「それぞれが役割をきちんと確認し本番に備える!
 本番とほぼ同じ動きでやる!気を引き締めてくれ!」


目の前には無数のウォーカー。
私の予想を遙かに超えるウォーカーの数、
リックの演説を受けて、一気に緊張感が増す。

怖い…みんなを信じてはいるけど、怖い物は怖い。
仲間が全員無事にやり遂げられるのか、
誘導するダリル達が無事に戻って来られるのか、
私自身が生きて帰る事が出来るのか…
堪らなく怖くなって私は自分の服をぎゅっと握った。

そんな私の手にぬくもりが…
この大きくてゴツゴツした温かい手はダリルだ。
彼を見上げると、目線はリックに向けたまま…
私はダリルの手に自分の手を絡めた。
ぎゅっと握ると力強く握り返してくれる。
それだけでなぜか少し安心出来た。


「正気とは思えないだろう?だが狂った世界だ。
 奴らにやられる前にやる。至って単純だ!
 明日、ここから始める!
 トビンがトラックを動かし、抜け道を作る。
 その後、"赤"でチームと合流し道の西側で待機。
 ダリルはバイクだ。サシャとエイブラハムは―」
「見て!!」


サシャが叫び、指差す方に目を向けると
トラックの足元から崩れ、一部が決壊した。
ダリルは最後に私の手をぎゅっと握ると
クロスボウを構えて"エリーは下がれ"と言った。
すぐに下がってグレンの近くへ行く。


「今すぐ実行する!トラックに乗れ!」
「でも、まだ準備が……!」
「サシャ!エイブラハム!」
「分かってる!任せて!」
「ダリルがおびき寄せる」
「"赤"で合流よ!」
「俺は例の所へ、エリー!」
『いますぐ行こう!』
「奴らをおびき出す。ヒース、頼む」
「俺も行かせてくれ!」
『グレン…!』
「従うか?」
「あ、あぁ…!」
「行くぞ、ついてこい!」


グレンが先頭で走りだした。
続いてヒースとニコラスが続く。
私は2人に聞こえない様にグレンに話しかけた。


『本気?彼を連れていって役に立つと思う?』
「彼にもチャンスをやるんだ。彼は変わった」
『……何度も危ない目に合わされたのに…?』
「俺もエリーもはじめから強かった訳じゃない。
 外にいたから強くなるしかなかっただけだ。
 彼だけじゃなく、他の住民も強くなれるさ」


グレンの言葉に私はしぶしぶ頷いた。
そんな私を見てグレンは笑うと私の頭を
くしゃくしゃと撫でて、また前を向いた。


「それぞれが役割を果たし集合場所へ
 ダリルが誘導する。サシャ達は坂の下で合流。
 グレン、エリーチームはトラクターの奴らを
 片付けてから合流だ。全員、最新の注意を払え。」


リックからの無線を聞きながらグレンと先頭を走る。
出来る限り目の前に現れたウォーカーは
私とグレンで率先して倒した。
ニコラスがパニックにならない様に…
こんな所でパニクッたらそれこそ置いてくけど!


「グレン、急いでくれ。
 音で奴らが道をそれる。応答せよ」
「リック、今着いた。すぐ開始する」
「よし…頼んだぞ」


トラクターに着くとヒースが"大量だ…"と呟く。


「こいつらを黙らせる」
「どうやって?」
「数体ずつ外に出す」
『扉はあっちよ、グレン』


グレンと扉まで行くとすぐ2人も付いてきた。


「ニコラス、ドアへ
 1〜2体ずつ出せ。それを繰り返すんだ」
「ウォーカーが流れ出たらどうする?」
『全力で倒すしかないわね』
「ダメなら裏の森へ誘い、道から遠ざける」
「彼の言う通りにすれば問題ない。
 ……彼らは俺やエイデンとは違う…」
「予行演習のはずだったのに…」
「想定外の展開だが、ダリルが奴らを引き連れて通る。
 音がしたら奴らが道をそれる。やるしかないんだ…」
「あぁ、分かった…やろう」
「おーけー。3でいくぞ…」


