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『今日もリックと2人で行くの?』
「あぁ。しばらくはそうなるだろうな」
『そっか…気を付けて行ってきてね。』
「お前もあまり外をチョロチョロするなよ」
『うん、分かってるよ。
 そういえばデニースから預かった物が…』


私はさきほどデニースから預かったメモを渡した。
調達で必要な物をメモに書いたらしい。
ダリルはメモを下まで読むと眉に皺を寄せた。


「"ポップ"?飲み物か?」
『さぁ?日本には馴染みがない飲み物ね』
「デニース!」
「なにか用?」
「一番最後のは飲み物か?」
「そうだけど……」
「医薬品か?」
「いいえ。重要な物とは区別してある。
 もしあったらでいいの。医薬品を優先して。
 食料やガソリン、バッテリーも大事よ。
 最後のは、もしあればでいいから。ね?」
「好物なんだな」
「ポップは飲まない」
『ポップってなんなの?』
「オハイオ弁で"ソーダ"」
「ソーダ?なぜ欲しい?」
「あー……タラが寝言で言ってた。
 好きか嫌いか不明だけど、もし好きなら…
 サプライズになる。私の柄じゃないけど…」
『いいじゃない!素敵よ。タラも喜んでくれる』
「えぇ…2週間の調達の餞別になると思って…
 あ、でも無理しないでね?危険ならやめて?」
「あぁ。分かってる」
「大して重要じゃないから」
「了解」


デニースから離れて車に向かうダリルと私。
タラに恋するデニースに笑みがこぼれる。


『まるで恋する乙女ね。ソーダがあるといいけど』
「炭酸が抜けきってるソーダならありそうだな」
『それはあんまり美味しくなさそう。』
「これはリックにも伝えとく」
『えぇ、なるべく持って帰ってあげて』
「あぁ」
「ダリル、待たせたな。行こう」
『2人とも気をつけてね』
「ありがとう、エリー」


リックは私の頭をくしゃくしゃ撫でると
運転席に乗り込み、ダリルも助手席に乗った。
ゲートの見張りをしていたユージーンが
リック達に話しかけ、車が出て行くのを
見送ると私はそのまま畑に向かって水をやった。
マギーやミショーン達と植えたトマトの芽は
未だに出る気配を見せない…


「おはよう、エリー」
『おはよう、マギー。調子はどう?』
「今朝はいいわ。昨日はごめんなさい」
『いいの。つわりは仕方のない事だわ』


連日、つわりのせいか体調が安定しないマギー。
昨日の青白い顔に比べたら今日は顔色も良い。


「まだ芽が出ないのね…」
『そうなの。肥料が必要かしら?』
「トマトの育て方の本を読んでみるわ。
 確かグレンが昨日読んでたはずだから」
『じゃあお願いするわ。無理しないでね』
「えぇ。この子にもトマトを食べさせてあげたいから」


そう言ってマギーは柔らかく笑ってお腹を撫でた。


『早く会いたいな、その子に…』
「あはは!産まれるのはまだまだ先よ?」
『分かってるよ〜。でも早く会いたい。
 ベイビー、元気に産まれてくるんだよ〜』


しゃがんでマギーのお腹に語りかけると
マギーは楽しそうにケラケラと笑った。


『日差しもあるし、もう戻ろう』
「そうね。今日の昼食はグレンが
 キャロルと一緒に作るって言ってたわ」
『グレンが?料理得意そうには見えない』
「でもずっと1人暮らしだったんでしょ?
 それなりに作れるんじゃないかしら?」
『ダリルも1人暮らししてた様なものよ?
 彼に繊細な料理が出来るように見える?』
「……見えないわね。」


再び笑い合うと、ふとマギーが立ち止った。
マギーの見ている方を見るとスペンサーを
そっと追いかけるミショーンの姿があった。
忍んでスペンサーを追いかけているのはなぜだろう?


『……2人の後を追いかけてくる』
「1人で平気?ハリーを呼ぶ?」
『平気よ。マギーは先に戻ってて』
「分かったわ。武器は持ってる?」
『サイレンサー銃とナイフがあるわ』
「(頷く)気を付けて行ってきてね」
『えぇ。昼食を楽しみにしてる』


マギーと別れて私も急いで彼らの後を追った。
森の中を進むスペンサーを追いかけている
ミショーンを追いかける私はなんだか異様だけど
2人の足が早くて追いかけるので精いっぱいだ。
走ると葉の音がうるさくなるから慎重に前に進む。

するとウォーカーの近くでスペンサーが立ち止まった。
2人が何かやりとりをしているけどここまでは聞こえない
とにかく慎重に、急いで合流しないと…!


