『んー…』


テントを出ると珍しく1番に目が覚めた様だった。
声を出して背伸びをすると、背中や肩がバキッと鳴った。
仲間に整体師がいれば良かったのになぁ……
慣れないテント生活で身体がバキバキだ。
肩が凝ると頭痛に発展するから嫌なんだよな。

そんな事を考えながらみんなが昨晩出した
洗濯物を抱えて川に向かおうとカゴを掴んだ。


「エリー、今朝は早いのね」
『…っ!?びっくりしたぁ…』
「ごめんなさい。驚かす気は…」


ぼーっと洗濯物を拾っている所に
急に声を掛けられて思わず肩をびくっとさせて
振り返ると眉を下げた表情をしたキャロルがいた。
しまった。彼女に罪悪感を持たせてしまった…


『私こそ大きな声を出してごめんなさい』
「(首を横に振る)今から洗濯に行くの?」
『えぇ、そうよ。目が覚めちゃったから』
「私とソフィアも一緒に行っていいかしら?」
『もちろんよ。ソフィアはもう起きてるの?』
「えぇ、珍しく今日は早起きみたいなのよ。」


私が下げてしまった眉が戻り、微笑んだキャロルに
ホッと一息をついた所でソフィアがテントから出て
こちらに向かって走って来るのが視界に入った。


『おはよう、ソフィア。良く眠れた?』
「エリー〜おはよう〜!眠れたよ!」


私の足元に飛びついて来るソフィアの頭を撫でる。
きっと妹がいたらこんな感じなんだろうなぁ…
ソフィアは私の妹にしては年が離れすぎているけど


『今から洗濯に行くの手伝ってくれる人〜?』
「は〜い!ソフィアとママがお手伝いする!」
「私も一緒に行くわ。仲間に入れて頂戴?」
「ローリ、旦那さんは放っといていいの?」
「えぇ。まだぐっすりと眠っているから…」
『寝かせてあげた方がいいわ。疲れてるよ』
「そうね、じゃあ4人で行きましょう」


ローリはリックの洗濯物を持って
テントから出てきたようだったので
それも受け取りカゴの中に入れた。
洗濯を始める前に私はポケットから
黄色のバンダナを取りだして洗い始めた。


「エリー、そんなバンダナ持ってたの?」
『ある人の遺品なんだけど、昨日拾って来たの』
「そうだったの…昨日は本当に大変だったわね」
『私達が帰って来れたのもリックのおかげよ。』
「あなたとグレンがリックを救ってくれたからよ
 本当にありがとう。また夫に会えるなんて……」
『お礼はグレンに言って。私は役に立ってないの』
「グレンも"お礼はあなたに"って言ってたわよ?」
「ふふふ…あなた達2人って似た者同士なのね。」


なんだか含みのある2人の笑顔に恥ずかしくなる。
そういえばアンドレアが私のグレンに対する想いは
女性陣にはバレてるって言っていたっけ?
ということは目の前の2人のこの笑顔にも…
堪らず恥ずかしくなって冷たい水で顔を洗った。


洗濯を終えた私達がキャンプに戻る頃には
アンドレア姉妹やグレン達も起きていた。
姿を見せないのは眠っているであろうリック
車に乗ってどこかに行ったというシェーン
いつも通りにテントにこもっているエドと
狩りに行ってしまったままのダリルだけ。
……ダリルの事を考えると胃が痛くなる…


『グレン、おはよう。調子はどう?』
「聞いてくれよエリー!酷いんだ!」
『どうしたの?体調が悪そうには見えないけど…』
「デールがスポーツカーを解体するって言うんだ!
 せっかく街からカッコイイ車を盗って来たのに!」


グレンの目の前にはスポーツカーを品定めし、
何か道具を持っているデールとジムがいた。
2人は私には気が付かずに車の後ろ側にいる。


『最後に乗せて貰ったら?』
「燃料がもったいないからダメだって!」
『あー、そうね。燃料も発電器に必要だし』


スポーツカーを諦めきれない様子のグレン。
私は苦笑いで一緒に立っているしか出来なかった。


「おはよう。グレン、エリー」
『リック!おはよう。良く眠れた?』
「あぁ。寝すぎてしまったよ」
「見ろよリック。強盗だよ…」
「発電機に燃料が必要なんだ」
『それはグレンも分かってるわよ』
「あぁ、悪く思わないでくれよ。」
「最後にドライブしたかった……」
「またどこかで車を盗めばいい。」
『保安官の台詞とは思えないわね』


