coupling | ナノ
変わった味がしたキス
※カニバリズム ※嘔吐表現有り
「なァ、鬼道ちゃん?」
「いきなり人の部屋に入ってくるな」
「冷てェこと言うなよ?」
自室の扉からベットに座る俺の元までゆっくりと歩み寄ってくる不動はニヒルな笑みを顔に貼り付けている、正直気持ち悪い。
スーッと鼻で空気を吸えば、微かに普段嗅ぐことはない奇妙な匂いが鼻へ通った。
「何のようだ?」
「鬼道ちゃんにプレゼントでもあげようと思ってなァ」
「プレゼント?」
俺の隣へ座れば微量だったはずの奇妙な匂いは何の臭いか特定出来るほどに強く臭う
この臭いは、恐らく血であろう。
不動から臭う鉄分の臭いは噎せ返るぐらいに部屋に充満する、気持ちが悪い。
「喜べよォ?」
そう言って少し血に濡れた手を俺の前へと突き出し、指を開く。
掌に乗っかっているソレを見て、俺は言葉を失った。
唖然とした表情で口を開き、ゴーグルで隠れている瞳を見開いた。
驚きのあまり口をパクパクとさせることしか出来なくて問いかけたい言葉は脳内で増えていくばかり。
そんな表情しか浮かべられない俺を不動は口角を上げて下品に笑う。
「ギャハハハッそこまで驚いてくれるとはねェ!美味しく食べてくれよ、鬼道ちゃん?」
そう言葉を発すれば、不動は掌に乗っかっているソレを俺の唇まで近づける。
「ひっ」なんて情けない声を出しソレから目を反らせば、嘲笑うように不動がまた笑った。
「俺の左手の小指だぜェ?俺のコト愛してんなら食えるよなァ?」
小指のなくなった左手を見せ付けるようにヒラヒラとさせる不動。その左手を見ればスッパリと小指は切り取られていて丸い白い骨がこちらを覗き、紅い血が骨に負けないくらいに白い不動の肌を染めていた。
凄く痛そうなのに、不動の顔は仮面が張り付いたような笑顔。
気色が悪い、気持ちが悪い。
充満する鉄分が掌に乗っかっているソレの匂いが喉をくすぐる。
「不動っやめろ…う゛っ!」
制止を掛けようとした、その隙を突かれて開いた唇から無理矢理ソレを押し込められ不動は俺の口を手で強く塞いだ。
俺は口の中に入ったソレを無理矢理にでも出そうとし舌を動かすが、ソレはゴロゴロと口内を転げ回り形を想像させる。
左頬に当たり止まったかと思えば右へ転がっていく、たまに爪らしき硬い部分が頬に当たる。
鉄の味と匂いが味覚と嗅覚を支配し、俺の通常感覚を狂わせる。
「どォだ、鬼道ちゃん?泣くほどうめェかよ?」
「ん゛う゛…ぐっ…」
本当は食す物ではないソレ、気持ちが悪い味に匂い、吐き気を煽るには充分すぎる材料が俺の中に揃っていた。
あまりの気持ち悪さにポロポロと涙が伝う
匂いが喉をくすぐり、味とソレの感触が胃をヒクヒクとひきつらせる。
何も胃袋の中に入ってなどいないのに、胃は何かを押し出すかのようにヒクヒクと痙攣し続け、何も吐き出していないのに息を吐くだけで酷い嘔吐感に襲われる。
「っう゛!…お゛、ぇ…ん゛…」
突如、喉が焼ける感覚に襲われたかと思えば口内全体に酸の味が広まる。
ああ、胃酸かと理解するのには時間がかからなかった。
どんどん口の中に溜まっていく胃酸を吐き出したいのに俺の口を塞ぐ不動の手は胃酸を吐く隙間も与えてくれない。
「オイオイ、吐いちまったのかよ?」
俺の異変に気付いてくれたのか、キョトンとした顔でそう言えば「しょうがねぇなぁ」と諦める姿勢を見せた。
と、思いたかった。
「しょうがねぇなぁ」と言ったのは本当なのだが、その後に聞こえた言葉は諦めではなくとても卑劣な言葉だった。
