act.3
雨のWest Beach。


「まいったなぁ、こりゃ」

部屋に干した洗濯物を見つめて琥一はため息をついた。
男2人分の乾かない洗濯物が万国旗のように吊るされている。
この雨だ。明日までに乾くのだろうか。

そんな心配をしながらFMラジオの天気予報に耳を傾けた。
雨は夜には止んで、星が見えるだろうと聞こえた。
これからバイトに行かなければいけないが、
夜には止むならバイクで行こう。
行きは多少濡れるが帰りには晴れるのだ。

しかし、外の雨は止んでもうちの弟に降る雨は何時止むのだろうか。

昼前に上機嫌でデートに行った弟はものの数時間で
帰って来たかと思うとガックリと肩を落としてただいまも
言わず自分の部屋に引きこもっている。
大方美奈子と喧嘩でもしたんだろう。放っておけば
そのうちケロっと元通りになるだろう。

まあ長引くようなら間に入ってやるか…
そんな風に思っていると玄関からドンドンと来客を知らせる
ノックがする。
こんな雨の日に一体誰だと言うのだ。
「はいよ」
愛想なくドアを開けると
「琥ちゃん」
「なんだ、オマエか…って、どうした、オイ!」
目の前には頭のてっぺんから足の先までびしょびしょに濡れた
美奈子が立っていた。

「ちょっと待っとけ、な?」
そう言うと琥一はドタドタと奥からバスタオルと替えの服を取って来た。
「俺のだからデカイけど我慢しろ。着てる服干してやっから脱げ」
「…ありがと」
「じゃ、あっちの部屋にいるから着替えたら来い」
そう言い残して琥一は奥の部屋に消えた。

廊下で体を拭き、ぶかぶかの服を着ると
言われた通り琥一のいる部屋の扉を開いた。
元はお店だった所だ。
カウンターの向こうのキッチンで琥一が大きな背中を丸めて
ヤカンに水を入れ、火にかけていた。

「お?着替えたか?なんだ、やっぱブカブカだな。ま、しゃーねぇか」
美奈子が窓際のソファのいつもの場所に腰かけると、琥一も
向かいのいつもの席にドカッと座った。
「で、理由はなんだよ」
「え?」
「喧嘩の理由だ」
お兄ちゃんはお見通しか、と美奈子がクスリと笑うと琥一はまたため息をついた。
「ルカ見てっとわかんだろ…この世の終わりみてぇな顔して帰って来たからな」
そう言うと美奈子は何も言い返せなかった。

外はまだ雨が強く降っていて、
ザアーーーと激しい雨音が沈黙を埋めて行く。
沈黙に耐えかねたのか、琥一が口を開いた。
「ま、言いたくねぇなら聞かねぇけどよ」

キッチンから沸騰を知らせるケトルのピーという音が聞こえた。
「お、わいたか」
琥一はキッチンへ向かってのそのそ歩いていくと
また大きな背中を丸めながらゴソゴソしている。
くるりと振り向くと、手には湯気の立つ赤いマグカップを持って戻ってきた。
それを美奈子の前にゴトンと置く。
「飲め、ちったぁ暖かくなるだろう」
「うん。ありがとう」
ふうふうと美奈子がカップのミルクティーを飲むのを見ていると
美奈子が突然「琥ちゃん」と呼んだ。
「私、どうすればよかったのかなぁ」
喧嘩の理由も知らされていないのにどうすればよかったかと
聞かれても返答に困る。
しかし、喧嘩の原因なんてきっと大した理由ではないのだろう。

「そりゃお前…決まってんだろ」
「え?」
「どうせお前らが下らねぇ意地はってるからだろ。素直になれ」
そう言うと琥一はチラっと時計を見た。
バイクでバイトに行くにはまだ早い時間だ。

「とにかく、仲直りしろ。家ん中が辛気臭せぇんだよ」
そう言って立ちあがると、カウンターテーブルの上に雑然と
置かれている学校からのお知らせプリントと思われる紙を一枚取り、
裏の白紙に何やらサラサラと書き始めた。
「俺はバイトに行くからな。後はテメーで何とかしろ」
ジャラっと紙の上にバイクのキーを乗せた。
「琥ちゃん歩いて行くの?」
「ああ、この雨だしな。俺はどっかの誰かみてーにずぶ濡れはゴメンだからな」

琥一は壁に立てかけられたビニール傘を肩に担ぐと
スゥと息を吸って琉夏の部屋に向かって叫んだ。
「オラァ!ルカァ!いつまで寝てんだ!早く来い!」
まるで雷が真上から落ちてきたような大声で美奈子は思わず耳を塞いだ。
「琉夏に言っとけ、今日は新人の歓迎会があるから遅くなるってな」
くるりと背中を向けるとさっさと出て行ってしまった。

玄関の扉が閉まる音がして、一階には美奈子一人になってしまった。

急に静かになったかと思うと、入れ違いに今度は2階から
バタバタと騒がしい足音と何やらわあわあと怒鳴り声が近づいてくる。
そして、バン!と部屋の扉が乱暴に開かれた。
「うるさいぞ、コウ!俺が何したって関係な…」
「琉夏…」



まだ外は雨だ。




でもさっきよりは少し弱くなった気がする。


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