リックはグレンの肩を叩いてローリの元へ…
グレンは私が笑うと釣られて笑った。


少しすると荒々しい車の音が聞こえてくる。
今まで何度も聞いたあの音は多分シェーンだ。

予想通り、向こうからシェーンが見える。
私もグレンから離れて彼の近くに歩み寄った。


『おかえり、シェーン』
「おう、起きてたのか」
『今日は1番早起きだったのよ?』
「俺が起きた時いなかっただろ?」
『キャロル達と洗濯に行ってたの』
「そうか。いつも悪いな」
「シェーン、持って来てくれた?」
「あぁ。ご注文の水だ。煮沸してから使え」


アンドレアが水を降ろしているのを手伝っていると
森の奥からカールの叫び声が聞こえた。
走り出すリックとローリの後を追って
私も急いで森の中に入った。


「カール!?ベイビー、どこなの!?」
「ローリ待て!1人で走って行くな!」
「ママ!ここだよ!ママ!」
「カール!噛まれてない?」
「平気!噛まれてないよ!」
「あぁ…良かった…おいで」
「ソフィアもこっちに早く」


森の奥へと進むリック達に付いて行くと
そこには鹿を食べているウォーカーが…
男達がウォーカーに襲いかかる。
シェーンもリックも、みんな頭を潰さないと
だめだって分かってるのにどうしてそう……

デールがウォーカーの頭を胴体と切り離し
なんとか男達は落ち着きを取り戻した。


『グレン、危ないからもう少し離れて』
「あぁ、そうだな。うん、分かった…」
「はぁ…ここまで来るとは…初めてだ」
「きっと市内の食料が尽きたのさ」


その時、森の奥から更にガサガサと音が…
私を含め全員が警戒し、武器を構える。
出てきたのはダリル・ディクソンだった。
彼は私達を見て一瞬、驚きの表情を見せたが
ウォーカーに気付き、顔を思いっきり顰めた。


「くそったれめ…俺の鹿だぞ!?
 横取りしやがって!病気持ちの化け物め!」


"膿野郎"と罵りながらウォーカーを蹴る。
私達と別れてからずっと追いかけていたのなら
怒る気持ちも分からなくはないけど…
ちょっとやり過ぎじゃないかとも思う。


「落ち着いてくれ、ダリル」
「黙れじいさん。マヌケな帽子を脱げよ」


完全に八つ当たりだ。
こんなに興奮していて大丈夫だろうか…?
メルルのことを伝えなくちゃいけないのに。


「何マイルも追ったのに…やっとシカ肉に
 ありつけると思ったのにこれかよ!!?
 噛んだ所だけ切り捨てて食べてみるか?」
「それでも危険なことに変わりはない」
「もったいない…だがリスならある。」


ダリルは"これで我慢だ"と言うと歩きだした。
ウォーカーのすぐ側を通る時、ダリルの匂いに
反応したのかウォーカーが声をあげだした。


「イヤだわ、気持ち悪い……」
「何やってんだよ?脳味噌をつぶせ」


"無能な奴らだ"と言うとメルルを探して
キャンプへと歩き出してしまったが、
私の隣を通り過ぎようとした時に
ふと立ち止まって私の手元を見つめた。


「そのスカーフはお前のか?」
『……だとしたらなんなの?』
「近くの木に縛り付けてあった。
 キャンプの場所がバレるから
 遠くに縛るのはよせ。これは返す」


そう言うと何枚かの黄色のスカーフを渡して来た。
確かに私が市内から持って帰ってきた物と同じだけど…
私が持って帰ってきたのはこれ1枚だけなんだけど……

そう思ったけど、反論する暇も与えず
ダリルはメルルを探して行ってしまった。
さぁ、ここからが本当の戦いの始まりだ。


「出て来いよ、兄貴!リスを捕ってきた!」
「ダリル。ちょっと話がある」
「なんだ?」
「メルルのことだ…市内で問題があった」


シェーンの言葉と表情を見たダリルは
一同の顔を見渡した後、何かを悟った様に
顔を伏せて、そっと言葉を発した。
その彼の様子に誰もが胸を痛めただろう…


「死んだのか…?」
「分からない」
「どういうことだ?」
「単刀直入に言おう」
「…あんたは誰だ?」
「リックだ。」
「よしリック、話してもらおう」
「メルルは危険だった。だから屋上に手錠をかけた。まだそこに…」
「……理解できねぇ。手錠をかけたまま置き去りに?」
「そうだ……」


ダリルは目に浮かんだ涙を拭う素振りを見せた。
リックにリスを投げつけると殴りかかったが、
すぐにシェーンのタックルで跳ね飛ばされた。
それから保安官2人に押さえつけられてしまった。
いくらダリルが強くてもずっと相棒だった
保安官2人のコンビネーションには勝てなかったようだ。