「彼女の息子が徘徊する理由を知りたい」
『待って!私も一緒に行く!』
「エリー…なんでここに?」
『追いかけてきたの。心配で…』
「君達のグループはお人好しばかりだな…」


スペンサーはそう言うと再び森の中に歩き出した。
ミショーンからの無言の視線攻撃を受けたが、
私が肩をすくめると彼女もスペンサーに続いた。
しばらく3人で無言で森の中を歩いていたけど
ふとスペンサーが振り返った。


「ついてくるな」
「お母さんのため。息子を死なせない」
『森の中を1人で歩くのは危ないわよ』
「そうだよ、いますぐ家に帰ろう…?」
「家族がいなけりゃ、家じゃない」
「それは違う」
「おい、いい加減にしろ。僕は平気だ。
 元の生活に戻れるかもしれないが…
 そんな考えを持つ前にする事がある。」
「力を貸すよ」
「……無理だ」


そんな会話を交わす2人を見守っていると
ミショーンが刀を抜いて振り向いた。
私は物音に全く気が付かなかった…


『カール…?』
「なんでカールがここに…」


ミショーンの眉に皺が寄るのが声色で分かる。
自然とカールを追いかけているウォーカーに目が行き
私達全員が思わず息をのんだ。


「見た気がしたんだ…やっぱり…そうだったか…」


スペンサーが探していたのはディアナだった。
ウォーカーになって森の中を彷徨っている彼女を
ずっと1人で探していたのか…だからシャベル…
終わらせた後に埋葬してあげるために持っていたんだ

スペンサーはウォーカーになってしまった自分の母親に
ナイフを刺し込み、終わらせてあげた。


「これでいいんだ…」


スペンサーにかける言葉が見つからない…
ディアナは目を見開いたまま…
私はそっと彼女の瞼に手を当てて目を閉じさせた。


「このために外へ」
『お墓を作ろう…』
「あぁ…そうするよ」


スペンサーがお墓を掘り、私は近くの木に
ナイフで"D"と言う文字を刻んでいく。
ミショーンは近付いて来るウォーカーを刀で…


「母はメモを残した。
 "どこに向かうべき僕は知ってる"と…
 だが、知らない。どこに向かうべきか…」
「家族を愛してた?」
「あぁ…」
「なら向かうべきは家よ」
「でももう家族がいない」
「私もエリーも、森の中あなたを追った」
『スペンサー。あなたに家族はいるし、家も』
「(頷く)そうだな、俺達の家に帰ろう」


もうすっかり昼食とは言えない時間に
家まで帰って来た私とミショーンは
キャロルとグレンお手製の昼食を食べた。


「エリー、楽しみにしてた俺のお手製料理だ!」
『見た目は凄く美味しそうに出来てるわね!』
「あぁ、見た目通り味も美味しかったぞ」
「だろ?ハリーはおかわりまでしたんだぜ」
『本当?よっぽどお腹が空いてたのね?』
「いいから食べてみてくれよ!!」
「うん、美味しいよ。好きな味だ」
『いただきま〜す』


大好評らしい昼食を口に運ぶと予想以上の味だった。
グレンがこんなに美味しい料理を作れるなんて!!
そういえば以前はピザ屋さんで働いてたって言ってたっけ?


「エリー、どう?」
『すごく美味しい!』
「よっしゃあ!」


ミショーンと私からも好評で喜ぶグレン。
マギーもその隣で嬉しそうに微笑んでいる。
"これからは料理男子の時代だ!"なんて
お兄ちゃんの肩を組むグレン。
調子に乗った2人が夕飯まで作ると言いだし
キッチンの使い方が汚いとキャロルに小言を
言われるのはもう少し後の話だ…


2人がキッチンの掃除をしている間、ぼーっとしてると
外からはカールがジュディスに話しているのが聞こえる。
途中からミショーンの声も混じって、森の中の話をした。
私が死ぬ時はアンドレアの様に自分で命を終わらせたい…
ダリルやお兄ちゃん、みんなにそんなことさせられない。
最後の最後まで諦める気はないけれど…
それでもどうしてもダメだって時には、トリガーを引く
わずかな力だけでも、どうか残しておいて欲しいな…


