お姉さんは甘いものがお好き
「今日はまずどこに行くんだっけ」
「パンケーキのお店行って、その後お買い物」
「そっか。莉乃ちゃんとパンケーキ楽しみだなあ」
「私もですよ」

 昴お姉さんが工藤邸に住み慣れてきた頃、私は昴お姉さんに車を出してもらって2人で外出することになった。
 ラッシュ刑事みたいな大人っぽい声で私に話しかけるお姉さん。長い髪を少し揺らし、マニュアル車の運転席に乗り込みギアを操作する姿がとてもかっこいい。
 料理はからきしだめらしいけど、自炊をしない割に偏った食生活を送ったようには見えない。そんな生活をしていたら、こんな豊かに育まれるわけがない。
 シートベルトに軽く圧迫されている実りに羨望の眼差しを向けずにはいられなかった。すると、頬を何かに摘ままれた。

「す、昴さんっ」
「あれ、マシュマロここかと思ったけど」
「持ってきてません!」

 クールで知的で妖しげな印象を最初に持つけど……割と茶化してくる人だ。



「……もうこんなに並んでますよ」
「焼き上がるまで30分かかるんだって。予約できなくて残念」

 パンケーキ専門店に向かってみると、開店前にもかかわらず店の入り口でお客さんが列を作っていた。列の長さ自体はなんとか我慢できそうだ。
 パンケーキの作り方の都合上、どうしても店の回転率は落ちてしまうらしい。それでも食べる価値があるから、こうして皆並んで待てるんだろうなあ。

 店の近くの駐車場で車を停めて、列の最後尾に並ぶ。ちょうどお店が開店し、店員の女性がメニューを持って説明に来てくれた。……席に着くのと食べるまでに、50分くらい待つとのことだった。
 でも期間限定のパンケーキがとても気になる。だって有名な品種の苺をふんだんに乗せたパンケーキだよ?食べてみたくなるじゃない……待てれば、だけど。

「どうしましょうか、昴さん……」
「それまでは莉乃ちゃんと喋ってればなんとかなるよ」
「そんなに話すことありませんよ」
「そうかなあ……まだ質問し足りないくらい、なんだけど」

 私は、と最後に付け足した昴お姉さんは残念そうな顔で私に笑いかけた。

「ああ、喋るって……質問……」
「最初に会った時、コナン君に簡単には紹介してもらったけどね。コナン君がいると、ほらあれ……“がーるずとーく”とかいうやつが出来ないじゃない」

 まさか昴お姉さんの口からガールズトークという言葉が出てくるとは。
 きっとあれだ、あまりにも大人っぽくて同級生に一目置かれて、レベル低いかもしれない話が周りは出来なかったのかもしれない。
 どの程度の話が低いレベルなのかは分からないけど、工学部なんだしそれ相応の話をしてそうだ。

「ガールズトークがどんなのかよく分かりませんが……昴さんの質問には、答えられるようになるべくします」
「んん、じゃあ……好きな香りとか、匂いは?」
「匂いですか……蜂蜜とかバニラとか、割と好きです」
「ほお……」
「昴さんは、コーヒーと煙草ですよね」
「まあ、それも好きだけど……」

 昴お姉さんはちらっと私を見てすぐ、顔を向こうへと逸らした。
 え、ちょっと何、そうやって気になるように話を途中で切らないで。も、もしかして匂いフェチなのお姉さん?実は阿笠博士の体臭が好きとかだったらたとえお姉さんでも軽く引くかもしれない。

「さ、最近、莉乃ちゃんお風呂上りにいい匂いがして……」
「……それ、シャワージェルですよ、蜂蜜の香りするやつ」

 当たらずとも遠からず、でも想定から完全に外れた回答。まさか私の匂いに当てられていたとは。

「よく寝る前にハグしてくるから、アメリカ育ちなのかと思ったら」
「そういうこと……いい香りに包まれたくて」
「包んでどうするんです」
「……次からは包んでもらうよ」
「いや、私がハグするんじゃなくて、使えばいいんじゃあ」

