町に戻るとリックから話を聞いたキャロルが
ダリルをシャワールームに押し込んだのは
言うまでもないだろう……


「夕食前に全員、シャワーを浴びて。
 今日は教会に夕食を持って行って食べましょう」
『わざわざ教会で食べるの?』
「えぇ。お酒もあるし、住民全員で。どう?」
「いいわね!久しぶりにパーティでもしましょう!
 最近…色んなことがあったから…元気になるわ」


マギーの言葉に最近の出来事を思い返した。
私はずっと町にいなかったからその悲惨さは
想像でしかないが、今まで平和だった町の
住民にとっては地獄そのものだったかもしれない。
物資にも余裕がある訳じゃないけど、今日くらい…


「空いたわよ。次は誰が入る?」
「先に入って来ていいかしら?」
『えぇ、もちろん。いいわよ』
「ありがとう。お礼に出る時にお湯貯めておくわ」
『本当?嬉しい!ありがとう、マギー』


マギーは笑顔でシャワールームに向かった。
私はキャロルに夕飯を作る手伝いを申し出た。


『手が空いたし、手伝いましょうか?』
「……ふふ、いいえ。シャワーを浴びるまで
 キッチンへは立ち入り禁止よ。あっちにいて」
『あぁ、そうね。了解』


キャロルの悪戯っ子の様な笑みを受けて
リビングに戻るとダリルが家を出て行くのが見えた。


『カール、ダリルはどこに?』
「さぁ?すぐ戻るって言ってたよ」
『そう。あ、お土産があるのよ!』
「本当?僕も本当は行きたかった…」
『カールはもう少し体調が安定しないと。
 すぐにお土産取って来るから待っててね』


放りっぱなしにしていたバックパックを掴み
カールとジュディスの元に戻るとお土産を出した。


『まずはジュディスにじゃじゃーん!
 着るだけでキャラクターになれる服よ!
 可愛いでしょ?パーカーも貰って来た』
「わぉ!きぐるみ みたいだ!可愛い!」
『それからプリンセスのドレスと髪留めね。
 もう少し大きくなったら必要でしょ?
 あとこれはプリンセスの絵本。読んであげて』
「あー!きゃっきゃっ」
「ジュディスが喜んでるよ」
『プリンセスの魅力がもう分かるの?』


小さなプリンセスの人形を持って振り回すジュディス。
楽しそうなジュディスにカールと顔を見合わせて笑った。


「ありがとう、エリー。
 こんなにたくさんお土産をくれて」
『あぁ、待って。カールとイーニッドにもあるの』
「え、本当に?エリー…何の調達に行ったの?」
『あはは!痛い所突かれちゃったな。
 これ知ってる?ある映画に出てくるロボットを
 組み立てられるおもちゃのキットなの。
 あと、ハンドスピナーとラジコンも持ってきた。
 これはイーニッドに本とノートとペンよ。渡してあげて』
「ラジコンも組立式なの?」
『そうみたい。パーツを組み立てるだけね』
「これから平凡な毎日を飽きずに過ごせそうだよ」
『それは良かった。イーニッドともこれで遊んで』
「うん、ありがとう」
「エリー。シャワー空いたわよ」
『ありがとう、マギー。カールまた後でね』
「着替えは私が用意しておくわ。
 エリーにぴったりのワンピースを見つけたの」
『本当?嬉しい!ありがとう』


私はルンルン気分でお風呂に入った。
マギーが貯めてくれたお湯に浸かり疲れを取る。

はぁ……極楽だぁ…
これに入浴剤があれば完璧なのになぁ…
アメリカは"お湯に浸かる"という文化がないから
入浴剤もそこらへんに売ってる訳じゃないし。
もうずっとお目にかかってない。
日本食が食べたいな…米…味噌汁…
……米って栽培出来ないだろうか?
出来ないよねぇ…稲がないもんねぇ…

そんな日本食への想いを膨らませながら
今日手に入れたシャンプーで体と頭を洗い
シャワーを出て、マギーの用意してくれた服を着た。
用意してくれたワンピースは膝上丈で
白地に赤の花と緑の葉がプリントされた物だった。
くびれの部分できゅっと締めてあり、お洒落だ…


「エリー、出たのね?」
『マギー!これすっごく可愛い!』
「気に入ってくれた?」
『もちろん!気に入らないわけがないよ!』
「良かった。ついでに髪も編ませてくれる?
 昔はよくベスの髪をアレンジしてあげてたの」
『お願いしてもいい?不器用で出来ないから…』
「任せてちょうだい!ダリルが惚れ直すくらい
 可愛い三つ編みアレンジにしてみせるわ!!」


マギーが髪を乾かしてから私の髪を櫛で梳かし
慣れた手つきでアレンジしてくれる。
なんだかお母さんを思い出すなぁ…
同じ年のマギーにこんなこと失礼かもしれないけど。


「出来たわ」
『見て来てもいい?』
「もちろん」


洗面所の鏡の前に立つ。
なんだか、いつもの私じゃないみたい!


