全員が準備を終え、車に乗り込み、アトランタに向けて出発した。
道中ずっと、ダリルの視線がTドックに突き刺さる。


「兄貴が死んでたら覚悟しろ」
「あいつらは屋上には出られない
 屋上に出られるのは俺達だけだ。」
『メルルは絶対に生きてるよ』


ダリルはそれ以上、口を開くことはなかったし、
私達も無言のまま、アトランタに到着した。


「着いたぞ。ここからは歩こう」


グレンに手を貸してもらって荷台から降りる。
車内の地獄の様な空気の後にグレンの笑顔を見たら
まるで…後光がさしている様に見える。
……なんて言いすぎかしら?


『これからどうするの?』
「武器を取りに行こう」
「あ?先に兄貴の救出だ」
「待て。グレン、どう思う?」
「うーん…位置的にメルルが先。武器はその後だ」


私達はメルルを置いてきてしまったビルへと向かう。
道中にいるウォーカーに見つからない様に、慎重に
ウォーカーを避けながらビルの中に入った。


「中にもウォーカーがいるな…」
「どうする?ナイフで一体ずつ殺していくか?」
「んなもたもたしてる時間はねぇ。俺についてこい」


ダリルはクロスボウを構えると、先頭に出た。
音のしない武器で次々とウォーカーを殺して行く。
矢を回収するのを忘れずに…
銃よりもナイフよりも良いな、その武器。
私もどこかで見つけることが出来たら欲しいなぁ。


「兄貴!」


Tドッグが南京錠と鎖を外し、ダリルが急いで屋上へ。
屋上に入ったダリルがメルルを呼ぶが応答はない。


「いないのか?」
『でもドアは壊されてなかったわ』
「あぁ…おかしいな…」


全員で屋上の奥へと進む。
すると先頭を走っていたダリルが急に止まり
何かを見つけて泣き声にも似た様な呻き声をあげ、
右往左往している。

すぐにその理由が分かった。
メルルは自分の手を自分で切ったらしい。
彼の手だけが、そこにはいた。

誰も声をあげられずに立ち尽くしていたが、
ダリルが怒りのあまりTドッグにクロスボウの矛先を向け
すかさずリックが銃口をダリルの頭に銃口を突きつけた。


「本気だぞ。銃声が響いても構わない。」
『リック、やめて…?お願いだから…』


グレンの腕を握りながら呼びかける。
緊迫した空気が続く中、ダリルがクロスボウを降ろし
リックもそれを見て銃を降ろしてくれた。
そしてダリルはTドッグに話しかけた。


「バンダナを持ってるか?」
「あぁ…」


バンダナを受け取ったダリルは手がある方へ歩き出した。
もしかして……その手を…?


「ノコギリじゃ切りにくかっただろう…」


そういうと手をバンダナに包んで
グレンのかばんの中に入れ、頷いた。
グレンは嫌そうな顔をしていたけど…
まぁ、無理はないと思う。


『メルルの手に呪い殺されない様にね』
「冗談でもやめてくれよ!エリー!」
『大丈夫よ。襲われたら助けてあげるから』
「おい、メルルはベルトで止血してるはずだ」
『どうして分かるの?』
「見ろ。血痕が少ない」
『本当だわ。確かに少ないわね』
「兄貴は生きてこの道を進んだ」
『そうね。私達も行きましょう』


ダリルの冷静な分析に納得し、
血痕を追って進み始めるダリルに続いた。

血痕が続く先の部屋ではウォーカーが死んでいた。
それも2体。たぶん…メルルが殺したんだと思う。
利き腕を失って、血を流してる中でウォーカーを普通殺せる?
ほんと信じられない。火事場の馬鹿力というやつだろうか?


「兄貴がこいつらを殺したんだ。
 一本の手でな。兄貴は最強だぜ」
「どんなタフでも出血すれば必ず倒れる」


バタン!
ダリルは更に血痕を追って先に進む。
扉を乱暴に開けた音でリックの眉間にシワが寄る。
リックを助けた時のアンドレアを思い出した(笑)


「兄貴!」
「奴らがいるのを忘れるな」
「知るかよ。兄貴は出血してる」
『どうして火が?』
「何か焦げてる…」
『なに?なんの匂い?』
「皮膚だ…傷口を焼いたんだ」
『スカーフも燃えてる。これはどかさなきゃ』


スカーフがこのまま燃え続けたら火事になりかねない。
この街には物資が残ってるはずだし、燃やす訳にはいかない。
急いでスカーフをどかし、火を消した。


「言ったろ。兄貴は最強だ」
「大量出血だ。安心できない」
「そうか?兄貴は地獄から這い上がった」
「ここから脱出したのか?」
「バカなまねを…」
「兄貴は遠くに逃げたのさ。生き残るためにな…」
「生き残るだと?行き倒れるだけだ。勝算はない」
「手錠をかけられて死ぬよりマシさ」


