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俺自身そうだったから良く知っていることだけど。
そもそも俺たちのような異能力使いが生まれたきっかけはあの第三次大戦の空襲にあって生命の危機に晒されたことだ。
だからこそ、みんながみんな死の淵に立たされた経験を持っている。
子供過ぎて覚えてはいないけれど、俺もその当時は爆風に飛ばされて全身で計五ヵ所の骨折と内臓に圧迫を受けたことによる損傷、背中を覆うほどの大火傷などなどによって、一ヶ月は予断を許さない状況に置かれたし、退院するまで半年もかかった。
これでも奇跡的な回復と言われたのだから、他の人々も推して知るべき惨状だっただろう。
そうして生死の境を彷徨ったからこそ、皇は自分の名を少しでも世に残したいと思った。
自分がそこで生きていたことを、歴史から抹消されるのを嫌ったんだ。
理由の一つには、俺と皇の最大の違いも関係している。
彼は幼い頃からその異能力によって国に管理され監視される立場だった。
だからこそ国によってその存在の記録を抹消され、歴史の影に暗躍する立場に置かれるかもしれないという恐怖を常に感じているわけだ。
自分が日の当たる世界でこうして生きていることを認められたい欲求は、そのせいで人一倍強い。
反対に、俺はずっと国から逃げて生きてきた。
能力を知られないように見咎められないように、常に世界の影に隠れて目立たず穏便に成長してきていた。
だから、目立つことを極端に嫌がる性格になった。
こっちの世界でまでそうする必要はないけれど、一日ごとに態度を変えるような器用さはあいにく持ち合わせていないのだ。
理由は理解できたから、俺からは応援するくらいしか対応のしようがない。
それを理由に別れる気はさらさらないけど、だからといって手伝おうとも思えない。できる協力はするけどさ。
「皇。問2の答え、違うよ」
「え、マジ? ……ホントだ。ありがと」
協力といっても所詮この程度だけど。
さすが脳みそが通常の人の二倍働いているだけのことはあって、二十五問あった宿題はものの十分で終了。ミス一つのみ。
文武両道は伊達じゃない。
それが異能力だと知っている俺は、その事実を当然のことのように受け止めていた。
これだけ近くで過ごしていれば、能力がどうとかいう話と関係なく彼がどのくらいのレベルなのかを肌で知っている。今更驚かないよね。
朝のホームルームまではまだ少し時間がある。
ので、今日の昼に演説する原稿を広げた皇に手を伸ばした。
毎日のスキンシップは欠かせない。手のぬくもりそれ自体が俺の活力源だ。
皇が原稿に集中しているのはわかっていて、それでも俺は放って置かれるのが寂しくて声をかける。
そもそも、原稿なんてなくても即興で演説をぶてる人だから、心配もしてない。
「皇さ」
「ん?」
「生徒会長なんかになっても、俺を放っておくなよ?」
中途半端に甘えた口調で言えば、皇は見ていたままの原稿から顔を上げて俺を見つめ、なんだか嬉しそうに笑った。
「わかってるよ。稲荷は寂しがりやだからね。
でも、俺が仕事で傍を離れるのは仕方のないことだし、稲荷も役員になっちゃえば問題解決だよ?」
「やだよ。目立つじゃん」
「俺の恋人な時点で今更じゃないかな。
まぁ、良いけどね。
それじゃあ、肩書きはなしで仕事は手伝うってのはどう?」
「む。しょうがないから手伝ってあげる」
まぁ、名前さえ書類に残らないなら、皇の傍にいるのに否やはない。
皇と付き合うようになって、これでも目立つことに慣れてきたということだよ。
書類の一部にでも極力名前を残したくないのは変わらないけれど、人の意識に上る分には一過性のものだと割り切れる。
だから、役員名簿に載るのは駄目だけど、有名人である皇の傍になんか地味なのがいる程度の覚えられ方は許容範囲内。
五年もすればいたことすら忘れられるだろう。
皇にはそれが歯がゆいとは言われるけれど。こればっかりは仕方がない。
それにしても、演説の原稿に集中したい皇をこれ以上邪魔するのも悪いし、退屈で。
つまらないので皇の目線に視線を飛ばして、その原稿を彼と同じように読み始めた。
選挙の演説なんてどんな選挙でも同じだと思うけれど。
皇の原稿には、○○をしますといった公約が一切なかった。
学生諸君に最低限の常識的な協力を仰ぎ、校則の範囲内で節度ある学生生活を安心して送るための旗印になること。
これが皇の主張のようだ。
ちょっと珍しい演説文に思わず読みふけってしまった。
皇に呼ばれているのにも気づかないほどに。
「稲荷?」
顔を上げれば、心配そうな皇の表情が目の前にあって。
別に心配されるような何かがあったわけでもないので、俺はただ首を振って笑って見せた。
何でもない、意思表示のつもりで。
皇には正しく伝わったようで、ほっと目元を和らげてくれた。
原稿は机にしまって、俺の手を取り指先に口付けをくれる。
こちらの世界では、俺と皇の仲はクラス黙認だ。
このくらいのスキンシップなら黙殺してくれる気遣いがありがたい。
特にこれといった何かをすることもなく、毎朝恒例のイチャイチャに周囲に呆れたような空気が広がった頃、担任が教室にやってきた。
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