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「え、え。もう一回」

 人差し指一本立てて強請る鈴木に笑って頷いて、再び集めて整えたカードを今度は空中へ跳ね飛ばす。
 カードは空中で掻き消えて、やはり高橋の膝の前に重なった。

「……つまり?」

「空間移動。ここの空間と、こっちの空間を繋いだんだよ」

 ここ、は俺の目の前の空中で、こっちは高橋の膝頭前の空中。
 ちょっと指を突っ込んでやると、目の前で俺の指はぶっつり切れて、繋がった先にひょっこり顔を出した。

 こうやって途中で止めても問題はないけど、断面は筋組織まではっきり見えてグロテスクだし、この状態で接続解除するとその部分でざっくり切れるから危険だ。
 なので、指はさっさと引き抜いて空間の接続も解除した。

「えーと。
 ……さっき耳元で声が聞こえたのも、それ?」

「そう。俺の口元と皇の耳元をつないだ。
 空間自体を繋いでるから、そこを通るものに制約はないんだけど、ごめんね、あんまりバラしたくないから、物体移動だけに制限したいんだ」

「空間を繋いでるって事は、制限もできなくねぇか?」

「ん〜?
 いや、ゲートのところで震動を止めて、あと不可視ゲートにしちゃえば、音と映像はシャットアウトできるよ」

 空間を操る能力だからこそ、その空間を揺らす震動を止めるのは応用技で何とでもなる。
 映像を止めるのも光を通さなければ可能だ。

 実際のところ、高校受験勉強中は耳栓代わりだった。
 とはいえ、頭を動かせないから集中するときしか使えないけど。
 耳の位置を移動するとそれに合わせて座標を再計算しなくちゃいけないからメンドクサイんだ。

 まぁ、制約に見せかけて応用技っていう本末転倒状態だけどね。

「それは、初めて聞く技だな。
 俺も千五百人分全部の技を知ってるわけじゃないけど、空間を繋ぐなんて噂にも聞いたことがない」

 むむっと考え込みつつ植村がそう言って、他の三人も何度も同意するように頷いた。
 まぁ、能力はともかく使いこなすのは結構難しいし、隠そうと思えばいくらでも隠せるからね。
 要は、使わなきゃ良いんだから。
 初期の段階で見つからなきゃ、俺みたいにドジ踏まない限り発覚しないだろう。

「じゃあ、それは瞬間移動とは違うわけだな?」

「うん。
 ゲートをくぐらせなくちゃいけないから建物とか置物とかは通せないしね。
 原理は違うけど結果は似てる、って感じかな」

 まぁ、俺が言うところの瞬間移動は、物語の世界でのそれなイメージだけど。
 四人から訂正が入らないからあまり変わらないのだろう。

 へぇ、と感心しつつ四人がそれぞれに脳内で消化中のようなので、俺はそれをじっと待ってみる。

 それから、鈴木が「ん?」と首を傾げるのに意識を向けた。

「イッコ質問。
 もしかして失敗して接続先が壁の中とかだったら?」

「ぶつかって通れないだけだよ」

「じゃあ、身体の中とかは?
 血が噴出したりしないのか?」

「うん、しないように繋ぐからね。
 そもそもこのゲートは入り口と出口が決まっていて、入り口側からしか物が入らない。
 俺の目から見えないところに入り口をいきなり作ったりしない限りは失敗しないよ」

 そもそも物体には密度がそれぞれあって、その隙間にしか入り込めない。
 俺が使えるのは空間であって物質ではないからね。

 液体はいくらか隙間を持っているし動かすことが可能なものだから割り込むことも可能だけど、こっちが入り口なら向こうからその液体が流れ込んでくることはなく、その液体がゲートのある方向に流れているのだとしてもその本来の行き先にそのまま流れていくだけだ。
 それに、入り口を見えないところに作るのはだいぶ難しいから、間違えることもまずない。

 意図して無茶しない限りは安全だ。
 危険度にすると、セーフティロックのかかった拳銃程度。

 自信満々に断言するのは、もちろんすべて実験済みだからだ。
 専門機関に属さなくたって自分の能力の開発くらい自分でできるっていう話だよ。

 珍しい俺の能力に興味津々の彼らだったけれど、ふと気が付けば室内は誰もいなくなっていた。
 皇が腕時計に目をやって、あ、と声を上げる。

「メシの時間だ。
 早く行かないと特カリ集団に巻き込まれるぞ」

 それを聞いて他の三人も急いで立ち上がるところを見ると、今特別カリキュラムに参加している集団とかち合うと何か不都合があるのだろう。
 まぁ、一つ所に押し込められてお腹をすかせている集団が一気に解放されたら、食堂は混むだろうからね。
 それは嫌かも。

 けれど、行き先はここから校舎三つ分向こうの四角形に配列された四棟の寮に囲まれたど真ん中で。

「俺の部屋に繋ごうか?
 人の大きさまでは公開する予定だから、構わないよ?」

 片道五分オーバーくらいの距離なら、その方が楽だ。
 空間移動を体感する良い機会だし。

 案の定気になっていたようで、四人全員が目を輝かせて頷いたのには笑わせてもらったけど。

 空間を繋ぐ座標の基点は俺の脳の中の一点。
 そこからXYZ軸にどの位置に入り口と出口をどのくらいの大きさで開けるかを計算する。
 といっても計算式があるわけではなく俺の感覚的な問題だけど。

 ここまで歩いて移動してきたので、学園内の鳥瞰図が脳内に描ける程度には位置関係を把握している。
 自分の部屋へ繋ぐくらいならわけもない。
 自分の背後に60×200サイズの長方形の穴を作り、出口を寮の部屋の玄関扉内側にくっつくように設定して同じ大きさの穴を開ける。
 空間を繋いで一応覗き込んできちんと室内に繋がっているのを確認し、四人を振り返った。

 といっても、四人には繋がった向こう側は見えないみたいで、ここに穴が開いていることにも気づかずわくわくした表情のままなんだけど。

 仕方がないので、穴の周囲に張った安全枠を波打たせて輪郭を見えるようにしてやった。
 途端に四人がビックリしたのに、こっちは楽しませてもらったよ。

「はい。誰から行く?」

 輪郭は見えても相変わらずその向こうは道場内しか見えないこの穴に自分がまず先にとは思い辛いようで、四人が顔を見合わせて譲り合っている。

「えーと。稲荷は?」

「俺は最後。ちゃんと全員送ったのを見届けてから行くよ」

 ほら早く早く、と促せば、まず意を決したのは皇だった。
 勢い良く立ち上がって穴の前に立ち、生唾をゴクリと飲み込む。
 そうして、おそるおそる片足を踏み出した。

 ちなみに、この穴を向こう側から覗くと人体断面図が見られる。
 今この瞬間にこの部屋に入ってきたりする人がいれば、その人はいきなりグロテスクな映像を見せられるわけだ。

 皇の片足が向こうに付いたと同時に、俺は手が届いた彼の背をポンと押した。
 勢い余って踏鞴を踏んだ皇が俺の部屋を見回して感動している姿が俺の目に確認できる。

 皇が行ってしまえば後はスムーズだった。
 高橋、鈴木、植村の順にゲートを潜って行き、俺が最後に通り抜けて穴を閉じる。

 荷物のほとんどない室内は殺風景で、唯一棚に飾られている月の石が入ったビンがやけに目立っていた。





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