『マギー!あなたって本当もう最高!』
「気に入ってくれたのね。良かったわ」


マギーに駆け寄って抱きつくと嬉しそうに笑うマギー。
私は急いでリビングにあるカメラを取りに行って
マギーと2人で写真を撮った。
"天才ヘアスタイリスト・マギー"と書いて
今日の調達で手に入れたアルバムへとしまった。
また時間を見つけて今まで写真も整理しないと…


「ダリルは部屋にいるそうよ。見せてきたら?」
『見せてくるわ!本当にありがとう、マギー!』
「いいのよ。私はキャロルの手伝いをしてくる」


マギーと別れて、ダリルがいる部屋に向かう。
"コンコンコン"とノックをしてから中に入った


『ダリル?』
「エリー…それ…」
『マギーよ。彼女は天才スタイリストなの!』


ダリルは黙って頷いた。
…どうしたんだろう?
さっきからダリルの様子が変だ。

ベッドに座っているダリルの隣に座り、彼の手を握った。


『どうしたの?何かあった?』
「エリー…お前に話したいことがある」
『うん。言って?』


ダリルの左手に乗せた私の手に、ダリルが自分の右手を乗せた。


「俺は…今まで兄貴と2人でいいと思って生きてきた。
 身を固める柄でもねぇし、家族なんて必要ねぇと思ってた。
 だが…リック達やエリーに出会って、家族を知った。
 いつかキャロルが言ってた様に、人を愛することを学んだんだ」


そこまで言うと今まで下を向いていたダリルは
私の手を強く握って、私の顔を見た。


「誰よりもエリーのことを愛してる。
 俺はグレンみてぇな良い旦那になれるかは分からねぇ…
 それでも死ぬまで俺の隣にいて欲しいのはお前だけだ」


ダリルのまっすぐな瞳から真剣さが伝わって来る。
この人はどうしてこんなに私の心を掴んで離さないんだろう?
これ以上好きにならせてどうするつもりだと言うのか…
ダリルの言葉が嬉しくて、私の目に涙が浮かぶ。


『私だって、ずっとダリルの隣にいたいよ…』
「俺は神は信じてねぇが、家族の前で誓わせて欲しい。
 みんなには教会に来て欲しいとリックから伝えてある」
『だから…キャロルが教会でご飯食べようって…?』
「まぁ、そういうことだな…」
『サプライズ成功だね』


ダリルは私の目から涙を拭きとると優しいキスをした。


『このこと、お兄ちゃんも知ってるの?』
「あぁ、ハリーにも了承は得てる」
『本当?』
「リックとグレンがそうするべきだと。
 グレンもハーシェルに許しを得て結婚したらしいしな」
『お兄ちゃんになんて言ったの?』
「そのままだ。エリーと結婚してぇって言った」
『ダリルらしいね。……ダリル、本当に私でいいの?』
「お前じゃないと意味ねぇだろ」
『うん…ありがとう。大好き』


ダリルに抱きつくとぎゅっと抱きしめてくれた。
少しの間、くっついていたけど、ダリルが離れて
私の額にキスをするとベッドから離れた。


「教会で待ってる。顔を洗ってから来い」
『うん、分かった。すぐ行くね』
「ゆっくりでいい」


ダリルが部屋を出て行った。
私は洗面所に向かい、頬をつねってみる。
痛い……これは夢じゃないんだ……
私は今日、エリー・カルメンから
エリー・ディクソンになるんだ…
まさか自分が国際結婚するなんてね。

目を少しだけ冷やして、タオルで拭いたら
家には誰もいなかったから1人で教会に向かった。
教会の扉の前にはお兄ちゃんが立っていた。


「待ってたよ、エリー」
『ふふ。お待たせお兄ちゃん。』
「今日は一段と綺麗にしちゃって」
『マギープロデュースよ。素敵でしょ?』
「あぁ、凄く似合ってるよ」
『ありがとう』
「まさかエリーまで国際結婚するとはな」
『さっき私も同じ事考えてたよ』
「父さんや母さんにも見せたかった…」
『きっと見せられるよ…日本は島国だし』
「あぁ、そうだな。写真に残そう」


そう言うとお兄ちゃんはカメラを振って見せた。
2人で並んで、セルフタイマーで写真を撮った
"エリー・ディクソンになった日"
お兄ちゃんがそう書いてポケットにしまった。


「後でアルバムに入れよう。さて、行こうか?
 向こうで家族のみんなと旦那様がお待ちかねだ」
『まだ"旦那様"って聞くと執事みたいな気分になる』
「なんだよ?日本で言う"オタク脳"か?」


