衝動的キス




――突然だった。

何をされたかに気がついたのは、すでになんだか気まずそうな柳生の顔がゆっくりと離れていったあとだった。


「‥‥‥」


唇にまだ微かに残る温もりに頭が働かない。キスをされた。


「‥‥どうしたん」


もちろん、初めてのことなどではないが、あまりにも唐突だったのだ。いつも通り、俺は柳生の部屋に遊びに来た。机に向かう柳生を見ながら、柳生のベッドに寝転んで今日買ったばかりの雑誌を捲る。そんな日常の中に、いつムードだとか雰囲気だとかを気にするこの男のキスをするタイミングが訪れたのだろうか。


「いえ、‥‥」


珍しく柳生が口ごもっている。

――そういえば、何の話をしていたんだっけ‥‥。

あぁ、そうだ。週末にある練習試合のことだった。しかし、忘れてしまうような話に、キスをするようなタイミングはあったのか。

――いや、ないだろ。対戦相手の話をしてて興奮するわけがない。


「‥‥笑わないでくれます?」


いつまでも怪訝な顔をする俺に対して、とうとう柳生は困ったように笑った。その顔を見て、ようやく俺も雑誌を捲ったままの体勢だったことに気づいて、身体を起こした。大したことじゃないですからね、と前置きまでした柳生の話は本当に大したことじゃなかった。


「ただ可愛いなぁ、と」

「‥‥は?」


2年も付き合ってて今さらですけど、と苦笑する柳生の短い言葉を理解したとたん、流石に呆れた。こいつは本当に素で言ってるのか。いや、 2年も付き合っていれば分かる。本気だ。


「わざわざ宿題を中断してまで俺のとこに来たんか‥‥?」

「えぇ、まあ‥‥」


歯切れの悪い返事を聞いて、こいつが本気だったことを確信した。

―― 一体何なんじゃ、こいつは。

呆れ返ってものも言えない俺は、近くに置いてあった雑誌を退かして身体を倒し、瞳を閉じた。呆れた、と正直に漏らせば、俺の上に降っていた蛍光灯の光が遮られたので、ゆっくりと目を開けた。


「なん、またキス?」

「いえ?仁王くんが望むならしますけど」


俺の頭の横に手を置くようにして、思いの外近くにいた柳生に、少しだけ驚いてしてしまった茶化すような質問にも真面目に答えた男に、思わずため息が漏れた。

――いっそのこと、このままキスしてくれれば何も考えずにすむのに。


「‥‥恋人が自分の服を着て、自分のベッドに無防備に寝ていたら、衝動的にキスしたくもなりますよ」

「俺、男だし」


分かってますよ、と柳生は苦笑しながら俺の頭にキスを落とした。まったく、男に可愛いなんて言って何が楽しいんだ。

――‥‥あ。

自分の腕が視界に入ったので、上に向かって伸ばしてみる。今日は替えの服を忘れて、柳生のジャージだからか少しだけ袖が余る。


「‥‥わざとですか」


恨めしそうな声に柳生のほうに視線を戻せば、むすっとしながらこちらを睨んでいた。あぁ、どうやら俺は無意識にこの男を煽っていたらしい。

珍しい柳生の表情になんだか楽しくなってきて、今度はわざと煽るように袖を鼻先に近づけた。

――柳生の匂い‥‥。


「‥‥わざと、ですね」


一瞬の衝撃。最初は何をされたのか解らなかったけれど、少し痛いくらいに押さえつけられた腕に、ベッドに縫い付けるようにして押さえ込まれたことを悟った。

――あぁ、なんだ。

反抗する気は全く湧いてこなくて、何故だろうと考えたら、すぐに答えへと行き着くことが出来た。

――柳生のベッドに、柳生のジャージ‥‥。

恋人の匂いに煽られて、俺も知らず知らずのうちに興奮していたらしい。さっきまでこの男の行動に呆れていたくせに、気づいてしまえば理性の箍が外れるのはあっという間のことだった。





(俺は、目の前に浮かぶ綺麗な唇に衝動的に噛みついた)


written by,市木ゆうし(碧-アオ-
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