「あぁ、疲れた……」
「もう当分料理はいいや…」
『2人ともお疲れ様』
「あれ?マギーは?」
『さっきトマトの所に行ったわよ』
「そうか…ちょっと行ってくるよ」
「悪いが俺はもう部屋に戻るよ」
「あぁ、おやすみ。また明日な」
「おやすみ。エリーも早く寝ろよ」
『ん、分かってる。おやすみなさい』


グレンとお兄ちゃんがリビングを出て行き、
代わりにカールとジュディスが入って来る。


「エリー、まだ起きてたの?」
『それはこっちのセリフよ?カール。
 良い子はとっくに寝る時間でしょ?』
「僕も妹も別に良い子じゃないかもよ」
『あはは、良い子に決まってるじゃない』


冗談混じりのカールの声を受けて笑いながら返す。
今日、森の中にいるカールを見た時は焦ったけど
先程のミショーンとの会話が脳裏に浮かんでくる。
なんだかあの頃が懐かしいなぁ…
CDCにいた頃のカールはローリにくっ付いて
それはそれは可愛らしいただの少年だったのに。


『カールは本当に大人になったね。カッコイイ』
「なにそれ。突然どうしたの?エリー」
『(首を横に振る)思った事を言っただけよ』
「……ダリルよりもカッコイイと思う?」
『え?うーん……ダリルは野生人だもん。
 カールのカッコイイとは種類が違うのよ』
「そんなことダリルが聞いたら怒られるよ?」
『それは大変。ここだけの話にしといてくれる?』
「あはは。いいよ。ジュディスも黙ってるんだよ」


お兄ちゃんに微笑みかけられたジュディスは
きっと意味は分かってないんだろうけど頷いた。
頷いた様に見えただけかもしれないけど…


「じゃあ僕はもう寝るよ。エリーは?」
『グレンとマギーが戻るまでは起きてるわ』
「そっか。じゃあおやすみ」
『おやすみ、カール、ジュディス』


2人の額にキスを送り、2階に上がるのを見送る。
家を出てポーチに座っていると車の音が聞こえた。
ゲートに向かうと運転席にリックが見えた。
ダリルは助手席に座っていないけど…後ろだろうか?


『おかえりなさい。……その人は誰?』
「あぁ…話すと長くなるんだ。明日にしよう」
「リック、こいつはどこに運ぶ?」
「あそこにしよう。ちょうどいいだろ。
 エリー、車の移動を頼めるか?」
『うん、もちろん。いいよ』


リックとダリルが男性を降ろすと運転席に座り
車を定位置に移動させてから彼らが向かったであろう
ある家に向かって歩き出す。
家の中に入るとリックがちょうど出て行く所だった。


『ケガはなさそうね?平気?』
「あぁ。あいつの見張りはダリルに頼む。
 素性も良く分からない怪しい男だ。
 エリーもあまり近付かない方がいい」
『分かった。少しだけダリルと話しても?』
「あぁもちろんだ。あまり遅くなるなよ」
『うん。あ、カールとジュディスはもう部屋よ』
「ありがとう。おやすみ」
『おやすみリック。ゆっく休んで』


疲れた様子のリックと別れてダリルの側に歩み寄る。


『隣に座ってもいい?』
「あぁ」
『ケガはない?』
「ない。お前は?」
『問題ないよ。今日はグレンの作った昼食を食べたの』
「ふん、あまり期待は出来なさそうだな」
『そう思うでしょ?でも凄く美味しかったのよ!
 夕飯はグレンとお兄ちゃんで作ったんだけど、
 台所の使い方が汚いってキャロルに怒られてた』


グレンとお兄ちゃんがキャロルに怒られる所を
想像出来たのか"あぁ"と頷いて鼻で笑ったダリル。
近くでダリルの顔を見て気が付いた。
顔に擦り傷が出来てしまっている。


『擦り傷が出来てる。どうしたの?』
「平気だ。あの男とじゃれあっただけだ。」
『傷口を洗った方がいいわ。
 水とタオルを持ってるから拭いてあげる』
「いい。これくらい放っておいても治る」
『ダメよ。何かあってからじゃ遅いのよ?
 ほら、すぐ終わるからじっとしてて』


頷いたダリルの傷口に水で濡らしたタオルを当てる。
少し痛そうに顔を歪めたけど、綺麗になるまで拭いた。
傷口についた水が渇くようにふーっと息を吹きかければ
ダリルは驚いた様に私の両手を掴んでやめさせた。


