act.1
高校を卒業して初めてのクリスマス。

高校時代と違って、思う存分アルバイトができるのも大学生の特権だ。


美奈子は未だにアナスタシアでアルバイトをしていた。クリスマスと言えば1年で一番忙しい時期。特に24日のクリスマスイブは予約のケーキが最も多い。予約分のケーキと、当日飛び込みで買いに来るお客さんで目が回る程に忙しいのだ。

一方、琉夏は気楽な浪人生…と言いたいところだが生活事情もあってアルバイトしながらの浪人生活。こちらも相変わらずアンネリーで働いている。琉夏の職場も同じく、クリスマスに花の贈り物をする人で店は大混雑だ。

クリスマスイブはクリスマスの前日なのであって本番ではないのに何故か世間は24日が街は一番盛り上がる。

きっと”クリスマスイブ”には何か特別な魔法のようなものがあるのかもしれない。


そんなイブ前日の12月23日。


美奈子の携帯のディスプレイに”桜井琉夏”の文字が表示された。

『もしもし』
『オレオレ!俺だよ!俺!』
『どちらの”俺”ですか?』
『オマエ、偉いね。オレオレ詐欺に引っ掛る心配ないね』
『もう!』
『ウソウソ。冗談だよ。明日のイブ、何時に仕事終わる?』
『明日?んー、わかんない。日付変わったりはしないだろうけど、22時ぐらいかなあ』
『そうなんだ?俺もたぶんそれぐらいになりそうだ』
『じゃあ遅いから会うのは無理だね…』
『・・・・』
琉夏の無言は拗ねてる証拠。
美奈子はそれに気付くと、明るい話題に切り替えようと努めた。
『あっ、でもでも!これからお正月もあるし、バレンタインもあるよ?』
『・・・・』
『たっ、楽しみだよね〜?あ、来年のバレンタインは生チョコ作ろうかな?ーーー』
『・・・・』
『・・・・』

ちょっとワザとらしかったかと反省したが、仕方ない。お互い疲れているだろうしクリスマスは無いものと考えるより他はない。

『琉夏、元気出して?明日、頑張ろう?』

そう琉夏を励ますと、拗ねていた琉夏がやっと口を開いた。

『生チョコ…本当に作ってくれる?』
『え?う、うん!約束!絶対作るよ!』
『わかった。じゃあ、お互いイブは頑張って労働しよ』
『ふふ。そうだね?』
『うん。じゃあ、帰り、気をつけて』
『琉夏もね』
『俺は平気だよ。オマエが心配』
『気をつけるよ。また連絡するね?』
『わかった。じゃあ、おやすみ』
『おやすみ』

美奈子はピッと通話を切って目線を部屋の隅へやるとフリーマーケットで買った小さいクリスマスツリーの電飾がピカピカと光っていた。

せっかくのクリスマス気分を盛り上げるためのアイテムも会いたい人に会えない現実がある以上寂しく感じる。

(私も…明日はちょっとでいいから琉夏に会いたいな)

美奈子も拗ねたい気持ちでいっぱいだった。

卒業してからも変わらず幼馴染の関係を続けて来た2人。友達と呼ぶには親密で、恋人と呼ぶにはまだ及ばない。このままボヤボヤしていては、琉夏はあの通りのビジュアルだから自分とは比べ物にもならないぐらいのレベルの高い彼女ができて「紹介するよ」なんて言われたら…と妄想だけで美奈子は落ち込んでしまう。

現に、遊ぶ約束をした日は大学の門の前で美奈子を待つ琉夏の存在が、一流大学の女子生徒の間で「謎の金髪イケメン」として今ちょっとした話題になっている。

琉夏が自分をどう思ってるのかわからないが、好意は持ってくれているだろう。自惚れかもしれないが、そうでなければ未だに2人で出かけてくれたりしないし、クリスマスイブに会えなくて拗ねたりなんてしないはずだ。

(私も、イブの魔法に賭けてみたい。)

幸い、琉夏も美奈子も仕事が終わる時間が同じぐらいだ。乗る駅は同じだから待ち合わせすれば会えるかもしれない。5分、いや、3分でいい。

さっき電話を切ったばかりだが、琉夏に
「仕事が終わったら、伝えたい事があるから駅前で待ち合わせしよう」
とメールの文章を打った。宛先を選んで送信ボタンを押す瞬間、

(でももし…告白して断られたらクリスマスどころじゃなくなっちゃう)

クリスマスだけではない。琉夏とも気まずくなるのは目に見えている。送信するだけとなったメールを電源ボタンを何度も押して待受画面に戻した。


大人になった自分にはサンタさんは来ないし、チャンスもタイミングも吊るした靴下に入ってなんかない。自分で掴むものだ。

はぁっとため息をつくと、のろのろと布団に潜り込んだ。明日はきっととてつもなく忙しい。まるで戦場に向かう兵士の気分だ。


ふと枕元の目ざまし時計を見ると23時を少し回っていた。

(明日、仕事が終わってから考えよう…)

そう自分に言い聞かせて美奈子は静かに瞼を閉じて眠りに就いた。




…この24時間後、彼女はイブの魔法にかかる。

prev | next

main top 
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -