夕食を済ませ、台所で食器を片付けていた時のことだった。
「実は、僕には女装癖があるんです」
思わず手を滑らせ、拭いていたコーヒーカップが離れた。シンクに落ちる寸前で、昴さんがカップを掴みとり、割れることは避けられた。
……今、なんて言った?
「昴さん?」
「本当は君が着ているような服を着たくて……正直に言いますと、君が出かけている間は別の服に着替えているんですよ。カツラやパットも使います」
「……」
「引きましたか?」
「今やって」
「え」
「昴お姉さん!今すぐ!」
有希子さんが変装で使うカツラや大きめのサイズのAラインのワンピース、シリコンパッド、化粧品を勝手に借りて、昴さんに全部押し付ける。
リビングで昴さんを少し待っていると、ドアがゆっくりと開けられた。
一瞬夢に見た昴お姉さんが目の前にいる。無理、中身が昴さん(♂)って分かってても抱きつくっきゃない!
「んふふー、昴お姉さーん……」
「……」
「昴さんずっとお姉さんでいてよー」
「それは断らせていただきます。
……おや?顔が赤いですね……体調が良くないのでは」
「今凄くいいよ〜」
「……」
まさか、と零すと、腰に抱きつく私の顔を上げさせ、昴お姉さんは顔を近づけてくる。
その内、なんでか苦そうな顔になっていった。おかしいな、今日は料理にニンニク使ってないのに。
「僕が飲んでいたバーボンを、飲みましたね」
「飲んでらい」
「すみません、こんな状態ですがネタばらしをしますね。
……今日はエイプリルフールです」
「嘘、もう次の日になってるもん」
「僕が着替えている間にスマホの時計をいじりましたね。
しかし、テレビの時刻を見ればすぐにバレてしまうことですよ」
「らってお姉さんとシェアしたかったんらもん」
「……そんなにお姉さんと住みたかったんですか……ですが」
昴お姉さんが両手を腰から離すと、その手を掴んで私に詰め寄り始める。思わず後ずさりをし、下がり続け、そのうち踵がソファにぶつかった。
瞬間、昴お姉さんは私に抱きつくように腕を絡めて、私を巻き込んで2人掛けのソファに飛び込んだ。
私に覆いかぶさる昴お姉さんの両肘がソファにつくと、有無を言わせる間を与えずに昴……さんは目を閉じて顔をまた近づけてきた。
「お姉さんとも、こんなことしたいんですか?」
「……いいえ」
「なら、良かったです」
今度は、息を確認する為じゃなかった。
髪が長く、胸に大きなものを実らせた姿なのに、にっこりと私に笑う昴さんは、私の思う昴お姉さんではなくなってしまった。