 お席ご案内します、と明るい声色で店員に声を掛けられる。店の中に案内されたとき、昴さんが呟いた。

「ごめん、もう使ったんだ。週2くらいで」

 道理で減るのがちょっと早いと思った。

「お待たせしました、苺のパンケーキです」

 席に着いても、昴お姉さんとのお喋りは続く。お喋りというより質問されてるんだけど。
 その内店員と共に現れたのは、待ちに待ったパンケーキがよそられた1つのプレート。自宅やその辺のお店じゃあ絶対に作れない、手間を惜しまず費やしたパンケーキには、粉雪みたいなシュガーパウダーがバランスよくあしらわれていて、更にきつね色に焼きあがったクラッカー、カスタード、有名品種の苺がプレートの中央を引き立てる。
 うっかり頼んじゃったけど、これは頼んで良かった……!

「撮ろうか?」
「撮るっ」

 昴お姉さんの提案で、2人の手とパンケーキを一緒にスマホで撮影し(昴お姉さん指綺麗だなあ)、いざ実食。お姉さんは興味深そうにパンケーキを1口サイズに切り分ける様子をじっと見る。
 コーヒーだけ頼んでたけど……もしかしてやっぱり食べたかったのかな。なんだかこれ見よがしに食べるみたいで申し訳ない気持ちもある中、フォークに刺したパンケーキを口の中に運んだ。

「――んん〜っ」

 やばい、口の中が幸せ。味わったことがないくらい柔らかい、奇跡のパンケーキなんて銘打ってるだけある。
 もっと語彙力が私にあったらこの美味しさを昴お姉さんに伝えることができるのに。

「莉乃ちゃん、美味しくなかったの?」
「い、いえっ昴さんにこの美味しさを共有できたらなーって思っただけです」
「……つまり」

 コーヒーカップを一度コースターに置き、昴お姉さんは自分の顔に指を近づける。人差し指だけを立て、艶やかなグロスを塗った唇に指先を添えた。

「一口あげてもいいってこと……かな?」
「……」
「量が多そうだったから、コーヒーだけ頼んだんだけど……1口くらいなら頂戴するよ」
「そ、そうだったんですか……あ」

 フォークが1本しかないから店員に貰わないと。
 でも、店員忙しそうでなかなか捕まらなそう……私ので良かったらいいんだけど。紙ナプキンで一応口付けたところは拭うから。

「面倒だから早く運んで」
「え!?」

 私がどうしようか考えていたら、昴お姉さんはあっさりと確認したいことをすっ飛ばす。テーブルに身を少し乗り出し、にっこりと唇で弧を描き、私が動くのを待った。
 もちろん待ってるのは……いわゆる“あーん”とかいうやつだ。
 もう、何なのこのお姉さん、年不相応に可愛い事しちゃって。年下の私の方がちょっと傷つきそうなんだけど。

「……い、いいですか」
「うん、いいよ?」

 また1口サイズにパンケーキを切り、ついでにカスタードクリームも付けてフォークに乗せる。落ちないようにそろそろとフォークを持ち上げ、昴お姉さんの口元に近づける。昴お姉さんはゆっくりと目を伏せ、長くカールしたまつげを主張させた。

「あ……あーん……」
「……んっ」

 昴お姉さんは唇でフォークを食み、ゆっくり引き抜いた。小さく顎を動かし、口の中で甘さを味わっているように見える。ごくんと喉を鳴らした後、口の端に付いてしまったカスタードクリームを舐め取った。
 ……なんだかいけないものを目の当たりにしている気分。だってとても、妖艶に見えたんだもん。

「苺もちょーだい」
「え?……あ、い、苺ですねっ」

 昴お姉さんは大人っぽい声で可愛らしくねだる。はっと我に返り、慌てて苺をフォークに刺した。



「なんか、莉乃ちゃんが頼んだのにたくさん食べちゃってごめんね」
「いえ、昴さんが奢ってくれましたし」
「でも本当に美味しかったなあ、パンケーキももちろんだったけど」
「苺も、ね」

 隣で商品を見ていた昴さんはおもむろに手を伸ばし、上下セットになっているハンガーを手に取って私に見せた。
 本物の苺の花と実を加工した写真をプリントした、パステルカラーの生地の下着。まさか私に勧めているつもりなのか。

