10 そんなもの見る必要はない
「……うそ」

 ベッドで目が覚め、スマホで時刻を確認する。何度確認しても、午前9時だ。
 大学までの移動時間、電車の移動も含めて50分。取っている講義の最初の開始時刻――午前10時。

「や、やばいっ!」

 ベッドから飛び降り、昨日の内に用意しただろう着替えと、タイマー用にスマホを持って洗面所へ走り出した。
 ああもう、せっかくピーターの声で起こされる夢見たのに最悪!!

「綾瀬さん、おはようございます。やっと起きまし……」
「お、おはようっ」
「朝食用意してありますよ」
「ありがとう!」

 着替えが何故か昨日の内に決まっていたので、そこまで支度に戸惑うことはなかった。なんでか思い出せないけど、今日はショートブーツを履く日だったような気がする。
 沖矢さんが用意してくれた朝食を取るために椅子に座った時だった。私のスマホにラインのメッセージが届いた。送り先の名前は、大学の友人の1人。

【おはよう、今日、双子コーデだよ!( ゜v゜)(゜v゜ )】

「!!」

 ああ、道理で服と靴のことは覚えていたのか。そっか、そういえば今日だったっけ。
 ……いや待って、確か編み込みしようとか言ってたような。嘘でしょ、こんな状況でそんな面倒なことを私約束しちゃったの?もうご飯食べたらすぐにでも行かなきゃいけないのに、この作り立ての朝食より私は髪の毛を優先しないといけないってこと?

「お、沖矢さん作ってくれたのはありがたいけど……ちょっと急いでて」

 正面に座る沖矢さんに頭を少し下げ、髪を編み込む為に席を立とうとした時だった。何故か沖矢さんが立ち上がり、私の右手にイスを置いて座った。

「髪でしたら、綾瀬さんが朝食を取っている間にやりますよ」
「え!?」
「見様見真似でやってみますが、自分でやるより簡単にできると思います。何か資料はありますか?」
「あ、スマホでスクショ撮ってある……」
「画面を閉じないようにしてもらえませんか?」
「は、はい……」

 スマホの画面ロック時間を解除し、保存したスクショを表示した状態で沖矢さんにスマホを渡すと、沖矢さんは画面を少し見て、沖矢さんから画面が見える位置にスマホを設置する。気が付けば、沖矢さんに髪を編んでもらう流れになっていた。……普段だったら絶対に遠慮したけど、今は時間もそんなにないし、朝食を取ることに専念しよう。

「……」

 毛先に沖矢さんの指が触れた、気がした。
 そういえば、母や兄以外に髪をやってもらうのは初めてだ。……なんだ、兄でも昔、案外優しいことしてくれたんだ。
 って……あれ、これもしかして、身内以外かつ美容院以外の男性で初めて触られてるってこと?

「動かないで」
「……!」
「きつく編めなくなります」
「は、はい……」

 沖矢さんに指摘され、なるべく首が動かないように意識しながら、朝食を再開する。今日の朝食がパンで良かった、お米だったら全部箸から零れ落ちていそう。
 束にした髪にそれ以外の髪を巻き込む度に、沖矢さんの指が頭皮に当たる。編んでくれるとは言ってたけど、ここまで執拗に頭を触られると思ってなかった。
 あと……近い!顔!やむを得ないとは言え、有希子さんの件で詰め寄られた時ばりに顔が近い!

「お、沖矢さん慣れてません!?」
「いえ、初めてです」
「へ、へー……」
「とりあえず右側だけですが出来ましたよ。見てもらって構いませんか?」

 沖矢さんからスマホを受け取り、ミラーに切り替えて頭の右側を確認する。……髪の分け目から耳の後ろまできれいに編めている。他の人にやってもらっただけに、仕上がりはよく出来ていた。

「ありがとう……」
「左も同じようにやりますね」
「あ、はい……」
「すみませんが、また資料を見ても」
「あ、どうぞ」

 スクショを開いた状態に戻し、沖矢さんにスマホを再度渡す。さて私は、残りのトーストを戴くとしますか。すると沖矢さんは私の左手に回らず、スマホを横にして構えた。ちょっと、その持ち方は……

