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真選組屯所の前で、一人の少女がウロウロしていた。
「ここ、でいいんだよね。勝手に入っていいのかな…。どうしよう…」
よしっ、と小さく呟き、門に足を踏み入れようとしたが
「やっぱり、ちょっと待って。深呼吸してから…」
独り言を言って、門に背を向ける。
「あのォ、何かご用でも?」
「きゃあああ!ゴリラァァァ!?」
ストーカーから戻ってきた近藤が、見かねて声を掛けたが、驚かれてしまう。
「いや、あの、ゴリラじゃなくて、ここの局長なんですけど」
「え、そ、そうなんですか?あの、でしたら…」
少女は直ぐに気を取り直して、自分の用を伝えた。話を聞いて近藤は一瞬驚いたが、快く少女を屯所に入れた。
お妙のストーカーをしていてモテない近藤が、可愛らしい少女と一緒に屯所に戻ってきた事で、屯所内は騒然となる。
少女は客間に通され、近藤は席を外した。その隙に、隊士達が襖の隙間から少女を見る。
「可愛いよな。局長、どこから連れてきたんだ?」
「お妙さんがいながら、局長の奴!」
「お妙さんに相手されないからって、あんな無垢そうな子を…」
ヒソヒソと話していると、
「お前達、何してんだ?」
近藤が山崎を連れて戻ってきた。
「ごめん、通してくれる?」
山崎は隊士達を押しのけて、襖を開けた。
「さーくん!」
山崎の姿を見た少女は、満面の笑顔で山崎に抱き付いた。
「菜々、久しぶりだね!」
山崎も笑顔になって、小柄な少女の頭を撫でた。
「さーくん?」
「山崎の知り合い?」
隊士達が疑問に思っていると、近藤がその疑問に答えた。
「あの子は山崎の幼なじみだそーだ」
山崎の幼なじみ、菜々の話によると両親が仕事の都合で、暫く家を空ける事となった。その間に一人になってしまう菜々が心配だから、真選組に入隊したという山崎に面倒を見て貰うように言われて、訪ねて来たのだった。
「そ、それでわざわざ江戸まで来たんだ」
「うん」
山崎とは手紙のやり取りはしていたものの、久しぶりに会えた事で菜々は上機嫌だった。ニコニコしながら、頷いている。
「でも、ここは仕事場だからね。私情で暫く泊めるなんて…」
「え…」
否定の言葉を発する山崎に、菜々は一瞬にして悲しそうな顔をする。
「何言ってんだ、山崎!こんな可愛い幼なじみが、お前を頼って来たんだ。俺が許可するから、ご両親が帰ってくるまで泊めてやれ!」
こうして、近藤の鶴の一声で菜々は、暫く屯所に泊まる事になった。
そのせいで、山崎は気が気でない日々を送る羽目になる。
この男しかいない屯所に、あんな小柄な少女を泊めるなんて、猛獣の中に小動物を放り込むようなものだ。
案の定、隊士達は暇さえあれば菜々に話かけて、デレデレしている。
「ちょっと!あんまり話かけんといて下さい!!」
そう言えば、大抵の隊士はひいてくれる。しかし、一番厄介な者がこの屯所にはいる。
「へェ、山崎の幼なじみにしちゃァ地味じゃねェなァ」
沖田と笑顔で話している菜々の傍に、山崎は慌てて駆け寄って背中に隠した。
「沖田さん!俺に関わる人が、みんな地味だと思ってんですか!!」
「地味だろィ。テメーのダチの原田だって地味じゃねェかィ」
山崎どころか、上司の土方にさえ不躾な態度をとる沖田。しかもドS。
少々抜けてる菜々は、恰好の獲物にされる。
そう思った山崎はキッと沖田を睨んだ。
「あのですね…」
「さーくんは地味じゃないです!」
言い返す前に、菜々の方が声を上げた。そして山崎の腕に抱き付く。
「さーくんは、私の優しいお兄ちゃんなんだから、悪口言わないで!!」
「…お兄ちゃん…」
地味、と言われるよりもそっちの言葉の方が、山崎にはダメージを受けた。
(お兄ちゃん…だよな、やっぱ、そういう扱いだよな…)
肩を落とした山崎は、そっと菜々の手を腕から外す。
「さーくん?」
「"地味"って言われるのは、監察としての褒め言葉だからいいんだよ。俺、副長に呼ばれてるから…。じゃ」
寂しそうに笑うと、山崎は副長室へ向かった。
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