ダリルのその言葉に誰も何も言えなくなった。
思わず下を向いて、死んでいるウォカーの腕に
巻かれている見覚えのある黄色いハンカチを見つめた。


「兄貴は無事だ。死人どもには負けないさ」
「奴らが1000人いたらどうだ?」
「ふん、数えてろ。兄貴を探しに行く」
「待て」
「何だよ。邪魔するな」
「俺も家族を捜して地獄を味わった。
 気持ちは分かる。彼は負傷している。
 外に捜しに出るには冷静でいなくては…」
「…分かったよ」
「先に銃を手に入れよう。
 ここの通りは気合いだけじゃ歩けない」
『どうやってあそこから武器を取り返すの?』
「俺一人で行く」
『絶対にだめ!』
「一人は危険だ」
「俺にだってひでぇアイディアだって分かるぜ」
『そうよ、賛成できない!』
「グッドアイディアなんだ!最後まで話を聞いてくれ。
 集団だと動きが鈍るが、俺一人ならすばやく動ける。
 いいか?5ブロック先の戦車のそばにバッグがある。
 初めて会った路地からダリルとエリーと向かう」
「俺と…?」
「弓矢なら静かだ。エリーはナイフと銃
 どちらもすぐに使えるように準備だけはしていて」
『グレン、考え直して。私が行くわ』
「エリーより俺の方が足が速いだろ?」
『でも…』
「エリー。ここはグレンに任せよう」
「ありがとう、リック」
『…分かった。』


リックの言葉と絶対に引く気配のないグレンを見て
ここは大人しく従うことにした。本当は嫌だけど…
グレンに自ら危ない役はして欲しくないのに。


「よし、じゃあ2人はここの路地にいてくれ」
「俺は?」
「Tドッグとこの路地に。」
「2ブロック先か」
「ウォーカーに囲まれてしまった場合、
 ダリルとエリーの元へは帰れない。
 その時は前進して君達の待つ路地に向かう。
 どちらにせよ、援護を頼む。集合場所はここだ」
「……グレン、以前の仕事は?」
「ピザの配達員さ。……なぜ?」


予定通り路地まで来るとグレンは辺りを見回して
飛び出すタイミングを計っているようだ。
そんなグレンを見てダリルが関心した様に言った。


「中国人にしては勇敢だ」
「韓国人だ」
「どうでもいい」
『グレン、気を付けて』
「あぁ。援護は頼むよ」


グレンは飛び出して行った。
何事もなく進んでいくグレンを見て安心したのもつかの間
何者かが角から急に飛び出してきた。


『あなたは誰!?』
「…っ!」
「撃つな!何をしてる?」
「兄貴を見なかったか?」
〈 助けて! 〉
「騒ぐな!奴らが来る。さぁ、答えろ」
〈 助けて! 〉
『ちょっと!静かにして!』
〈 誰か助けて! 〉
「うるさい!」
『ダリル!?』
「黙れ!……っ!」
『…っ!ダリル!』
「くそっ!」
『やめてよ!ちょっと!』


急に後ろから現れた男2人組に倒され蹴られるダリル。
ダリルから2人を引き離そうとするも女の力では歯が立たない。
私は少し下がり、銃を男達に向けて構えた。


『ダリルを離しなさい!さもないと撃つわよ!』
「そんなことしてみろ?奴らが寄ってくるぞ!」
『いいわよ?さぁどうするの?一緒に死ぬ!?』
「おい、やめろ。撃つなよ…!」
『ダリルをこちらに渡して!!』


あと少しでダリルを男達から取り戻せると思ったその時。
何も知らないグレンがカバンを抱えて戻って来てしまった。


「…っ!?」
「あのバッグだ!取れ!」
『グレン!!待って!!』
「助けてくれ!!」


武器を持って戻って来たグレンはあっさり捕まり
私もダリルも抵抗むなしく男に突き飛ばされ
グレンは男達の車の中に連れ込まれてしまった。


『待って、お願い!グレン!!!』
「エリー…!」


グレンに向けて手を伸ばすとグレンも男達に
必死に抵抗して私の方に手を伸ばした。
が、その手が届くことはなかった。


『グレン…グレ〜ン!!!』
「下がれ!!!」
『待って!グレンがあいつらに!』
「奴らが来てる!いいから下がれ!」


ダリルにフェンスごと後ろに下げられる。
目の前には武器の入ったかばんと無数のウォーカーがいた。






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