『痛かった?水分を飛ばそうと思って…』


黙って私を見上げるダリル。
そんな彼の唇にキスを落とした。


『お腹空いたでしょ?何か食べられる物を持ってくる』
「……いいからここにいろよ」


ダリルに引き寄せられた瞬間、
ぱっと顔をあげて警戒する仕草を見せるダリル。


「物音がした。ここで待ってろ」
『武器を構えてた方がいい…?』
「あぁ。何かあればリックの所まで走れ」
『わ、分かった……』


先程、運び込んだ男が起きたのだろうか?
ホルスターにしまった愛用のサイレンサー銃を出す。
家の中に入って行ったダリルが出てくるのはすぐだった。


「裏から逃げられた!俺はリックの家に行く!
 エリーは他の奴らを起こしてから来い!」
『分かった…!』


ダリルと別れてもう1棟ある家に駆け込む。
エイブラハム達を起こして家を飛び出すと
マギーとグレンが戻って来たのが見えた。


「エリー!なにごとだ!?」
『リックとダリルが連れ帰った怪しい男が
 逃げ出したみたいなの!リックの所に!』


家に駆け込むと、カールとダリルが男に銃を向けていた。
彼はジーザスと名乗り、話し合おうと言った。
私達は不安な表情を浮かべつつもリックに従って
彼を連れてリビングまで戻った。


「どうやって出た?」
「出口2つに警備が2人。しかも2人は話に夢中。
 部屋には窓があるし、縄をほどき鍵も開けられた」
「なるほど……」
「武器庫を見たよ。よくあそこまで揃えた。だが…
 武器は豊富だが、食料が少ない。何人住んでる?」


即答出来ない私達にジーザスは"54人?"と問いかけたが
すかさずマギーが"もっとよ"と答えた。
この町の住民のことに1番詳しいのはマギー。
ディアナの補佐として、そしてリックを守る為に
多くの住民と関わってきた彼女だから分かる情報だ。


「……うまいクッキーを作った人は?」
「今はここにはいない」
「出会いは最悪だった。だが同類だ。生きている。
 置き去りにも出来たのにそうしなかった。
 俺の住む町は― 取引相手を増やしたいんだ。
 車を奪ったのは、君達が厄介な人間に見えたからだ。
 俺が間違ってた。いい人達だ。協力し合えると思う」


そう言ったジーザスの目に嘘はない様に見えた。
まぁ確かに…ダリルの風貌は怖いし、
リックも元保安官だけあって威圧が感じられるのかも。
2人とも屈強そうだから警戒するのも無理はない…?
私がもし今、初めて2人に会ったら近付かないだろうな…


「あなたの住んでいる町には食料があるの?」
「家畜を育ててるし、農園もある。
 トマトや穀物のソルガムも町にはある」
「…信用できない」
「連れて行くよ。車なら1日あれば着く。
 町まで行って、自分の目で確かめてくれ」
「取引相手を増やすって…どこかと取り引きを?」
「世界が広がるぞ…?」
「……少し相談させてくれ」
「あぁ、俺はここで待ってるよ」
「カール、ハリー。見張りを頼む」


2人を残して隣の部屋へ。
リックはジーザスをかなり疑っている様だ。


「リック、行ってみるべきよ。
 彼の言っている事が本当なら助け合わなきゃ」
「俺達から食料の入った車を奪った男だぞ?
 そう簡単に信用出来るわけがない。…無理だ」
『リック。アーロンの事を信じてどうだった?
 私達はこんな素敵な町に辿り着く事が出来た』
「……奴はさっき武器庫を見たと言った。
 それでも武器を奪わず、俺達を殺さなかった」
『それが答えじゃない?そうでしょ?リック…』
「俺もみんなの意見に賛成だ。行ってみよう」
「そうだね。この町の未来のためには必要だよ」


グレン、ミショーンと続き、リックも渋々頷いた。
ただしメンバーは戦える者のみの数名に絞られ
全員が銃で武装することが条件だった。


「エリー、やっぱり行くのか?」
『私の事は心配しないで。大丈夫。
 リックが最後尾を任せたいって言ってくれたの。
 ライフルを持って行くし、側を絶対離れないから』
「ならいい…俺は先頭にいる。何かあったら呼べ」
『うん、分かった』




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