ひとりじゃキスはできない


茶髪のカツラを被って、仕上げにハーフミラーコーティングの眼鏡をかける。
その格好のまま姿見を見れば、鏡に写るのは俺やのうてダブルスの相方。


「やーぎゅ…」


誰よりも、愛しい男。


「ゴホンッ…『あー、あー』」


咳払いをして声を出せば、アイツの声なんざ一発で出る。
何度も入れ替わった。
試合中でも、学校生活でも。
入れ替わる度、俺とアイツが一つになっていくようで嬉しかった。
入れ替わる度、アイツへの思いが強くなっていった。


「『好きです。愛していますよ、仁王くん。』」


柳生の声で、アイツに一番言って欲しい言葉を言う。
鏡の中から俺に愛を囁く柳生に、ドキドキする反面、虚しくて泣きたくなる。


「…」


一歩鏡に近づけば、鏡の中の柳生との距離が縮まる。
一歩、また一歩と距離を近づければ、鏡との距離は1pもなくなっとった。


「好いとうよ、柳生。俺も、お前の事。誰よりも、愛しとぉよ。」


鏡の中の柳生に口付ける。
感触は、冷たくて、固い。
柳生の唇の感触なんか知らんけど、きっとこの感触と違って温かくて、柔らかいんじゃろうな。








カタン




「っ?!」
「仁王…くん?」
「や、ぎゅ…」


物音がして、振り向くと柳生がおった。
いつの間に?
というか、何で鍵をかけんかったんじゃ、俺。


「何で、お前、今日、委員会で…」
「部室に明かりが点いているのが見えたので、消し忘れでもあったのかと思いまして。」
「…」


もうおしまいじゃ、何もかも。
鍵のかけ忘れで泥棒に財産全部盗まれた人は、きっとこんな気持ちなんじゃろうな。
今まで培ってきた物が砕け散る。
そんな気持ち。
入部してすぐ気があって、ダブルスのパートナーになって、いつの間にか親友になって、でもやっぱりライバルで…
そのポジションも、全部消えちまったぜよ。
柳生が一歩づつ近づく度、俺の失恋と柳生との絶交が近づく。
柳生。
頼むから、そこで止まりんしゃい。
頼むから…


「仁王くん。」
「っ…」


俺の願いも虚しく、柳生は俺の目の前。
スッと伸ばされた手に、思わず縮こまって目を瞑る。


「目を、開けてください。」
「…」


言われた通り、ゆっくり目を開けると、柳生の手元にはカツラと眼鏡。
そらそうやの。
さすがに自分の姿しとる奴に罵声浴びせる程コイツはMじゃない。


「仁王くん。少し、質問してもよろしいですか?」
「お、おう。」


何を言われるのか、怖くて仕方がない。
詐欺(ペテン)師の名が泣くぜよ。


「まどろっこしい事は嫌いなので、単刀直入に聞きますね。仁王くん。貴方は、私の事が好きなのですか?」
「…」


どストレートやの。
もう少しオブラートに包むとかできんのか、この似非紳士。
いや、あえて早いうちに止めを射すっちゅう新手の優しさか。
ま、コイツに嘘は通じんし、腹を括るしかなさそうやの。


「…あぁ、好きじゃ。でも、これだけは言わせんしゃい。俺は男色な訳じゃない。むしろボインは大好物じゃ。」


「ただ、どうしょうもない位お前が好きなんじゃ。」


ハーフミラーコーティングの眼鏡では、表情が読めん。
その上、柳生はだんまり。
空気が重い。


「なぁ、柳生。一つ、頼まれてくれんか。」
「…」
「俺の事を気持ち悪いと思ってくれても、絶好してくれても構わん。でも、テニスだけは、テニスだけは止めんでくれ。」


縁を切られるんは覚悟しとる。
でも、これで柳生にテニスまで止められたら…
自分で言ってて泣きたくなってきた。


「…はぁ。仁王くん、貴方の悪い癖は、何でもかんでも自己完結してしまう事です。」
「…?」
「小学生の頃、人の話をきちんと聞きなさい。と言われませんでしたか?」
「だって…お前、だんまりじゃったろ。」
「それに関しては謝ります。申し訳ありません。」


何で、柳生が謝るんじゃ?
何で、柳生の手が俺の顔を包んどるんじゃ?


「では、あらためて。…好きですよ、仁王くん。貴方の事を、誰よりも愛しく思っています。」
「や…ぎゅ、」


目の前には柳生の顔。
唇に感じるのは柔らかくて温かい感触。
今、柳生にキスされとるんか。
さっきの鏡とは大違いじゃ。
あんな虚しい気持ちはなくて、あるのは幸福感だけ。
男を…柳生を好きになった事を悩んでいた事まで吹っ飛んでいく。


「私の気持ち、伝わりましたか?」
「お、おぅ…」
「そうだ、仁王くん。」
「ん?」


ひとりでキスはできない




「という言葉、ご存知ですか?」
「なっ…!!お前、実は最初から見とったじゃろ!!」
「さぁ、なんの事でしょう。」
(…この似非紳士め)



終わり
written by,風祭桜
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