襟足にキス
綺麗だと思う。端麗な顔立ちも、日焼けなんてまるでしていない白い肌も、薄紅色の唇も。
彼の外見だけを好きになったわけじゃないけど、それでもやっぱり綺麗だし、愛しいと感じる。
「仁王君、」
「なんじゃ?」
「……いえ、なにも」
「ほーか」
椅子の上に膝を立てて座っている仁王君の髪は、相変わらず色素が薄い。窓から差し込む夕陽はその髪を照らしている。
放課後の教室にふたりきり、なんて。どこの恋愛ドラマだ、と言いたくなるけれど、どうもそういう甘い雰囲気にはならない。
でも別にこの現状に不満を抱いてるわけではない。寧ろ満足しているくらいだ。
すっかり止まっていた、本のページを捲る手を再開させ、文字の羅列を目で追う。すると、三行と読めずに邪魔が入った。
ガシャン
何かが倒れたようなその音に驚いて、文字の羅列から視線を外す。
「あー、倒れたのう…」
音の原因は、先ほどまで真剣な顔でジェンガをしていた恋人。どうやら、ジェンガが崩れたらしい。というか、どうしてジェンガがここにあるのだろう。
椅子から降りて、机の下に落ちたジェンガを拾う仁王君。そんな彼を見て、ため息をつきながらも落ちたジェンガを拾う私は、随分紳士が板についていると思う。
再び椅子に座り、ジェンガを机の上に積み重ね始める仁王君。その後ろに立つ私からは、彼のちょうど襟足の部分が視界に入った。
それを見て、不意にそこに噛みつきたい衝動が体を走る。(どうやら私は彼のことになると、あまり紳士でいられないらしい)
でも流石に、仁王君に傷をつけるのは躊躇われた。だから代わりに。
ちゅっ、というリップ音を立てて、離した唇。
彼は相当驚いたようで、またジェンガを崩してしまった。それから目を見開いて私を見る。…こんな彼の表情、恐らく誰も見たことがないだろう。そう思うと、口元が緩んだ。
「……何するんじゃ」
拗ねた口調でそう言う仁王君。それだけでも充分かわいらしいというのに、耳が真っ赤になっているものだから、私は声をあげて笑ってしまった。
彼はそんな私を見て小さく、意地悪…、と呟いた。
…ああもう、
(かわいいなあ)
written by,橙(
せんちめんたるがーる)