 カシャ。

「え」
「次同じことを頼まれた時の為に、サンプルでも残しておこうかと」
「私頼んだ覚えないよ!?ちょ、ちょっと沖矢さん何操作してるんですか!?」

 沖矢さんがシャッター音の後も何らかの操作を続ける。スマホを元の状態にしてテーブルに置いた後、沖矢さんは私の左手に座った。
 数秒後、カウンターに置かれた沖矢さんの携帯が一度震えた。アレ絶対、さっきのやつ送ったな。



「いやー、体型と髪が被る友人がいると、楽しいものね!」
「私は講義も被って恥ずかしかったよ……」

 大学の講義を全て受け終え、約束をしていた友人とショッピングモールを歩く。瓜二つの格好をしてご満悦な表情を浮かべる友人の顔と相反して、私は火照る顔にひたすら手で風を送ろうとする。
 友人と同じ講義を取っていた為、教室に入った時に知らない学生に二度見されたことがまだ頭に残っている。ガキっぽいとか勉強しに来たんだろとか、何を思ったのかちょっと言ってほしかった。もうずっと、もやもやしてしょうがない。

「とりあえず双子コーデなんか初めてやったし、記念にプリクラ撮ろうよ!」
「あ、ちょっとトイレ行くから待ってて」
「おけー」

 買ったものを友人に預け、彼女をトイレ前の通路で待たせることにし、一時的に彼女とは別行動をとることにした。

「うん、大丈夫崩れてない……」

 沖矢さんに編んでもらった箇所に触れ、女子トイレの鏡で確認する。しっかり編めてるから、崩れる様子は全くない。
 ……沖矢さんの触り方、今思えば普段の、怒ってない時の言葉遣いとよく似ている。物腰柔らかいのに、たまに棘みたいになるところとか。目は口程に物を言うとは言うけど、沖矢さんの場合、目より手の方がずっと語っている気がする。というか普段、目の方が何を語っているのか分からないよね。
 あ、そういえばこないだやむを得ないとは言え、沖矢さんに抱き着いたんだっけ……沖矢さん手といい足といい、サイズ大きいんだよね。背中広かったなあ、しがみついたとき両手背中に回しちゃったけど、手の先も届かなかったし。

「!」

【時間かかってるね、混んでる?】
「ちょっと考えすぎたのかな……」

 友人から早く来いと催促のラインが送られ、私は友人の元へ戻ることにした。

「お待たせ」
「じゃ、ゲーセン行くか〜!」

 スマホをスカートの後ろポケットに入れながら、友人の元へ戻る。戻ってきた私の手をご機嫌な顔で取ると、彼女は私の手を引き目的の場所へと向かおうとした時だった。

「綾瀬さん、ストラップ外れましたよ」
「っえ!?」

 肩を軽く掴まれ、後ろを振り向かされる。……沖矢さんがいた。右手には何かが入ったショッピングバッグ、もう片方にはスマホのイヤホンジャックで挿すタイプのストラップ……私が最近スマホに付けているやつだ。
 スマホをポケットから取り出すと、トイレに行った時にはあったストラップが刺さっていなかった。ポケットに入れるときに、金具の細かい部品が服に引っかかって抜けたのかもしれない。

「ありがと……えっと、買い物?」
「ええ、食材の買い出しついでに少しうろうろしていたところです」

 沖矢さんが私のスマホにストラップを挿している間に、沖矢さんが持っていたバッグの口を広げる。家で使っているメーカーの小麦粉がまず視界に入った。

「……小麦粉切らしてたの?」
「いえ、ですが今日使ったらなくなりそうだったので……では、失礼します。ご友人と引き続き楽しんで下さい……」

「……やばい、イケメンのせいで息するので精いっぱいだった」
「へえ……」

 沖矢さんが他の階へ降りていき、姿が完全に見えなくなった頃、友人が何か堪えていたかのように、一気に息を吐き出した。
 そういえば園子ちゃんもそれっぽいこと言ってたな。ああいうのがイケメンなのか……うん?

「何、隣にあんなのが住んでるの莉乃!?」
「ん?うーん、隣、だね」

 寝室が、隣。一軒家に一緒に住んでるよなんて言えない。

 1つの大きな建物の中でそれぞれ暮らしてるのは事実なんだ。アパートと定義はそこまで変わっていないはず。もういちいち考えるのも面倒だし、工藤邸に住んでることを知らない人に聞かれたら全部アパート感覚で話そう。

「にしても凄い観察眼だよねー。後ろ姿そっくりにしたつもりなのに、莉乃に声かけたし、ちゃんと莉乃の肩掴んだし……」
「……そうだねえ?」



「ただいま……」
「ああ、綾瀬さんおかえりなさい。ちょうどホワイトソースを作っていたところです、見てもらえませんか」
「小麦粉ってそういうこと……ちょっと待ってて」

 買物を終え、荷物を部屋にいったん置いて台所に向かうと、エプロンを身につけた沖矢さんが既に料理を始めていたところだった。鍋に入ったホワイトソース、それにカウンターにはマカロニ、野菜、ベーコン……今夜はグラタンかな?
 椅子にかけていた私のエプロンに腕を通し、コンロの前に立つ沖矢さんの左手に回りこむ。沖矢さんから木べらを受け取り、鍋の中で静かに煮立つホワイトソースを底から緩くかき混ぜてみた。……ダマになってないし、ちょうどよさそう。

「うん、これでいいよ」
「あとはオーブンで具材と焼くだけですね」

 耐熱皿に下処理を済ませた具材とホワイトソースを入れ、オーブントースターで焼くこと10分。コンロを見るとグラタンを作るのに使っていた鍋だけで、まだスープとかが用意されていない。メインは沖矢さんが作ってくれたし、私が後は作るか。

「……ねえ沖矢さん」
「はい」
「さっきどうして、私か分かったんですか?」
「買い物中の時のことでしょうか?」
「そう」

 スープに使う野菜を適当に選び、手に取ったじゃが芋に包丁の刃を宛がい、表面を薄く剥いていく。包丁と食材が擦れる小さな音を立てつつ、沖矢さんの返答を待っていると、うなじをふわりと何かが撫でたような感覚を覚えた。その感覚は少しずつずれていき、やがて、私の顔の横へと昇って――

「凄く簡単です」
「ひゃっ!?」

 み、耳たぶ摘ままれてる!!

「お、沖矢さん危ないですよ!?いま私包丁持ってるんですから!!」
「今朝編んでいる時に気付いたことだけど、綾瀬さん、右耳の付け根の裏にホクロがあるんですよ」

「……え、どこ」
「ここです」

 包丁とじゃが芋を一旦まな板の上に置き、右耳に手を伸ばす。沖矢さんが触れている場所に指の腹を添えてみると、確かにしこりらしいものがあった。

「だから、後ろを向いた時でも分かったんですよ」
「し、知らなかった……」
「案外、自分でも言われないと分からないことは多いですからね。相手自身が知らないことを自分が気付くというのは、なかなか面白いものです」
「あ、あのいいからそろそろ私の耳を解放して……っ」

「おーい!莉乃君おるかー!!

「博士?」
「行って下さい。続きは僕がやっておきます」

 玄関から博士が私を呼ぶ声がする。沖矢さんに博士の対応するように促され、私はろくに調理をしないで台所から離れた。残った沖矢さんは私に代わり、食事の準備を進めていった。

「……一緒に生活をしているんだ。そんなもの見る必要はないがな」

「自動ハムエッグ作り機を作ってみたんじゃが、使ってみるかね?」
「それくらい自力で頑張ります」
++++++++++
たまには鍋じゃないやつも作りますよ!

世良絶対昔から短髪だから、お兄さん方って妹の髪を編んだことなさそう。
どっちかっていうと世良に長髪を遊ばれていそう笑。

双子コーデという名の、昴さんのスキンシップ回。
頭、耳、首、手(手袋越し)、肩……介抱したときは膝裏あたり。
もう色々やってますねーその内制覇しそうだ。

ちなみに編み込みキャラは月曜日のたわわ))の子が超好みです。
いや胸とかじゃなくてね、清楚ぽいのに危うくてね^p^

最近の××事情について↓
『今日は編んでくれてありがと。急いでたから助かった』
「崩れたりしませんでしたか?(もう解いてる・・・)」
『全然。あ、記念にプリクラ撮ったんですよ。今は携帯に送れる時代なんですよねえ(スマホ見せる)』
「・・・?」
『?(何この反応の薄さ)』
「顔、随分と違いますね」
『あー、加工技術が進んだんですよ・・・』
「加工前に戻して下さい」
『ちょっと、そういうのはアプリ落とさないと・・・』

++++++++++
最近のやつ、目大きくなるよねっていう。
目の中に花とか入れられたり、よくそこまで出来るな思うよ。
てか沖矢さん、プリクラしってるんかい笑。
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