リックがダリルに冷静になる様に語りかけ
落ち着いたのを確認するとダリルを解放した。


「君のお兄さんは協調性がなかった」
「リックは悪くない。俺が鍵を落とした」
「落としたなら拾えよ…」
「排水溝に落とした。」
「言い訳にならねぇ!」
「ドアにチェーンをかけた。南京錠もだ。」
「きっと無事だ」


リックのダリルを気遣う眼差しが彼を見つめる。
でもきっと気休めにしかならない。
生きていたとしても水も食料もないメルルが
今もまだ無事だとは限らない……


「バカ野郎ども!場所は?助けに行く!」
「夫もいく。そうでしょ?」
「あぁ……助け出そう。」


納得のいっていなさそうなローリ。
不機嫌を隠そうともしないシェーン。
戸惑う私達を尻目にダリルとリックは
着々とメルルを助けに行く準備を進める。
シェーンは必死にリックを引きとめようと
色々リックに詰め寄ってはいるけど、
"メルルごときに"という言葉は頂けない。


「おい、言葉に気を付けろ」
「正直に言っただけだろ?
 メルルは平気で人を見殺しにする」
「奴がどうであれ俺は見殺しには出来ない。
 野ざらしにされてる。捕らわれた獣の様に
 みすみすと死なせるわけにはいかないんだ」
「あなたとダリルで行くの?」
「………」


リックは黙ってグレンを見つめる。
その視線の意図に誰もが気付いた。
もちろんグレンと隣にいた私も…


「勘弁してくれ」
「君は市内へ何度も行って無事に戻った
 君が一緒なら心強い。彼女も安心する」
「三人で救出作戦か」
「四人だ」
「頼りにならねぇよ」
「他に誰も奴を救いたいと思ってない」
『待って。誰か忘れてない?私も行く』
「エリー、君まで来る必要はないよ」
『いいえ、行かせて。メルルの事は…
 あそこにいた皆に責任があると思うわ。
 捜索には1人でも多い方がいいでしょ?』
「ここにいる全員を危険に晒すんだ。
 またウォーカーがここまで来る!
 全員いなければキャンプを守りきれない」
「ここに必要なのは武器だ」
「あぁ、そうだ。武器は必要だ」
『そういえばリック持ってなかった?』
「持っていた?何をだ?銃のことか?」
「散弾銃6丁、ライフル2丁、拳銃が大量
 署から持ち出したが、市内で奴らに囲まれ
 放り出してきてしまった。あれが必要だ。」
「弾は?」
「700発だ。種々ある」
「あそこは地獄よ。そこへ戻ると言うの?」
「パパ。行かないで」
「武器が何?シェーンは正しい。メルルなんて…
 命を懸ける価値はないわ。私は納得できない!」


ローリの言いたい事も分かるけど…
ダリルが近くにいるのにそんな大きな声で
言うべき言葉ではないことは確かだ。
リックはローリに自分を助けてくれた親子の事を
静かに語り出した。彼らも命の恩人だと。


「彼らもアトランタに向かう。伝えなくては…」
「どうやって危険を伝えるつもりなの?」
「トランシーバーを渡してある。連絡を取り合い
 合流するつもりだった。それは、バッグの中だ」
「ここにある無線を使えば?」
「あまりに古くて周波数が合わないんだ」
「俺を救ってくれた彼らの為にもバッグが必要だ」


"行ってくる"そう言ったリックを
カールは強いまなざしで見つめると頷いた。
私もカールの様な息子が欲しいな…なんて。


「エリー、行く準備は出来た?」
『えぇ。私ならいつでも行けるわよ』
「じゃあ先に車に乗って待ってよう」
『そうね。もう少しかかりそうだし』


雰囲気からして、リックを引きとめるのは
諦めたらしいけど長引くかもしれないから
先に車に乗ってのんびり待つ事にしよう。

案内をするからと助手席に向かったグレン。
私は大人しく後ろの席に座っておこう……
扉を開けるとそこには既にダリルがいた。
なんだか気まずい……

ダリルのななめ前に静かに座った。


『ねぇ。メルルの事、ごめんなさい。
 本当に……今度こそ全員で帰ろう』
「ふん。あいつが来るから来たんだろうが」


うそでしょ?やだ。ダリルにもバレてるの?
あぁ、そういえばダリルにはグレンを守る事が
私の最重要項目だって自分から話したんだっけ?


『この旅の最重要項目はメルルを助けること。
 状況がどうであれ、私達は過ちを犯したもの…』
「どうだか。兄貴とあの中国人が危険な目にあったら
 お前は迷わずあいつを助けるだろうよ。兄貴じゃなく」
『グレンは韓国人よ。中国人じゃないわ』
「どっちでもいい。俺には関係ないね。」


ダリルはそう言うと黙って外を見た。
リックやTドッグがこちらに向かっている。
メルル救出部隊、出発の時だ。





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