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 その夜。

 食堂から戻って自分の部屋でシャワーを浴びてから、隣の部屋へ遊びに出かけた。
 この寮は下から上まで十歳差のある学生がバラバラに住んでいるおかげもあってか、プライベートは守られているし消灯も決まっていない。
 学生寮としては随分と楽だと思う。

 食堂のご飯は一日三食分用意されていて、朝食二百円、昼食四百円、夕食四百円の固定料金制。
 毎度チケットを購入するのでは集金が捌ききれないということで、二百円券と四百円券をそれぞれ十枚綴りと三十枚綴りで事前販売している。
 この券は購買部でも扱っているから食堂でチケットを買うために並ぶということはほとんどない。

 ちなみに、夕食は皇に奢ってもらってしまった。

 食堂でのメニューは全員一律。
 入り口に一週間分のメニューが張り出されている。
 朝はパンかご飯に軽いおかずのブッフェ形式で、自分で容器を持っていけば部屋に持ち帰りもOK。

 食堂のメニューが嫌なら自分で作ることもできて、そのためのキッチンは寮の各階に用意され鍋等の器具も一式揃っている。
 ちゃんと自分で作りたい凝った人なんかはフライパンや鍋もマイ鍋を持ち込むらしい。
 ちなみに器具の紛失は今まで一度もない。
 その場の記憶を読めるという能力者が何人かいるから、誤魔化しが効かないんだとか。

 食堂の料理も特筆するほど不味くはなかったけど、余裕がある時は自分で作ろうかな、と考えてしまうような味だった。
 食材売りに週三回来てくれるそうだし、乾物とか基本的な調味料とかは購買部で売ってたし。

 皇のベッドに寝転がってそんなことを言っていたら、美化委員の仕事だとか言って模造紙に何やら表を手書きしていたはずの皇に襲い掛かられた。
 まぁ、下はベッドだし、体重はかけないでくれるから負担もないし。
 そのつもりで来ていたから不満もない。

 唇が近づいてくるのに応じて俺も目を閉じた。
 重なった唇は柔らかくて気持ち良いし、前の歯列を舌先でなぞられるのが快感で、身体の力は抜けるし背筋はぞくぞくするし。
 一発でノックアウト。
 ホントこの人はキスが上手い。

「あぁ。稲荷の匂いがする」

「……それは汗臭いってこと?」

「違うだろ? シャワー浴びたばっかじゃん」

 鼻が利くんだよ、と耳元で囁かれて理解した。
 そうそう。
 一般的人間の能力がほぼ二〜三倍ってことは、俺が元々持っている体臭なんかもわかるってことだ。

 ってか、それって犬なみ?

「犬ほどは嗅ぎ分けられないけどな。
 稲荷の匂いならわかるよ」

 人の体臭なんて、それこそ同性ならなおさら嫌なものだと思うんだけど。
 そこはきっと愛だの恋だのという気持ちの問題が影響してるんだと思う。
 そう思いたい。

「何でこんなに稲荷は可愛いんだろうね」

 スリスリと懐いてくるのがまるで自分のものにマーキングする動物みたいで、くすぐったくて笑ってしまうんだけど。

「そんな風に言うの、皇だけだよ」

 自分で言うのも何だけど、背も高くて顔つきもキレイで筋肉も丁度良く付いていてタルんだところもないような皇のようなイケメンに言われるほどのことはないと自覚してる。
 俺は良く見積もっても十人並だ。
 背は低いし身体も鍛えてないし、ニキビはないけどどちらかというと愛嬌のある顔をしてて。
 皇のは惚れた欲目、もしくは痘痕も笑窪ってやつだ。

 まぁ、皇の好みに合ってるのなら何でも良いよ。

「稲荷の肌に、すごい久しぶりに触る気がする」

「実際久しぶりでしょ。三週間ぶりだよ」

「え、マジで?」

 俺が三週間とか断言するから、その日数分を皇は指折り数えだした。
 先週は何をしてて、先々週は何をしてて、と遡っていけば、三週間前に本当に辿り着く。

「うわ、ホントだ。
 ってことは、四十二日間もこの身体に触ってなかったってことか。
 餓えるはずだ」

 急にガックリと脱力してみせるから、その行動が楽しくてやっぱり俺は笑って。

 こら、笑うな、って皇がじゃれついてきたのにまた笑って。

 実際のところ、この学園の学生の中では随分幸せな境遇だと理解してる。
 高校二年生になるまで普通の生活を謳歌できて、恋人にも恵まれて、能力だって多分強い方っていうか高い方っていうか。

 だからこそ、この学校にいる俺は全面的に皇を助けて生きていこうと決めた。
 彼のためになるのなら、トップを取るのも厭わない方向で。

 ゆっくりとキスが降りてくるのをしっかり受け止めて、その肩にすがるように抱きついて。

「愛してるよ、稲荷」

「俺の方こそ。この身体も心も能力も、好きにして良いから」

 とりあえず今はこの身体を捧げよう。
 思う存分貪ると良い。

 時刻はまだ夜の九時を回ったばかり。
 恋人の時間はこれからだ。





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