お兄ちゃんの腕に手を回して笑い合う。
そしてお兄ちゃんが扉を開けると……
そこにはみんなの眩しい笑顔と拍手があった。
そして向こう側には私の愛しい人。ダリル。

ヴァージンロードをお兄ちゃんと歩き、
ダリルの所まで来ると、ダリルの腕に手を回した。
最後にお兄ちゃんを見るとどこか寂しそうな顔だった

神父・ゲイブリエルの前に来ると
彼は優しくほほ笑んで聖書を開いた。


「ダリル・ディクソン。エリーを妻とし、幸せな時も、
 困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、
 健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、
 貞節を守ることをここにいる家族に誓いますか?」
「……あぁ、誓う」
「エリー・ディクソン。ダリルを夫とし、幸せな時も、
 困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、
 健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、
 貞節を守ることをここにいる家族に誓いますか?」
『はい、誓います』
「それでは指輪の交換を」
『指輪…?』


するとマギーとグレンが指輪を持って歩いてくる。
どこでペアの指輪なんて見つけてきたんだろう…?
嬉しくてまた泣いてしまいそう…


「さぁ、指輪を取って」
『ありがとう。マギー』


私はマギーから指輪を受け取り、ダリルの左薬指に
そしてダリルはグレンから指輪を受け取り
私の左薬指にはめた。


「それでは最後に誓いのキスを」
「エリー。ずっと側にいろ。俺が守ってやる」
『うん、ダリルの側をずっと離れないよ』


ダリルは私にキスをした。

それから私達はみんなからお祝いの言葉をもらい
教会でお酒を飲みながら夕食を食べた。
私はきっと世界で1番の幸せ者に違いない。
心の底からそう思った。


「エリー、ダリル。僕とジュディスは先に帰るよ」
「私達もそろそろ失礼するわ。2人とも本当におめでとう」
『本当にありがとう』


カールとジェシー家族、デニース、オリビア、イーニッドは
私達の元に来て改めてお祝いの言葉をかけてくれた。

カール以外のメンバーが出て行き、カールは再びこちらを見た。


「ダリル、やっとエリーに言えたんだね」
「うるせぇぞ、カール」
「ははっ。子供の僕でも焦れったかったよ」
『もっと言ってやって、カール』
「おい、エリー」
「エリーを幸せにしてね。絶対だよ」
「……あぁ。当たり前だろ」
『私はもう充分、幸せだよ?』


リックに似たまっすぐとした眼差しを見せるカール。
そんなカールにダリルはしっかりと頷いて返事をした。


「エリー、ダリルが嫌になったら僕がいるからね」
『ふふ、本当?カールのお嫁さんにしてくれるの?』
「うん、エリーならいいよ」
「歳が離れすぎてるだろうが」
「ダリルとエリーだって離れてるでしょ?」
「俺はいいんだ。お前にはまだ早い」
「こんな世界で早いも遅いもないよ」


2人を見て、つい笑いを抑えられない。
笑っている私の肩をダリルが抱いた。


「とにかくエリーは俺のだ。誰にもやらねぇ」
「はいはい、分かってるよ。そのまま離さないでね」
『カール、本当にありがとう』
「どういたしまして。いつまでも幸せにね」


カールとジュディスにお休みと言うと
他の住民と共に教会を出て行った。


「そろそろお開きにしようか」
「そうね。もういい時間だわ」


リックとキャロルの言葉に受けて
みんながもう一度、私達にお祝いの言葉をくれる。
私もみんなにお礼を言ってダリルと共に教会を出た。
今日の後片付けはみんなでしてくれるそうだ。

部屋に戻り、寝る準備をしてダリルとベッドに入る。


『ダリル、本当にありがとう。私、凄く嬉しい…』
「あぁ…これ、失くすんじゃねぇぞ」


ダリルは私の左手の指を触った。


『もちろん。絶対失くさないよ。
 そういえばこのペアリングどこで?』
「ショッピングモールだ。今日調達した」
『ブランドコーナーで?』
「あぁ。マギー達にも助けてもらったけどな」


みんなからあれこれ言われながら
ペアリングを選ぶダリルの姿が目に浮かんだ。


『ありがとう。私、とっても幸せだよ』


にこりと笑ってダリルを抱きしめると
彼もぎゅっと抱きしめ返してくれた。
ダリルと心を交わし始めたばかりの頃は
ハグという行為ですらあんなに戸惑っていたのにな…
なーんて昔のことを思い出していた。


『ふあぁ…そろそろ寝よう』
「何言ってる。新婚初夜だぞ?やることは1つだ」
『……し、新婚初夜って言ったって今まで何度も
 一緒に夜を過ごしてきたじゃない…?だから―』
「関係ねぇ。いいからもう黙ってろ」


ダリルに少し強引にベッドに倒されると
噛みつくような、挑戦的なキスが降って来る。
あぁ、これは今日はなかなか寝かせてもらえないな。
そう思いつつ、彼の熱に応えた。


私達の新婚初夜は甘く、激しいものとなった。





[ 174/216 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]