act.2
「ありがとうございました!」

カランカランと店の扉が閉まる音がした。時刻は22時。最後のお客さんだった。


「バンビ…お疲れ様」
「ミヨもお疲れ!今日は忙しかったけど、何とかお店回ったね」

お互いを労った2人に残された仕事は店の掃除だけだ。美奈子はモップを左手に持って右手でグッと拳を作った。

「よし!じゃあパパッと片付けて帰ろう!」
「・・・・」
「ミヨ?」

ショーケースを拭くのはいつもミヨの担当だ。ピンクのダスターをぎゅっと握りしめたミヨが大きな瞳でじっと美奈子を見つめる。

「バンビ、後は私がやるから早く行った方がいい」
「え?どこに?一緒に早く掃除して帰ろう?」
「今すぐ行かないと駄目」
「でも…」
「大丈夫、きっと上手く行く」
「上手くって、何が?」
「とぼけても駄目。桜井琉夏の事」
「ミヨ…」


親友のミヨには琉夏との事をずっと相談してきた。星の声が聞こえると普段から言う彼女にはもしかしたら占いなどしなくても親友の美奈子の気持ちが手に取る用に解っていたのかもしれない。

ミヨはコクリと頷くと美奈子が握っていたモップを奪った。

「早く。星の軌道が変わってしまう」
「えっ…う、うん!ありがとう、ミヨ!今度クレープおごるから!」
「…絶対」
「うん!絶対!」

バタバタと慌ただしくロッカーで着替え、店内で掃除するミヨに声を掛けた。

「ミヨ!行ってくる!」
「バンビ、待って」
「え?」
「これ、店長が持って帰っていいって」
「…?」

それはクリスマス用のお菓子がつまったサンタブーツだった。5個ほど売れ残っていたのでその一つだろう。

「あ、ありがとう!」
「頑張って、バンビ」
「うん!」

”CLOSE”の札が下がった店の扉を勢いよく開けて美奈子はミヨに渡されたお菓子の詰まったサンタブーツを握りしめて駅に向かって走った。

駅までは歩いて20分ほどの距離だ。普段はこの時間になるとひっそりする街もイブでキラキラとイルミネーションが光っていて、人もまだ結構歩いている。

5分程走るとさすがに息が上がってきた。こうしてやみくもに走っても仕方ない。
携帯電話の存在を思いだした美奈子はポケットから取り出して琉夏に電話をかけたが”通話できません”の文字が表示されるだけだ。
よく見ると電波が圏外になっている。

「ええ!こ、こんな時に…うそでしょ!」

一時的な電波障害のようだ。とにかく連絡を取る手段が無い今は駅に向かって走るしかない。

(琉夏…もう電車乗っちゃったかな)

美奈子は疲れて歩いていた足をまた走らせた。
全速力で走ると歩道に飾られたイルミネーションが残像で長く伸びて光の帯のように視界に映り込んで来る。その光の帯がまっすぐ駅まで続いている。

駅の入り口から改札に向かってまっすぐ走るとそこで止まった。

(こ、ここで待ってれば…会えるかも…)

はあはあと息を切らして改札手前のコンビニの前で立つと、乱れた呼吸を整えながらふと周りを見渡した。別れを惜しむカップル達がそこらじゅうで手をつないでいる。なんだか拷問のような状況だが、ここで待っていれば琉夏は来るかもしれない。

ーーどれぐらい待っただろうか。

ポケットから携帯を取り出すと、時刻はもうあと数分で23時になろうとしていた。23時30分には終電、それがタイムリミットだった。

(やっぱり、もう帰っちゃったよね…)

携帯を眺めてしんみりしていると、電波がいつの間にか3本立っていた。

(あっ、電波…入ってる!琉夏に電話してーー)

”プルルルルル”

琉夏にかけようとした瞬間、携帯電話に着信を知らせる音が鳴り、ディスプレイには”桜井琉夏”の文字が出る。

「えっ…琉夏?」

かけようとした相手から電話がかかって来た事に驚きながらも電話に出た。

「琉夏?今どこ?あのね、今私駅にいるんだけど…」

琉夏の声も待たずに美奈子が一気に喋ると、電話の向こうから同じような雑踏が聞こえてきた。それに琉夏は、はぁはぁと呼吸が乱れているようだった。

『はぁ、はぁっ…もうっ…カンペキ。神様、ありがとう』
「?」
『今日の…お前の…その服、スゲェ、可愛いな…』
「琉夏、どこ?」
『でも、オシイな…もうちょい、スカート…短めがよかったかも』
「ちょっ、本当にどこ?どこなの?!」
『それで、こう…首を傾げて”琉夏が私のサンタさんだよ”でキマリ…』
「もう!琉夏、ふざけてないでどこにいーー」

美奈子の質問に一切答えず勝手にいつものようにマイペースな会話を続ける琉夏を叱ると美奈子の背中からボスッと温かい衝撃と大好きな花の香がした。それは、よく知っている温かさと香だった。

「 ここ 」

胸の前でサンタブーツを抱える美奈子の手を後ろから琉夏の大きな手が包んだ。

「すげぇ…今日会えないかと思った。奇跡だ。」
「琉夏…」
「携帯の電波なくてあせった。帰りならちょっとでも会えると思ったから電話したのに通じないしさ」

奇跡のように会えて嬉しい気持ちでいっぱいだった。でも、会えるだけでよかったのだろうか?

後ろから琉夏に抱きしめられたまま美奈子はどうしていいかわからずに固まってしまった。美奈子は無理矢理琉夏の腕を解くと、琉夏と向き合って抱えていたお菓子入りのサンタブーツを琉夏の胸元にグイッと押し付けた。

「こ、これ!クリスマスプレゼント…」
「あ、懐かしいな。これさ、昔学校のクリスマスパーティーの時にオマエにもらったな」
「そ、そうそう!交換会の時にね」
「あ、俺もオマエにプレゼントあるんだ」

そう言うと、琉夏はもらったサンタブーツを嬉しそうに脇に抱え直して、ゴソゴソとズボンの後ろのポケットを探り始めた。

「ゴメン。俺、給料日前でこれだけ」
「え?」

それは一輪だけの赤いバラ。

「本当はさ、でっかい花束が良かったんだ。でもバラって高いんだ」
「……」
「いつか、スッゲェでかいバラの花束、オマエにあげる」


ふと、斜め前のコンビニの自動ドアが一瞬開いた。空いた瞬間に店内で流れる有名なクリスマスソングが聞こえる。

『必ず今夜なら 言えそうな気がした』

それはどちらかというと悲しいクリスマスの恋の歌だが、何故か美奈子に勇気をくれる気がした。曲の主人公は一人きりのクリスマスイブだったようだが、自分はこうして会いたい人に会えたではないか。
もしかしたら、上手くいくかもしれない。

「あ、あのね…琉夏。わ、私…」


琉夏は彼女の突然の告白に驚いたが、


答えは、もう決まっている。


彼が彼女の思いに答えるまで

あと、3秒。



おわり。






【あとがき的な】
ペペペペッ!なにこれくせぇ!
ERO無しで終わりました。
モヤっと終わらせるのも悪くねーかなと思ったんですが。

最後の有名な曲は山下達郎さんのクリスマスイブです。曲は悲しいのにCMでは幸せな場面で流れてたりするのが不思議ですよね。というかこの曲聞いて浮かれるのも不思議だな、とwでも日本人ってどこか影あのある曲が好きな傾向があるような気がします。

あ、結構真面目な事言ったな!テヘペロ!

これが今年最後になりそうです。
来年はもっとEROいの書くぞお!

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