13

「後ろを頼む」


シェーンの言葉にダリルが後ろを警戒する。
リックは警戒しつつもおそるおそる中に進み、
私もみんなに続いて中に入る。
中には死体もなく、とても綺麗だ…


「ハロー?」
「ウォーカーの侵入に注意しろ」


どこかから男の人の声がする。
みんな辺りを見回して警戒する。
すると武装した1人の男が降りてきた。


「感染してないか?」
「感染した仲間は…置いてきた」
「何しに来た…?」
「生きたい…」
「今では難しい願いだ…」
「そうだが……」


全員がリックと彼のやり取りを見守る。
彼に"出ていけ"と言われたら私達はもう行くあてがない…
お願いだから私達を見捨てないで…

そう祈っていると、私達を見ていた彼は
「入場料代わりに血液検査を」と言った。
中に入れてくれるということだ……
彼は清潔な服を着ているし、ここは安全そう。
正直、注射は好きじゃないんだけど…仕方が無い…
命には代えられない。


「中に入れ。そのドアは二度と開かない」


そう告げた男性に連れられて私達は建物の奥へと進んだ。


「バイ、正面玄関を封鎖し、電源を落とせ」


大きな音と共に防壁が下りてきて扉をふさぐ。
これならウォーカーの侵入は防げそうだ…


「リックだ」
「ジェンナー博士だ」


2人が挨拶を済ませると全員でエレベーターに乗り込んだ。
私はグレンとダリルの間に立ったけど、銃が当たって痛い。


『ダリル、銃を反対側で持ってくれない?』
「あ?どっちで持とうが俺の勝手だろ?」
『そうだけど、当たって痛いの。狭いんだから…』


ダリルは渋々、待ち換えてくれたがおかげで
さらにダリルと密着する羽目になった。
タンクトップから出ている肌が触れて直接触れる。
なんとも生暖かい……


「博士も銃を持つのか?」


ダリルが問いかける。
その言葉に全員が博士を見つめる。


「ウォーカー退治の為だ。君達は撃たない。
 でも、君には…気を付けなきゃ」


そうカールに冗談交じりに告げた博士は
先程までの緊張した面持ちから少し和らいでいる様に見えた。
カールも少しほほえんだように見えたから安心した。


そして私達は地下へ降り、ゾーン5という場所へ。
バイという人が付けてくれた照明でここがどんな場所か分かった。


「博士、他に職員は?」
「いない。俺一人だ。」
『えっ?博士、一人?』
「さっき話しかけたのは?"バイ"は?」
「バイ、お客さんが来たぞ。挨拶しろ」
「ようこそ、お客様」
「人間は俺一人だ。……残念だが…」


私を含め、全員が落胆したのを感じた。
だってもっとここには研究者がいて…
ウイルスに関する研究が進んでいると思った。
もしかしたらワクチンが完成しているかもって…

そんなことを考えている内にジェンナー博士は
さっさと採血の準備を進めていた。


「はじめは誰から受ける?」


リック家族から始まり、シェーン、デール、
今はジャッキーが採血を受けている所だ。
カールはあんなに小さいのに泣かずにすごい……


「ママ、私怖いわ…」
「大丈夫よ。ソフィア。痛いのは少しだけだから」
「本当?」
「本当よ。ねぇ?エリー?」
『えっ!?あっ、そうね。ちょっとだけ痛いけど平気よ』
「ほらね。だからソフィアも頑張りましょうね?」
「うん……」
「ほら、次はソフィアとママの番よ」


キャロルに促されてソフィアは博士の元へと進んだ。
私も注射は怖いのよ〜キャロル〜。。。
心の中でそう叫ばずにはおれなかった。


「まさか、お前も怖いのか?」
『なんのこと?私は注射なんて怖くないけど』
「俺は注射が怖いのか、なんて言ってない。」
「えっ!?エリー、注射が怖いの?」


横を向けばニヤニヤしているダリルと驚いた顔のグレン。
ダリルにしてやられた……


『注射が好きな人なんてこの世にいないでしょ!』
「うん、それはそうだ」
「明らかにビビってるだろ?」
「ビビってるの?エリー」
『あぁ、もう、うるさい!』
「怒るなよ」


相変わらずニヤニヤしたダリルと笑顔のグレン。
ダリルのこんな表情を見るのは初めてで少し戸惑った。
いつも…怒った顔しか見てないから。


『注射なんて平気です!』
「じゃあ、次お前が行けよ」
『え゛っ!』
「はは。俺が行くよエリー」


グレンは笑うと私の肩を叩いて採血に行った。
もう大多数が採血を終えている…
私も覚悟を決めなければ……


「ほら、あっという間に終わったよ」
「お前の番だぜ」
『分かってるって…』
「注射なんて全然怖くないよな?カール」
「うん、平気だったよ。エリー…注射が怖いの?」


あぁぁ…カールを巻き込まないで〜!!
カールやソフィアの前ではいつだってお姉さんでいたいの!


「私も怖かったけど、ママがいたから大丈夫だった!」
「エリーには僕がいるよ!ほら、僕の手を握って!」


カールが両親の元を離れて、私の側に来る。
とても可愛い笑顔で私の手をきゅっと握ってくれる。
可愛すぎるけど、恥ずかしすぎる……
グレンをキッと睨むと「怖い怖い」と笑われた。


『ありがとう、カール。大丈夫よ』
「ほんと?怖くない?」
『うん!カールが側にいるから怖くなくなっちゃった』
「えへへ、よかった」
「じゃあ刺すから動かないで」


内心ドキドキしながら、採血される方の手をぎゅっと握った。
本当はビビってるのカールにはバレないようにしなきゃ…
針は怖くて見ることが出来ないし、カールの事を見ていると
にこっと笑いかけてくれるカール。。
あぁ、可愛い!!けど…けど、痛い!!


「はい、これで終わりだ」
『ありがとうございました…』
「エリーも大丈夫だったね!」
『カールのおかげよ。ありがとう』
「ふふ、どういたしまして!」


笑顔のカールはローリの所に戻ると
両親にも褒めてもらい嬉しそうにしている。
グレンとダリルは今もにやにやとこちらを見ている。
黙ってグレンの肩を殴った。


「いたっ、何するんだよ?」
『グレンが悪い!!』
「ダリルだろ?」
『…ダリルも悪いけど、グレンも悪い!』
「ふっ。怒んなよ」


鼻で笑うダリルの肩も殴ってやろうと手を出したが
いとも簡単に捕まえられてしまい、それは叶わなかった。
ケラケラと笑う2人。
ダリルもずっとそうやって笑ってればいいのに…


「終わりだ」


いつの間にか最後の1人、アンドレアの採血も終わっていた。


「…っ」
「大丈夫か?」
「えぇ…」
「長い間何も食べていないの…」


ジェンナー博士は私達の言葉を聞くと
たくさんの食べ物、ジュース、そしてワインを出してくれた。
久しぶりのご馳走やお酒に私達は大喜び。
大いに笑って、飲んで、楽しんだ。


「イタリアでは、子供も少しワインをたしなむんだ」
「ここはイタリアじゃないからダメよ」
「構わないだろ?エリーも飲んでる。」
『なんで私?私もう立派な成人なんですけど!』
「ほら、飲ませろ。いいだろ?」
「…もう。飲んでごらん?」
『もしもーし?リック?聞いてる?』


カールはちょっと嬉しそうにワインを口に含んだ。
でもすぐに苦そうな顔をしてグラスを置いた。
そりゃそうだよね。私も最初は苦手だったもの。
でもそんなカールを見てみんなが笑う。
ふふ、可愛い。


「苦いよ〜!」
「サイダーがお似合いだな」
「グレンは飲め」
「なぜ?」
「どこまで赤くなるか見たい」
「あはは!」
「じゃあエリーも!」
『嫌よ!ワインはすぐ酔うんだもん!』
「おいおい、こんな日くらい、いいだろ?」


こんな世界になってから、こんな風に笑って
呑んで食べて楽しんだのは初めて…。
あ〜、ほんっと楽しい!!


「ほら、もっと呑めよ」
『もう呑めないってば〜〜』
「エリー、顔真っ赤だぞ!」
『グレンだって真っ赤でしょ〜!』


真っ赤な顔したグレンと私、そして平気な顔したダリル。
Tドックとシェーンも割と平気そう。
リックとローリはなんだかいい感じで見つめ合っている。
いいな〜〜羨ましいな〜〜!!


『ダリル!チーズ取って!』
「は?なんで俺が」
『グレンもチーズ食べる?』
「あー、食べようかな」
『ダリル!グレンのも取って!』
「自分で取れよ」
『え〜、いいじゃん。お願〜い』
「チッ。」


なんだかんだ言いつつ二人分取ってくれるダリル。
グレンと「ありがとう」と言うと黙ってワインを飲んだ。
私とグレンはそんなダリルを見てふふっと笑った。


「主催者にお礼を言おう」
「彼は命の恩人だ!」
「博士に、乾杯!」
『「乾杯!!」』
「ありがとう」


感謝を述べ、ワインを口にする。
そんな楽しい空気の中、シェーンが口を開いた。


「一体、何が起きたんだ?
 ここで他の博士たちと一緒に…
 研究してたんだろう?彼らは?」
「祝いの席だぞ。今はよせ」
「ちょっと待て、ここに来た目的は?
 答えを求めて来たのに見つけたのは…
 彼だけなんて。一体どういうことだ?」


シェーンの鋭い視線を受けた博士は重い口を開けた。
研究者の多くが家族と過ごす為に自宅に帰り
残った人たちもここで、生きることを諦めた。
ここに残って研究を続けたのは、彼一人…


「すっかりしらけちまった」
『グレン』


グレンをたしなめるように名前を呼ぶと
肩をすくめ、ワインを飲んだ。


ジェンナー博士の案内で寝室に向かう。
娯楽室や温かいシャワーがあると聞いて
さっきまでの空気はガラリと変わる。


「お湯があるって?」
「確かに聞いたぞ!」
『さいっこう!』


グレン、Tドッグとハイタッチをして部屋に向かう。
Tドッグとグレンが入った部屋に続いた部屋に入った。


久しぶりのお風呂はそれはもう最高!!
こんなにお湯が恋しくなるとは思いもしなかった。
"お湯は節約してくれ"と言われた手前、申し訳ないけど
たっぷり堪能した後、バスローブをはおってシャワーを出た。


ふかふかのベッドにうつ伏せにダイブする。


『あ〜〜、最高過ぎる〜。。』


着いた当初はなんて所に来てしまったんだと嘆いたけど
ここに連れて来てくれて諦めずにカメラに語りかけてくれたリックと
入れてくれた博士には感謝しなくちゃ。

ごろんと寝返りを打って天井を見つめる。
ここまで来るのに色々あったなぁ…
日本の両親は無事だろうか…?
携帯の電池なんてとっくに切れた。
……ここなら携帯も充電させてもらえないだろうか?
一応、携帯と充電器はバックパックの中に入ってるし
ジェンナー博士に許可を取ればいいかな?

よし!思い立ったら吉日!
寝てたら諦めるとして、とりあえず博士を探そう。


そうして部屋を出て、まずはキッチンへ向かう。
う〜ん…誰もいない……
とりあえず水だけでも貰っておこうかな。

冷蔵庫を開けて中身を見ている時、ふいに肩を掴まれた。


「おい」
『ひゃっ!!?』
「そんな驚くことねぇだろ」
『ダリル…!?あぁ、びっくりした!何!?』
「酒貰いに来たらお前が見えたから」
『呆れた。まだ呑むの?』
「こんな時くらい、いいだろ?」
『明日起きられなくなっても知らないわよ』
「ふんっ、これくらいでへばるかよ」
『そういえばジェンナー博士を見なかった?』
「あぁ、ゾーン5のパソコンルームにいたな」
『ありがとう』
「今はやめとけ」
『どうして?』
「リックとお取込み中だ」
『そっか…じゃあ遠慮しとこうかな』
「…博士に何の用だったんだ?」
『携帯、充電していいか聞こうと思って』
「それくらい、いいだろ。家族に連絡か?」
『えぇ。一応、試してみたいの』
「それなら文句は言わねぇだろ。」
『…そうね。ありがとう』


ダリルは「あぁ…」と言うと下を向いた。


「繋がるといいな…」
『うん。ねぇ、娯楽室覗いてみない?』
「あ?一人で行けよ」
『いいじゃない!一緒に行きましょ!』


ダリルの手を引っ張ると、めんどくさそうにしながらも
ワインを持って立ち上がり付いてきてくれた。


『娯楽室って何があるのかしら?』
「さぁな。トランプとかか?」
『UNOがいいわね!UNO!』
「…子供かよ」
『なんですって??』
「……しっ…」
『…なに?』
「声がする。ちょっと黙れ」


ダリルに言われ、耳をすませると確かに男女の声が聞こえる。
そしてすぐ扉がバンッと荒々しく閉まる音がした。
ダリルとそっと覗くとシェーンが出てくるのが見えた。


『……シェーン…?』


ダリルは黙ったまま、答えない。


『シェーン、怪我してる…』
「待て。行くな」
『どうして?手当てしなきゃ…』
「片方が娯楽室から出てきてない」
『片方ってなに?』
「女の声がしただろ」


言われてみれば確かに…。


『じゃあ…娯楽室はやめておく?』
「あぁ。また明日行けばいい」
『そうだね。そうする。』


それからダリルとは私の部屋の前で別れた。
私はふかふかのベッドに入って久しぶりにゆっくり眠った。






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