「むくろ、むくろ、しぬってどういうこと?」

視線を落として地面を見つめていた僕は、その声に反応して頭をあげた。軽く頭痛がする。見上げてみれば彼女とかっちりと目があった。彼女の瞳は、とても黒くて大きくて、そして驚いたように目を見開いてぽかんとしているまぬけな僕がそこにはいた。…ぼくはてっきり彼女が悲しそうに口を歪めているものと思いこんでいただけに彼女の見事な無表情を見てかなりがっかりした。(まぬけな顔は多分そのせい、)彼女のきれいな桃色のくちびるは少しも形を変えていなかったし、眉はまっすぐなまま大きな瞳の上にのっかっていた。白くてなめらかな肌はまるで彼女がどこかの女神の石像かと思ってしまうほどに美しくてそれがまた彼女を魅力的にさせていた。

「いきなり、どうしたんですか」

「ちょっと、考えてみたくなって」

そう言って僕から視線を外しどこか遠いところを見つめる。彼女はぼうっとなにかを考えているみたいだけれど、その姿は憂鬱げに視線を漂わせなにかおもしろいものを見つけようとしているように見えた。じっ、と顔を見つめていると視線はそのまま、口をひらいた。

「しぬって、こわいよね。みんなこの世界にうまれてきて最後はしんでいくけどそれがあたりまえで、常識で、それは人だけじゃなくてこの世界の生き物はみんなそうで、みんなうまれたりしんだりしたから今があって、わたしがいて、でもたくさんの人がしんだけどいまだにしぬってことが誰にもわからなくて、やっぱり実際自分がしんでみないとわからなくて、でもでもひとりでまったくどうなるかわからないことをするのはかなりこわいことだから、やっぱりみんな、しぬことがこわいんだよね。」

ときどき間をあけ考えながら、彼女は言葉を発した。視線は遠くを見つめたまま。彼女のくちびるがすらすらと言葉をつむぐのが、なんだかあたりまえの、ふつうのことなのに、僕はそれから目がはなせなくて真剣に、でもぼんやりときいていた。文法的にはおかしい、この文章にうっとりしてしまうのはなぜだろう。彼女は遠くを見つめたまま、僕は彼女のくちびるを見つめたまま、黙ってしまった彼女がまたなにか言いだすのをしずかに待つ。


「むくろは、しぬことがこわい?」

「僕は、」


いきなり彼女が問い掛けてきたことに驚いて、あ、また僕はまぬけな顔をしているだろうな、と思いつつこたえようとすればなんでだかのどに言葉がつまって変な間があいてしまう。彼女がさっき発していた言葉はそれはそれはとても素敵な響きだったのに僕が発した言葉は口からでてそのまま地面にすとんと落ちてしまったみたいだ。みじめ。彼女は僕の地面に落ちた言葉など気づいていないようであいかわらずどこかを見つめたままうごかない。僕もうごかない。

「僕は、こわくないです。もう何度もしんで、うまれかわりましたから、その記憶をうしなってません、から、」

「そっか、むくろはそうだったね、うん」

「…しぬことはこわいですか」

「なに言ってるの、むくろ」


そこで彼女は口をとざして、その瞳にはまたまぬけな僕の顔がうつる。彼女はやはり美しい。



「こわいにきまってるよ」



それにくらべて僕はなんて醜いのだろうか。


「大丈夫ですよ、かならず僕がきみをみつけて会いに行く。きみにはいつも、僕がいます」






終止符のあとに


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