coupling | ナノ
赤い絆で結ばれた俺達だから。




ガラスのコップを割った。
特に理由はない。ただなんとなくイライラしていたからだ。
飛び散ったガラスの破片は俺の指先を傷つけ真っ赤な血を流させた。


「…っ」


だが、ガラスのコップは俺の渇きを充たすことが出来ないまま割れた。何の役にもたたないただの悲しい役立たずが床に散らばっていた。


「…情けねェ」


役立たずは自分なんだと思い知らされた。これが俺という人間なんだと思い知らされた。
傷つくことが恐かった。自分が傷つくくらいなら相手を傷つけてやろうと思った。それが俺という臆病で卑怯な人間なんだと悟った。


「不動、」
「やめろ…!」


頭を抱えて必死に耳を塞いだ。耳を塞いでいるにも関わらず、ソイツの声は嫌というほど頭に直に響いてきた。


「なぁ、不動…」
「そんなに俺を困らせたいのかよッ!」


思わず激しい口調になる。綺麗な鬼道の顔に平手打ちをしてしまった。左頬がほんのり赤く腫れた。鬼道は一瞬顔を歪ませてから俺に背を向けて走り去った。その手からは沢山の愛が零れ落ちた。


「……あ…、」その時に気付いた。今更気付いた。
困らせられていたんではなく、俺が鬼道を困らせていたんだ。でもそんな俺を鬼道は愛してくれていたんだ。
不意に目から涙がぱたぱたと床に零れ落ちた。両手に乗っかる溢れんばかりの鬼道からの愛と共に。いつの間にこんなにもらっていたのだろう。今からでも返せるだろうか。


「鬼道ッ、」


もう米粒くらいの小ささの背中にありったけの力を込めて叫んだ。その声は鬼道の耳に届くには十分なくらいで。鬼道が振り返った瞬間、俺は駆け出した。鬼道は驚いて目を見開いたまま突っ立っていた。


「俺ッ、…俺さぁッ、」


一歩ずつ確かに鬼道に近付いて行く。静かな空間に俺と鬼道だけが居て。ただ俺の地面を蹴る足音と、息遣いと、確かに聞こえる高まる心臓の鼓動だけが俺の鼓膜に心地好く響いていた。
米粒のようだった鬼道が徐々に大きくなってくる。俺はひたすら地面を強く蹴って鬼道に向かって大きく手を伸ばした。鬼道が真ん前に迫ってきても尚、俺の足は遅くなんかならなかった。そのままの勢いで鬼道に抱き付く。


「鬼道、あのさ、俺さ、」


結構距離があったのか、俺はそのまま鬼道の足下に膝をついた。服の上からでもわかる程よく締まった腹に顔を埋めて、荒い息を整えながら鬼道に語りかけた。


「俺、お前が、好きだよ」
「不…ど、お」


頭皮に水の感触がした。嗚咽まじりの鬼道の声がして泣いているんだと分かった。
ごめんな。待たせたな。お前のおかげだ。愛してる。ありがとう。言いたいことは色々あるのに、やっぱり俺の口からは皮肉しか出なくて。


「男のくせに、泣くなよ、情けねェ」
「……っ、どっちがだ」
「あれ…?」


気づかないうちに俺も涙を流していて。鬼道の青いマントに黒いシミを作った。
きっと割れたガラスのコップには、鬼道への愛が満杯になるまで入っていたんだ。俺はその気持ちをコップに詰め込んだまま、解放することを恐れていたんだ。傷つくことを知っていたから。その証拠にほら、俺の指には赤い線が出来てしまった。でもそれは鬼道の愛を理解しようとしなかった俺への代償だったんだと思う。
この先、俺は鬼道の愛を受け止める自信がある。きっと鬼道だってそれは同じだ。




ら。
(もうこの愛を離さない)



fin.

[ 11/33 ]

[*prev] [next#]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -