ツイログ(2)
〇昴さんと彼なんとか

「乾燥機から、着るものを探して下さい」

洗面所のドアを昴さんが閉めるや否や、水分を盛大に吸った衣類を全部脱ぎ捨て、乾燥機に入っていた洗濯物と入れ替えてスイッチを入れた。

……工藤邸までの道中でこんな大雨に遭うと思わなかったのにこのざまだ。着ていたもの全部やられてしまった。渡されたタオルで一通り拭い、規則正しい音を立て始めた機械を横目に見る。止まるまで多分、あと30分。昴さんが勧めてきた通り、彼の服を借りることにした。……とりあえず厚手のものにしないと。中に何も着てないのを悟られたくない。

ちょっと待って、どうしてソファの端まで昴さんに追い込まれることになったの。
状況を思い出してみる。昴さんのシャツを借りて、リビングに行くと昴さんがホットコーヒーを2人分用意していて、それを一口もらって一息ついた……だけだよ、ね。

「どうしたの」
「どうしたの、はこっちの台詞だ」
「……?」

昴さんの瞼がいつもより大きく開かれた。その緑色の目線の先にあるのは、私が着ている昴さんのシャツ。

「何故そんなものを着て……」
「ごめん、来て欲しくなかったの?でもさっき探してって」
「言いたいのはそこじゃあない……」

目線が降りていくと同時に、するりと昴さんの手がシャツの裾から滑り込む。太股から腰辺りに向かって指先が這うのを感じ取る。その内、下腹部をぴったりと覆う生地に当たった。

「さっき見えてしまってね……何故人の下着を」
「こ、これでも妥協したんです、履かないのも気持ち悪いし……洗った後だしいいかなって」
「他に履くものがあっただろう」
「他にって、どの道履くことになってたよ……」

はあ、と昴さんの口から悩ましげに溜息が漏れた。

「嫌なら、今から脱ぐ……?」
「……僕にどうしてほしいんだ」

昴さんの太股が私の両膝を割って入ってくる。

「洗濯しづらいじゃあないか、どうしてくれる」
「え……え!?」

気づいた時には、飲みかけのコーヒーは完全に冷たくなってしまっていた。



〇昴さんによる副交感神経刺激

お酒の匂い、人の匂い、物理的にも人でいっぱいになった車両からどうにか抜け出し、工藤邸のチャイムを鳴らした。本当はもっと早い時間にこうしたかった。昨日も、一昨日も、その前も。こうして約束の時間を破るのは、今日で何度目になるか。

「遅かったのでもう今日は来ないか、と……」
「……!?ごめ、んっ……なんか、分からない、けど、急に……っ」

出迎えてくれた昴さんを見た瞬間、目頭が熱くなりだした。もっと早く会いたかった、約束を守れなかった、お仕事が辛かった、理由なんてもうどれに当てはまるか分からない。急に始まったことなのに昴さんはあまり動じる様子はなく、玄関で立ったままの私の顔を胸に埋ませた。

「そのままで構いませんよ。……ずっと何かに耐えていると、体を壊してしまいます。言ってしまえば、泣くのは自衛の1つです」
「……っ……っ」
「懸命な判断です。……ですから、ここに帰ってきたら好きなだけ楽にして下さい」



〇赤井さんと温泉旅行

「ごめんね、私だけ楽しんじゃって」

せっかくの旅行なのに私が温泉に行きたいなんて軽いノリで言ったばっかりに。一緒に遠出こそ出来たものの、いつ事態が変わるか分からない赤井さんはずっと昴さんの格好と声のまま、夜を迎えてしまった。もちろん服はいつものハイネック。浴衣姿の赤井さん見たかったなあ。

君だけでも楽しんでこい、と背中を押されて行ってきた温泉浴場から戻り、襖を静かに締める。部屋の真ん中に敷かれた2組の布団が真っ先に目に留まった。片方の布団の上には、胡座をかいた昴さん……に扮した赤井さん。イヤホンを耳から外すと顔を上げ、私に手招きをした。

「長湯だったな」
「露天風呂、誰もいなかったからつい……」
「随分と楽しんできたんだな?」

一つ頷いて、くく、と軽く喉で笑う赤井さんが座る布団に近づく。立ち上がった赤井さんは私の顔に触れ、指の腹で頬を緩く摘む。多分いつもと感触が違うからか、どこか興味深そうにいつもより執拗に触れてくる(温泉の効能に後で感謝しておかないと)。

「夜中にこっそり入ってくれば?」
「そういうわけにもいかんだろ」

頬に触れていた手は次第に首筋を撫で降り、浴衣越しに胸、臍まで這い、やがて腰を掴んで私の体を引き寄せた。

「君のこの格好を見るだけでも、十分に俺は有難いんだがな」
「……そうです、か……っ!」

手は腰を這い、結んだばかりの帯の端を引っ張る。お腹の締め付けが緩まると、帯は赤井さんの手から離れてもゆっくりと下に落ちていく。その内重ねていた浴衣の両襟も離れていき、晒された肩に赤井さんが顔を埋めた。


