act.1
街はすっかりクリスマスムードだ。

いたるところにクリスマスツリーやリースが飾られ、
ティッシュやビラを配るアルバイトもサンタの帽子をかぶっている。
生活が苦しいためか、ついついポケットティッシュやクーポン付の
ビラも貰ってしまい、白いダウンのポケットはいっぱいだ。

空は生憎曇り空だが、彼女との楽しいデートを期待して
琉夏の心はこのイルミネーションのようにキラキラと輝いている。



約束の時間30分前。
琉夏はいつもの待ち合わせ場所に陣取った。
前回のデートでは自分が10分遅刻したために
美奈子が見るからに軽そうな男にナンパされてしまった。
そんな反省も踏まえて今日は張り切って来たものの…

「ちょっとはりきりすぎちゃったかな」
そう呟くとハァッと白い息を手にかけながらニヤニヤと笑う
自分に気がついてあわてて手で口元を隠した。
アイツはどんな格好で来るのかな?
一緒にどこに行こうかな?
そんな事を考えるとニヤニヤせずにはいられなかった。

ティッシュとチラシだらけのポケットに手を突っ込むと
琉夏はわくわくと待ち続けた。

そして15分ぐらい経っただろうか。

「おにぃさん」

甘ったるく媚びるような女の声がした。
声のする方に顔を向けると見た事のないケバい女2人が立っていた。
知らない女に声をかけられ一瞬ポカンとしたがすぐにわかった。
ナンパだ。一人で街をウロウロするとよくこういう目に会う。

心底面倒臭いと思ったが、ムキになるのもどうかと思い
愛想笑い全開で返事をした。
「ん?俺に何か用?」

琉夏の笑顔に(愛想笑いだが)気を良くしたのか
女2人が嬉しそうに話しかけてくる。
「おにぃさんずっとそこに立ってるけど寒くない?」
「向かいのカフェから見てたよ〜」
金髪だけでも目立つのにその上この顔立ちで
さぞかし目立っていたのだろう。いかにも琉夏の事を
好みそうな女が声をかけるはずだ。

琉夏の返事も待たずに女は喋り続ける。
「アタシ達、これからカラオケ行くんだけどおにぃさんもどう?」
「一緒に行こう?」
「ねぇねぇ」
誘うなら人の予定ぐらい聞いたらどうなんだとムッとしたが
ここはサラッと流してお引き取り願おうと口を開いた瞬間
「ねっ?アタシ達と遊ぼう?」
一人の女が琉夏の右腕にギュっとしがみついてきた。

困った。女相手に突き飛ばすわけにもいかない。
それに正直知らない女にベタベタ触られるのは嫌いだ。
どうしたものかと愛想笑いを浮かべながら考えていたら
視界の端に見慣れたピンク色のニットポンチョが
チョコチョコ動くのが見えた。美奈子だ。

目だけで美奈子の顔を確認すると
オロオロしながら遠巻きにこちらを見つめているようだった。

ムクムクと小さな悪戯心が琉夏に芽生えた。
たまにはヤキモチを妬いてもらうというのも一興ではないか、と。

美奈子が見ているのを承知で女の手首をつかみ抱き寄せると
女の耳元に顔を近づけ低く囁いてやる。
「じゃあ、俺とイイ事してくれる…?」
「えっ、あっ…あの…」
女はみるみる顔が赤くなり、さっきまでの積極的な
行動はどこへ行ったのかしどろもどろになると
琉夏を熱っぽく見つめた。

パッと女の手を放して身を引くと
「なんちゃって。俺、今日彼女とデートだからゴメンね」
そう言うと、女2人は突然の出来事に茫然と立ち尽くす。
その様子を面白そうに笑いながら「バイバイ」と無邪気に手を振って離れた。

小走りに走っていくと浮かない顔で美奈子が立っていた。
「琉夏…今の人、友達?」
「え?ううん、知らない人」
「知らない人なんだ…そっか、ふぅん」
美奈子はそれ以上聞かなかったが、琉夏には美奈子が
ヤキモチを妬いているのが充分にわかった。
あんまり苛めるのも可哀想だ。

「俺、今日はゲーセン行きたい。バイト代入ったからさ、
オマエが欲しがってたぬいぐるみ取ってやるよ」
「本当に?ちゃんと取れるの?」
「あ、疑ってるな!ヒーローは何でもできるんだ」
「ハイハイ、期待してますよ、ヒーロー」
美奈子はくすくす笑ったが、先程の事が気になっているのか
表情はまだ曇ったままだった。

せっかく30分も早く来て楽しみにしていたのだ。
今日は楽しもう、デートの始まりはいつも手を繋ぐ所からだと決まっている。


「早く行こう?他の奴にぬいぐるみ取られちゃう」
紙屑とティッシュだらけのポケットから手を出し
美奈子の目の前に差し出す。
「うん!」
曇っていた美奈子の顔がみるみるうちにパアッと晴れ、琉夏の手を取った。

頭上の空は相変わらずの曇り空。おまけに雨も降ってきそうだ。
でも、美奈子が笑顔ならそれでいい。

ヒーローの心は晴れやかだった。



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