「吐いたモン飲んじまえ。」
それは「ソレを食べるまでは口は自由にならない」っと告げているのと同じで、俺は困惑することした出来なかった。
「んぐっ…、う゛ぅっ…」
気持ちが悪く吐き出したい衝動とどうすれば良い?と言う疑問で頭はいっぱいになっていた。
そんな中、嘔吐感が止まるはずもなく俺の胃は、また何かを吐き出すかのようにヒクヒクと痙攣する。
痙攣する度に息を吸ってしまうものだから原因の一つの匂いが嘔吐感を煽る
「さっさと楽になりてェだろ?」
苦しくて、苦しくて、呼吸の仕方が解らなくなるぐらいに苦しくて。酸欠に似た状態が俺の決断力を鈍らせる。
そして、意思とは反対に喉がゴクンと音を鳴らす。
胃酸を飲み込んだ瞬間、再度吐いてしまうかと思うぐらいに気持ちが悪くて達成感なんて1ミクロも感じられなかった。
「…うぐっ、ん…」
「さっすが鬼道ちゃん。ほら、あと愛の力で俺の指を食うだけだろ。」
簡単そうに言う不動を睨み付ければ、「早くしろよ」なんて急かされた。
本当はぶん殴ってやりたかったのだが。
まだ口内にあるソレは胃酸に濡れて血の味と匂いなんて微塵もしなかった。
「(解放されるため、解放されるため)」
自分に暗示をかけるかのように、脳内で呪文のように言葉を呟く。
先程からポロポロと流れる涙は顔面を潤すっという言葉では片付けられないくらいにぐしゃぐしゃに零れていく。
ソレを食そうと奥歯で挟むとウジュっと奇怪な音が口内に響いた。
噛み千切ろうとしたのを途中で止めれば、口内に再びソレの匂いと味が広まった。
「…う゛っ…ぇっ」
「俺の指一本も食えねぇのかよ?」
苦虫を噛み潰したような顔をする俺を見て不動は苛立ちを込めた声で言い放った。
色々と言ってやりたいが声を発したとしてもフゴフゴと情けない声しかでない。
もう諦めてしまえばいいのかなんて思えてくる。
ぐるぐると諦めるか抵抗し続けるか朦朧とした頭で考えていると、俺の口を塞ぐ不動の手が退いた。
「俺が食べさせてやるよ」
そう言えば不動は悪戯をしようする子供の様に笑い、深く口付けた。
器用に俺の口からソレを奪い取れば口に含み食し始めた。いや、噛み砕いているのだろうか?
時折、硬いモノを噛み砕く音が聞こえた。
モゴモゴと頬を動かす不動を見ていると、後頭部を固定されて、乱暴に口付けられる。
「…んぅ゛っ!」
「…っ。」
不動の口内から俺の口内へと入ってくるソレは、やはり独特な味と異臭を放ち少し口内に残っている胃酸と混じり嘔吐感が再度襲う。
嫌な弾力がある細かく噛み砕かれたソレは不動の唾液と共にどんどんと口内に入り込んで、俺が喉を動かす度にコクリと体内へと入っていく。
「んふっ…ぁ…」
くちゅりくちゅりといつの間にかキスに夢中になっていた俺は胃酸や鉄分の気持ち悪さなんて緩和されていた。
不動の体温が離れると、淡い紅色をしたどちらのモノかも解らない糸がひいた。
俺の胃酸と不動の血液が混じっている糸は引いたかと思えばブツリと切れて白いシーツに淡い色の染みをつくった。
「鬼道ちゃん。責任とってね。」
左手をヒラヒラとさせながら言う不動に、「それは俺の台詞だ」と言ってキスをねだった。
「一生愛してやるぜ?」
互いを求めるようにキスを交わせば、愛の味が広まった。
《胃酸と血の味がしたディープキス》
(誰も味わえない俺たちだけの深いキス。)
end...
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