを壁として認識するし、物質理論に基づいて溶かすなり削るなりの行為を行う以外に影響を与える術がない。
ところが、空間は物質世界と違って空間独自の理によって成り立っている。
壁だろうが空気だろうが液体だろうが、それら全ては空間の一箇所に置かれた物質という物でしかなく、空間の下位に位置する存在だ。
俺の能力が物質の理に反して壁の中にも生物の体内にも自在に穴を開けられるのも、空間という現象が物質という現象の上位に位置する存在であるからだ。
まぁつまり、物理学なんていうものは所詮物質世界の力学を体系的に説明しようとする学問であって、空間を扱う俺には初歩的な世界だってことだ。
説明を付けるための計算式なんかも、物質世界のベースとして存在する空間世界を理解できていなければ使いようのない力を使いこなす俺には逆算が可能っていうこと。
ただ、学校の授業とか試験とかは途中経過を重要視するから、計算式丸暗記しないと試験で点が取れないっていう事情は他の人と同じだ。
そんな理論的な話はさておいて、訓練の続きだけど。
ピンポン玉大の空間を切り取って一方方向にだけ吸引力を向け、これを慎重に下へおろしていく。
床においてあった通学カバンが吸い寄せられて宙に浮き、ベタリと張り付いた。
つまり、吸盤のようなものだ。
それを、カバンを貼り付けたままで上へ移動し、さらに横への移動も加える。
そうして、閲覧用というより作業台のような机の上におろしてみた。
傍目にはカバンが宙を漂って机の上に移動したように見せたいのだけれど。
今のところはまだ、クレーンゲームのようにしか見えない。
移動しながらだと吸引力が安定しなくてカバンがふらふらしてしまうんだ。
カバンを落とさずに移動できたことにひとまず安堵して、変に強張ってしまった肩の力を抜く。
と、力を抜きすぎてしまったみたいで、室内に突風が吹き荒れた後シャボン玉のようにパチンと音を立てて切り取っていた空間がはじけてしまった。
ビックリして、硬直してしまう。
突風と爆発の影響で、せっかく机に置いたカバンも閲覧用に使われるように置かれた折り畳みの椅子も、バラバラに吹っ飛ばされた。
椅子は書架を守る結界にぶつかって床に落ち、カバンは天井に叩きつけられて何かが壊れたような嫌な音とともにこれまた床に落ちた。
他に飛ばされるような物がない閉鎖空間だったのが不幸中の幸いだ。
ここにあるものはほぼ全て貴重品で、だからこそ結界で守っているのだけれど、弁償など個人では不可能なほどなんだ。
それにしても嫌な音だったなぁ。
おそるおそるカバンを開けて見る。
見た目はなんとも無さそうだけど。
ハンカチに包まれていた弁当箱は見るも無残に粉々で、筆入れの中身もすべて使い物にならなくなっていた。
携帯電話を尻ポケットに移動していなかったら、損害額はものすごいことになっていたところだ。
しかし、この弁当箱はどうしたものか。
母に大目玉を食らうのは決定としてもこの状態に持ち込む理由を何か考えなければならない。
トラックに轢かれるくらいの衝撃がないとこの状態にはならないし、かといってその言い訳に納得させられるだけの経緯が思いつかない。
「……なくした、が妥当かも」
思わず独り言を呟く。
がっくりと肩の力と一緒にやる気まで減退して。
今日はさっさと切り上げて帰ろう、と思った。
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