「……それに俺はこれから、楽しめるんだろう?」

帯が全て腰から滑り落ち、赤井さんの左手が浴衣の内側に忍び込んだ。

私の膝が布団の上に崩れ落ちるまで、あとほんの僅か。



〇いつかの夜を期待する沖矢さん

ソファに凭れる昴さんをちらっと見る。手にはハードカバーの小説、多分ミステリーものだろう。こちらの手には中にそこそこ入っているバスケット。
青い空を見かけなくなって何日経ったのか。晴れる時を期待して洗濯物を溜め込んだけど、さすがに限界がきてしょうがないから干すことになった。

「今日もあまり暑くありませんね」
「そうだね、でもちょっと外に出るのはなあって天気。雨降りそうだし、洗濯物も部屋干しになるし」
「……おや、昨日はあんなものを履いていたんですか」

昴さんの一言に、手が止まった。さっきピンチハンガーに吊るしたものを確認し、何を見つけたのか気づいて慌ててバスケットに戻した。……これはだめだ、昴さんのはいいけど私のは困る。

「残念」
「忘れた頃に見せますから、堂々と見ないで頂戴」
「ふふ、楽しみにしておきます」
「ところで」

バスケットから自分の下着の代わりに他のを取り出し、これみよがしに昴さんの前で見せた。赤のボクサーパンツ。昴さんが履いているところを見たことは、多分私にはない。

「昨日は赤だったんですね、昴さん」
「君に見せることなく干されてしまいました」
「出番がなくて残念だったね」
「……忘れた頃に、またお見せしますよ」



〇昴さんがお休み催促

通勤ラッシュから抜け出し、改札を出た私を待ち構えたのはろくでもないものだった。熱く、怠く、周りの高い建物に眩きそうになる。悲しいことにその原因は私自身。もっと遅くに来るはずだったのに、計算して取った休暇を見事に躱したうえ、よりによって仕事を休むわけにはいかない日にそれはやってきた。

「……」

カバンに入れたスマホが震えていることに気づき、足を止めてスマホを手に取る。液晶に映る、見慣れた名前……道路の端に寄り、鳴り続く着信をすぐに応答に切り替えた。

<<おはようございます>>

低く優しい、安心する声。聞いた途端、必死に地面に立つ体を崩されてしまうかと思った。

「どうしたの昴さん、掛けてくるなんて珍しい」
<<いつも、朝は君から連絡がくるのに今日はいくら待っても来なかったので>>

そうだった。寝坊しても必ず朝にはメッセージを送っていたのに、今まで完全に頭から抜け落ちていた。

「……家出るのが遅くなっちゃって、まだ職場に着いてないの」
<<そうでしたか……今日は、予定外でも休んでみたらどうですか?>>
「……」
<<声からでも十分、分かりますよ>>
「……でも」
<<今日でないといけないことは、ひとまず他の方に頼みましょう。露骨に具合を悪くしているあなたが職場にいても、周りが要らない気を遣ってしまうかもしれませんよ?>>
「……欲しい言葉を、言ってくれる」
<<いくらでも言いますし、休むなら車を出しますから……どう、しましょうか?>>

職場まで、ここからは歩いて10分。なんとか行けない距離じゃあない、けど、

「……車、お願いします……」
<<ふふ、承りましたよ。すぐに向かうので、休めるところで待っていて下さい。着替えも置いてありますし、休むのはこちらの家で構いませんよね?>>

承るっていう前から、エンジンがかかってるような音がしたけど、まあそれは聞かないであげよう。きっとこう言えば折れるって気づかれてたんだ。通話を切ると、最寄り駅に向かって踵を返した。

今日はもう、この男に甘やかされることにしよう。家に入ったら、次の日が土日だからと言って、3日間全部昴さんといることになるだろう。

私もそうしたい。時間が許す限り昴さんにぎゅってされていたい。意外と筋肉あるからかな、昴さんにぎゅってされるとあったかいんだよね。

「お待たせしました」

駅の前に停った赤く塗られた自動車。そこから降りた運転手は助手席に回り込んでドアを開けてくれた。

助手席のシートベルトを締めると、前髪を上げて額に当たる自分以外の手。微熱ですね、と呟いた昴さんは額から離した手で私の頭を子供にするように優しく撫でてくる。

ああやっぱり、あったかくて、凄く落ち着……ん?
袖口から微かに漂う、体臭ではない匂いに気が付き、顔の緩むような感覚はそこで止まった。多分、お醤油とみりん……昴さん、朝から肉じゃが作ったな。

「何か作りましょうか?」
「……作り置きの肉じゃがでいい。朝ごはん食べてないの」
「おや、なぜ分かってしまったんですか」
「……教えないでおきます」

(上司にはもちろん、スマホ越しに謝罪の言葉を混ぜつつ謝っておいた)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -