12

次の日、目が覚めるとバタバタとした音が聞こえた。
やばい…また寝過ごしてしまったのだろうか…
そろ〜っとテントから外を覗くとアンドレアが
目の前を通り過ぎたのが見えた。
バレなかったとほっと胸を撫で下ろしたのも束の間…


「やっと起きたの?エリー?」
『お、おはよう、アンドレア。私…最後?』
「えぇ。最後よ。早く顔洗ってきなさい。」
『う、うん… あの…』
「……みんなには黙っててあげるから」
『…!ありがとう!アンドレア!』


呆れた顔のアンドレアに軽くハグをして
私は急いで川に行き、身支度を済ませると
またテントに戻って自分の荷物を片付けた。


「エリー、準備できた?」
『グレン!おはよう!もうできるわ』
「OK。テントを畳まないといけないだろ?」
『あぁ、そうよね。ちょっとだけ待ってね』


荷物を出すと、グレンとTドッグがテントを片付け
私も自分のリュック以外をキャンピングカーに乗せた。



「聞いてくれ。
 無線を持ってる者はチャンネル40に合わせろ。
 無線が使えない時に何かあったらクラクションだ。
 全車停止しろ。……質問は?」
「俺達は― 行かない」
「バーミングハムの親戚と一緒にいたいの」
「辿り着けると思うか?」
「賭けてみる。…家族のためだ」
「本気か?」
「家族で決めた。本気だ」
「分かった、シェーン。」
「半分ある」
「感謝するわ」
『今までありがとう…またどこかで…』
「えぇ、本当にありがとう。」
「ルイスを救ってくれたこと忘れない」
「いいんだ。お互い様さ」
「気が変わったら連絡しろ」
「また頼れる仲間が減った…
 …行こう。みんな、出発だ」
『赤い車は置いて行くの?』
「あぁ、ガソリンの消費は少ない方がいい。
 俺の恩人にメッセージも残したいしな…。」


車を見ると"モーガン"という人宛てのメッセージがあった。
そういえばリックがキャンプに合流した日に話してたっけ…
ぼーっとその書き置きを見ているうちにみんな車に乗っていた。

えっと、グレンは……キャンピングカーの助手席か…
地図を持って何やらくるくる回している。
じゃあ私もキャンピングカーに乗ろうかな…?


「エリー、ここはいっぱいだ」
『えっ?そうなの?どうして?』
「ジムがいるからスペースが狭いんだ」
「エリー、リックの所もいっぱいだったと思う」
『じゃあシェーンかダリルの所しか空いてないの?』
「そういうことだな」
『………分かった。』


それならシェーンだな。
私は先頭に停めてあるシェーンの元へと向かった。


「どうした?問題か?」
『車がいっぱいなの。乗せてくれない?』
「いっぱい?」


シェーンは後ろを振り返り、それぞれの車を見て
なんとなく事情を察したらしく苦笑いでこちらを向いた。


「悪いな。誰も乗らないと思って荷物を積み込んだんだ」


シェーンの隣を見ると、確かに助手席まで荷物が溢れている。
私の乗るスペースなど、どこにも無いように見える。
あからさまにガッカリした顔を見せた私にシェーンは
少し笑って頭を撫でた。


「次にこういう機会があれば空けておくよ」
『ぜひそうして。じゃあダリルにお願いするわ…』


私は渋々、でもそれをダリルに悟られないように
一番後ろにいるダリルの車に向かった。
近付いてくる私を見つけると怪訝そうな顔を見せる


『ダリルは…CDCに行くのよね?』
「は?」
『リック達と一緒に行くってことでいいのよね?』
「あぁ」
『そう。じゃあよろしくね!』


ダリルの は?お前何言ってる? と言った声を無視し
私は助手席に座り込んでさっさとシートベルトをしめた。
ダリルは未だに隣でぎゃんぎゃん吠えている。


『ほら、前進んだよ?』
「なんでてめぇが座ってんだ!?」
『置いていかれるよ?いいの?』
「チッ…!!!」


盛大に舌打ちをしたダリルは車を発車させた。
なんで俺がこんなやつと…とぶつくさ文句を言っている。
とりあえず…放置しておくか。
私は窓に頬杖をつきながら外を眺めていた。
こんなにも綺麗な世界は、とても残酷な世界だ。

車をしばらく走らせた時、ふと左ポケットにある
小さな違和感の存在を思い出した。
そうだ。私はガムを持っていたんだ。
お腹空いたし、食べよっと。

……一人で食べる訳にはいかないよね…


『ねぇ、ダリル』
「……んだよ…」
『ガム食べる?』
「……何味だ?」
『んっと…ミント』
「食う」


意外だった。
ダリルなら いらねぇ って言うと思った…


「んだよ。くれねぇのか?」
『…あ、ごめん。はい、どうぞ』


包みを剥いて渡すと素直に口に入れたダリル。
私はこの男から多少の信頼は得ていたらしい。


「このガム、どうした?」
『グレンが乗ってきた赤い車の中にあったの』
「…そうかよ。……懐かしい味だ」
『よく食べてたの?ミント味のガム』
「あぁ。頭がクリアになる。」
『まだあるよ。欲しい時は言ってくれたら』
「あぁ」


ダリルはそう言うとまた黙って運転を続けた。
私もまた外の景色を眺めることにした。


それにしても暑い…
ガムの話をしてから一言も会話が進まないまま
進んできたけど、気まずいし暑いし…
ダリルをチラッと見ると汗が流れていた。


『ねぇ、窓開けない?』
「奴らに襲われた時に窓が空いてると侵入される」
『でもさっきからずっとでくわしてないじゃん』
「油断が命取りになる。そのせいで仲間は死んだ」
『そう……』
「……風が入るくらいならいい」


下を向いて黙ってしまった私の方をチラッと見ると
ダリルは小さな声でそう言った。
私がダリルの方を向いても知らん顔している。
厳しいことを言ってもなんだかんだ優しいのかもしれない…
見るからに不器用って感じだもんね、ダリルは…(笑)


『ありがとう』


小さな声でお礼を言って少しだけ窓を開けた。
生温い、それでも勢いのある風を感じると
憂鬱だった気分も少しは紛れてくれた。
この風に乗って私達は良い未来に進めるといいのだけれど…



しばらく進むと前の車が停車した。
車を降りて駆けつけるとキャンピングカーの故障の様だ。
応急処置のダクトテープも無くなってしまったらしい。


『どうにかしないと先に進めないわ』
「先に何かある。ガソリンスタンドかも」
「ジムの容体が悪化したわ。これ以上は…無理よ……」
「役に立つ物があるか見てくる」
「待て、俺も一緒に行く」
『私も行くわ』
「エリーはここにいろ」
『どうして?』
「いや、みんなは待っていてくれ」


そう言うとリックは車の中に入って行った。
ジムにも事態を告げる為だろう…

そう思って待っているとリックは神妙な面持ちで
キャンピングカーを降りてくると、ジムが
ここで車を降りると言いだしたことを私達に伝えた。


「これが彼の意志だ」
「正気で言ってた?」
「そう見えた。正気だったよ」
「キャンプで"ダリルは正しい"と言ったがあんたは誤解した。
 俺は決して、殺せと言いたかった訳じゃない。
 提案しようとしたんだ。
 "ジムの意見を聞こう"とな。これで答えが出た」
「ここにジムを置き去りに?」
「それはどうかな」
「それを決めるのは……彼よ」


ローリの一言で全員の意思は決まった。
私達がいくら生きて欲しいと願っても、
助けるだけの医療も時間もない。

リックやシェーンはキャンピングカーへ入り
ジムを大きな木の下に座らせた。


「随分でかい木だなぁ。」
「なぁ、ジム。考え直せよ」
「いや…ここで十分だ。風が気持ち良い。」
「そうか。分かった……」


シェーンはジムに最後の説得を試みたが
最後にはジムの意思を尊重した。
シェーンにとっても、ここにいる誰にとっても
仲間との別れは辛い…。


「目を閉じて…心を穏やかに…」
「あぁ………」
「ジム。これはいるか?」
「いいや。必要ない。大丈夫だ。平気さ」
「俺達の為にありがとう」
「いいんだ。」
『ジム…あなたのこと絶対に忘れない…』
「ありがとう、エリー」
『(首を振る)みんなを守ってくれてありがとう』


ジムを軽く抱きしめると私も列を離れた。
全員がジムにお別れを告げ、最後に残ったダリルも
しっかりとジムを見つめ頷く。
彼らの間で、言葉のいらないやり取りが交わされた。


ダリルの車に乗り込み、離れるジムを見つめる。
ジムも私達の姿を目に刻む様にこちらを見ている。
いつでも優しかったジム。
過ごした時間は長くはなかったけれど、大切な仲間。
ありがとう…ジム……。

溢れた涙は止めどなく流れていった。



「いつまで泣いてんだ」
『涙が止まるまでよ…』
「泣いたってジムは戻らねぇぞ」
『そんなことは分かってるわよ』
「…次はお前が守れるくらい強くなれ」
『…えぇ。もう誰も死なせたりしない…』
「それでいい。……というかお前、なんでここにいる?」
『なんでって…だからどこも車がいっぱいで…』
「ジムが降りたんだ。キャンピングカーは空いてるだろ」
『……そう言われればそうね…なんで気付かなかったんだろう?』
「…バカめ」
『今なんて言った?』
「バカだ、つったんだよ」
『ほんっと兄弟揃って失礼ね!!』
「兄貴よりはましだろ」
『いいえ!どっちもどっちです!』


ダリルと言い合いをすると気持ちが紛れた。
彼なりに気を使ってくれたんだろうか…?


『ねぇ、ダリル』
「なんだ?」
『サバイバルの基本、教えてよ。私、何にも知らないからさ』
「……気が向いたらな」
『うん、約束だよ』
「だから気が向いたらな」
『私も知ってること教えるからさ』
「興味ねぇよ」
『やっぱり失礼じゃん』
「…ふん」


それからしばらく車を走らせ、私達は無事にCDCに着いた。
グレンが銃を持って車から出てくるのが見えた。
ジャッキーとデールも続き、グレンがジャッキーを気遣い
自分の後ろに隠れるように誘導しているのが見える。
……こんな時でも彼は優しいのだ。


『私達も行こう…』
「あぁ…楽しい時間になりそうだ…」


ダリルが皮肉を言うのも仕方がない。
この状況は誰も予想していなかったと思う…
兵士もウォーカーもたくさん死んでいる。
そのせいで鼻をツンとさせる腐敗臭や
死体にたかる虫がひどい…
気を抜いたら吐いてしまいそうだ…
カールやソフィアも苦しそうに顔を歪めている…


「静かに。急ぐんだ!」
『グレン、後ろは私に任せて』
「ありがとうエリー。ハンカチ…使う?」
『これがあるから平気』


私は黄色のバンダナをグレンに見せた。
そう、ウォーカーとなったウェインから貰ったものだ。
私は口元を隠すと頷いたグレンに続いた。

リックを先頭に全員で速やかに建物を目指す。
腐敗臭に耐え切れず、みんな嘔吐きながら前に進む。
リックとシェーンは大丈夫なんだろうか…
口元に手も当てず「静かに、急ぐんだ」と冷静に指示を出し
素早く建物に近づいていく。


やっとの思いで建物に辿り着いた私達。
リックが扉を見て開く所がないか必死に探している。


「どうだ?」
『誰もいない…?』
「いや、中にいる」
「……ウォーカーだ…」
『しかもたくさん……』
「ここは失敗だった…最悪だ」
「墓場に連れてきやがって!」
「うるさい!黙ってろ!」
「諦めよう…!」
「逃げるのよ!」
「退散するぞ!」


誰もいない雰囲気の建物。
無数に広がる人間とウォーカーの死体。
そして私達に近付いて来るウォーカーの群れ。
それらの全ての要因が私達をパニックに陥れた。


「リック!日が暮れるわ!」
「フォートぺニングへ!!」
「食料もガソリンもない!」
「125マイル先だ!」
『125マイル……』
「今、どう乗り切るかよ!」
「少し考えさせてくれ…」
「行くぞ!」


シェーンの"行くぞ"という言葉に全員が動き出した。
私もグレンについて行こうと歩みを進めると隣にはダリルが。


『ねぇ、ダリル…』
「なんだ!?」
『125マイルってどれくらいなの…?』
「それ今聞く事か!?」
『だって距離が分からないと希望も見えない…!』


パニックになる私にダリルがどう返答をしようかと困惑している時。
扉の前にまだ立っていたリックが声を上げた。


「カメラが動いた…」
「錯覚だ…!」
「動いた…間違いない!」
「自動で動く様になってる!
 それか緩んだだけだ!リック…
 動いてない…諦めろ!誰もいない!」
「そこにいるのは分かってる!助けてくれ!
 女や子供たちもいる!他に行く所が無いんだ!
 俺達を殺す気か!?頼む!殺さないでくれ…!」
『リック…』
「リック!無駄だ!」


恐怖が直前まで迫って来たその時、
今まで開かなかった扉が開いた。

建物から漏れる光はなんとも神々しく見えた。





[ 215/216 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]