キスして懇願
冬の風は冷たい。思わずマフラーに顔を埋める。夏も嫌いだけど冬も嫌い。でも、今年の冬は特に嫌いだ。
病院内は外の寒さが嘘みたいに暖かかった。その分、独特の消毒液の匂いが充満しているような気がして顔をしかめる。最初は手土産をいつも持っていたけど、いつからかやめた。嫌がったそぶりは見せないけど、毎回申し訳なさそうな顔を見せるから。そんな風にさせるのはいやで自然になくなっていった。
病室の前でマフラーをとり、ノックする。この瞬間は少し緊張してしまう。扉を開けてもし誰もいなかったら、なんて。
「どうぞ」
「俺じゃ」
「この時間にくるやつはお前だけだよ」
「まあの」
俺はいつも金曜日のこの面会時間が終わる20分前にここに来る。ベッドの横の椅子に座り、ぽつりぽつり話す。部活のやつは来ない。俺と幸村だけ。
「今日は検査だったんだ」
「ふーん、痛いやつ?」
「んーん、痛くないやつ」
「よかったのう」
話す内容はたわいもないもの。でもこの時間はゆっくりと進んでいく、大切な時間だ。こうして少し話をしたあと、毎回幸村は俺に頼み事をする。前はお前の何かをちょうだいと言われ、髪を解いてゴムを渡した。そしたら次に部活のやつらと来た時に、幸村は腕にそれをつけていた。今もずっとそこにある。その前は窓を開けてくれって。ほんとはよくないのに、季節を感じたいからと。
「んで、今日の我が儘は?」
「あれくらい我が儘じゃないでしょ」
「だんだんエスカレートしとるくせに」
「あ、ばれてた?」
「はいはい。俺が叶えちゃるきに、今日はなんよ」
「……今日は、手繋いでくれない?」
「…ええよ」
幸村の左手を握る。冷たい。昔はこんなに冷たくなかった。びっくりして幸村を見ると笑っていた。
「びっくりした?体調が悪いと体温も低くなるんだって」
「なら俺も気をつけんとなあ」
「仁王の手は冷たいから。俺と同じで安心する」
ぎゅっと握って、少しでも暖かくなるようにお互いの指先を絡める。これなら幸村の手だって温もりを持つはずだから。ああ、でも、
「…もう帰らんと」
「ああ、そっか」
椅子から立ち上がるけど、どうしても離したくなくて。手を繋いだまま、幸村に近づく。いつも最後にする行為。額を寄せ、鼻を擦り合わせて目を閉じる。どうか彼に幸せを。この時だけは神に懇願する。もう何も奪わないでください。こんなにもたくさんの人に愛されている彼に、どうか祝福を。
キスして懇願
早く春になって、君の手が暖かくなるように。
スメルキス:お互いの鼻の頭や側面をこすり合わせる。
written by,時雨(
抱き殺す)