「わ、私もあの苺は初めて食べたかも……いつもはお菓子になっちゃってるし」
「苺が好きなの?」
「好き……ですが、下着の柄としては別です」
「ほー……なら、これなんかどう?」

 昴お姉さんはハンガーを戻し、隣の違うデザインの下着を手に取る。青のギンガムチェックを生地にし、白いレースをあらゆるところにあしらった下着。
 レースとか細々とした装飾は好みだけど、決定的にダメなところが1つ主張していた。

「悪くないんですけど、私その柄似合わないんですよ」
「ううん、可愛いのに残念……」

 じゃあこれはどうかな、と昴お姉さんはハンガーをまた戻し、1つ隣の列にずれていった。下着を次々に見せては私の反応を窺い、反応が良くなかった下着は元々あった場所にハンガーを掛け直し、悪くなかったものは買い物かごに突っ込んでいく。
 私に似合いそうな下着を探す昴お姉さんはどこか楽しそうで、そんなお姉さんを観察できるのは興味深かった。一緒に生活してるし、洗濯も2人分一気に洗ってるから、見えないことはきっとないだろうに、私の下着の好みは分からないんだ。
 まあ、私がほぼ毎日干してるからかもしれないけど。

 ……でもどうしても気になることがあった。どうして教えてもないのに、私がいつも付けてるサイズより1つ上のサイズを必ず取るの。

「あの、申し訳ないんですが……」
「ん?ああ、大丈夫、これでぴったりのはずだから」
「は!?」
「莉乃ちゃんとお風呂の時間被ったことあるでしょ?あの時莉乃ちゃんタオル巻いてたけど、服着てる時とだいぶ違って見えてね。合ってないなあと思ったんだよ」
「……昴さん、本当は目そんなに悪くないでしょ」
「ふふ、ヒミツ。
 でもいいなあ莉乃ちゃんは。良くも悪くも平均から離れてなくて」
「それ一応褒めてるんですよね?」
「褒めてるよ、可愛いの似合うし、そもそも可愛いのがあるからいいなあって。
 私あんまり入るサイズないから、可愛いのがなかなか見つからなくてね。しかも張るのよ、値段が」

 昴お姉さんは後ろにかかっていたハンガーを手に取り、値札を見せては肩を落として溜息を吐く。
 ……少し驚いた。昴お姉さんと会った日から、肩から下の部分については気になってたし、同棲としてちょっと凹む要素でもあった。少しくらいよこせなんて理不尽なことも思ったりした。
 だけどまさか、その胸にそんな苦労が秘められていたとは。特に経済的なダメージは痛い。
 それで……私に会いそうな可愛い下着を探すのが、昴お姉さんにとって現実逃避になって楽しそうに見えた、のかな?

「……こういうの、昴さんに似合ってると思います」

 近くからよさげな下着を探し歩き、なんとなく見つけたそれを昴お姉さんに見せた。
 ミルクチョコレート色の生地で、カップはシアーレースで覆われている。ショーツのウエスト部分も同様。全体的にシンプルだけど、ブラの中央に滴モチーフの飾りがあってそれが引き立っているように見えた。

「落ち着きがあって、ちょっと可愛くていいと思いました……今日の、昴さんみたいで」
「……あー、もう」
「!?」
「莉乃ちゃん好きぃ……っ」
「え、えっ!?」

 突然目の前が真っ暗になった。どうやら昴お姉さんに抱き着かれ、お姉さんの大きな膨らみ2つの間に顔を埋められたらしい。
 幸福な反面、恥ずかしさから早く離れたかったけど、腰と頭を昴お姉さんにしっかりとホールドされていて、手を悪込めるような隙間は全然見つからない。
 あ、これダメだ。昴お姉さんの大いなる実りで窒息死しちゃうか、生き延びても人としてダメになりそう。もしダメになってなかったら、一生分の幸運をこれに使ってる違いない、待ってるのはきっと恐ろしい展開だ。
 そんなことを考えていたけど、意識は確実に、少しずつ、どこかへと置いてけぼりになろうとしていた。



「そういえば莉乃ちゃん、さっき買い物してたときにこんなの買ったんだ」

 工藤てに戻り玄関の鍵を閉めると、昴お姉さんは黒い紙袋を手に取る。中に入っている物を取り出すと、
 野球ボールくらいの大きさと形で、マゼンダピンク色をした何かだった。見覚えがあんまりない、なんだっけそれ。

「バスボムって言う入浴剤らしいんだけど、良かったら使ってみない?」
「使いますっ」
「ふふ、じゃあ夕食を楽しむ前にこれを楽しもうか」

 1人脱衣所へ向かい、バスボムと一緒に紙袋に入っていた手順書らしいメモを読んでいく。使ったことがないからどんな風になるのか想像できない。でもいい匂いは梱包を開けた瞬間からする。昴お姉さん、こういう匂いも好きなのかな?

「莉乃ちゃん、バスタオル持ってきたよ」
「……え、2枚?」
「やだなあ、莉乃ちゃんだけ先に楽しむつもり?」
「う゛」
「ほら早くしないと、夕食遅くなっちゃうし……さっさと入っちゃおう?」

 バスタオルを浴室のドアの傍にあるカゴに置くと、昴お姉さんは眼鏡を外し、シャツのボタンを外し始めた。ああもう、私もさっさと恥を捨てよう。

「……」

 うわあ、お姉さん体凄く引き締まってる、鍛えてるんだ。背筋とか見たことないくらい仕上が……て……

「え゛え゛え゛え゛ぇっ」
「ん?」

 おおおおお姉さんのたわわがなくなってる!?

「す、すすす昴さん何のジョーダンですか!?」
「あれ、言ってなかったっけ?莉乃ちゃんと話すの楽しいから、忘れてたよ……すっかり」
「な、何を」
「実は女装趣味をこじらせちゃってね。もうこの格好で何年もいたから、慣れちゃったんだ」

 昴お姉さんが脱ぎ捨てたシャツを見れば、裏返ったそれにはシリコンパットのような物が縫い付けられていた。更に髪を引っ張れば、長くサラッとした感触のそれは昴お姉さんの頭からあっさりと落ちていき、短髪へと変わってしまった。

「で、でも、そんなラッシュ刑事みたいな声っ」
「ああ、これは機械で変えていたんだよ。幸いなことに、近所に素晴らしい発明家がいてね」

 首に巻いてあったチョーカーを指さし、昴さんは手を項に回すとそれを外して見せた。

「ホラ」
「っ……!?」

 改めて昴さんの喉から発せられた声は、明らかに男性らしい低音になってしまった。
 いままで女性だと思って暮らして、一緒に出掛けて、下着選びまで付き合ってもらっていた人が男性だったなんて。やだやだ、これ以上何も考えたくないっ!

「でも大丈夫だよ、莉乃ちゃんのことは女性として大好きだから」
「や、待って……」

 妖艶に微笑を浮かべた昴さんは、唖然とする私の背後を取り、肩に手を乗せる。するすると正面へ下ろしていくと、私のブラウスの第一ボタンに手を掛けた。

「じゃあ莉乃ちゃん……お風呂、一緒に入ろうか」



「う゛ぅ……」
「綾瀬さん、こんなところで寝たら風邪を引いてしまいますよ」
「う゛う゛ん……」
「綾瀬さん」
「……んん?」

 目が覚めたのはソファの上だった。時刻は……スマホの画面を点けたら、22時だった。
 おかしいな、さっきまでこんな時間じゃなかった気がするのに。

「綾瀬さん」
「ひっ……お、沖矢さん」
「今日はお疲れだったんですね。後は僕がやっておくので、ゆっくりベッドで休んで……――痛っ」

 思わず近くにあったクッションを掴み、沖矢さんの顔面に投げつけた。

「もう、沖矢さんのせいだ!!」
「はい?」
「沖矢さんが起こそうとするから、昴お姉さんがただの女装野郎になっちゃったじゃん!」
「綾瀬さん、流石にそれは理不尽ですよ」
++++++++++
昴お姉さんとやりたかったことをとりあえずやってもらいました。
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