グレンのカウントで扉をこじあけるが
そこにはシャッターが下りてしまっていた。
きっとウォーカーを閉じ込めたのだろう…


「くそっ…!」
「これじゃ奴らを出す事が出来ない!」
『……グレン、ガラスを割るしかない』
「…そうだな。危険だがそれしかない」
「本気で言ってるのか!?無茶だ…!」
「無茶なのは分かるが、他に手がない」
「中には10体以上はいるぞ…」
「エリーはあの車の屋根から狙え。
 俺達は離れて、それぞれが引きつける」
「3人で?」
「いや、俺とヒースだ。君は後ろにいろ」
『私の車の近くにいてくれたら守れるわ』
「なにかあったらリックに連絡する係だ」


私はグレンに指示された車の屋根に登り
うつ伏せで寝転び、ライフルを構えた。
ニコラスは無線を受け取るのを渋っていたが
グレンに"下がってろ"と言われてしぶしぶ従った。


『位置的に目の前に来た奴らは援護できない。
 自分の目前にいるウォーカーは自分で倒してね』
「あぁ、分かってる。……いいか?」
「ダメと言ってもやるだろ?」


グレンがガラスを割ると次々とウォーカーが出てくる。
それぞれが銃で応戦するも、なかなか厳しいものが…


「くそっ…」
『ヒース!』


ヒースのすぐ目の前にウォーカーが迫るが、
私の位置からだとヒースを撃ってしまう。
屋根から飛び降りて助けに行こうとした時
ニコラスがヒースを助ける為に動いたのが見えた。

見事、ニコラスはヒースを助けた。
私とグレンは彼の変わり様に驚きを隠せない。

そして最後の一体が建物から出てくると
ニコラスは決意のこもった瞳でグレンを見た。


「……やれ」


グレンがそう言うとニコラスは勇敢に進み出て
女のウォーカーの頭にナイフを突き刺した。


『……やるじゃん』
「言っただろ?彼は変わった」
『そうみたいだね。驚いたよ』
「よし、じゃあ行こう。」


グレンはニコラスから無線を受け取ると私に差し出した。
なぜ私に差し出すのか意味が分からず、首を傾げる。


「エリーが連絡してくれ。正直、疲れた。
 それに君の声が聞こえたらダリルも安心する」
『……ありがとう。グレン』


どこまでも優しいグレン。
グレンから無線を受け取るとスイッチを入れた


『こちらグレンチーム、エリー。
 トラクターの奴らは問題なく殲滅完了。
 今から4人で"緑手前"に向かう。オーバー』
「こちらリック。よくやった。"緑手前"で待つ」


無線を終えるとグレンに渡し、再び走った。
汗が噴き出してきて止まらない……
あぁ、早くシャワー浴びたい。

無事に緑の手前に着くとみんながいた。
こちらのメンバーも問題はなさそうだ。
リックとカーターが握手をしているのを見て
自然と顔がほころぶのを感じた。


「最後の仕上げだ。道をそれる奴がいないか
 四方に分かれて見張る。グレンは後方を頼む。
 無線はあるな?それたら発砲し起動修正させる」
「俺は前へ」
「間隔を開けろ」


リックの言葉に散り散りに散らばる。
私は後方のグレンとミショーンの間を担当した。
しばらくは問題無く進んでいたが、突然叫び声が…


『この声は…カーター…?』
「まずいよ。道をそれはじめた」
『叫び声が止まない…噛まれた?』
「かもね。様子を見てくるからここは頼んだよ」
『うん、分かった。ウォーカーに気を付けてね』


ミショーンは頷くと先頭へ向かった。
振り向いて後方のグレンにサインを送り
私達は森に紛れ込んできた奴を殺した。

声がするのは前の方だからこちらの数は少ない。
でも声と銃声のせいで集中力のない奴らが増えた様だ…


『……声が止んだ…』
「エリー、もう平気そうだ」
『なんだったんだろう?』


2体のウォーカーを相手にしていると
後方からグレンが助っ人としてやってきた。
すぐにトビンとリックの会話が無線から聞こえる。
やっぱりカーターは噛まれてしまったのか…
分かりあえたばかりなのに…非常に残念だ。

そう視線を落としたが、グレンに背中を叩かれ
急いで顔をあげてウォーカーに目を光らせた。
また先程よりは近めに間隔を開けていると
突然、大きな音が森全体に鳴り響いた。


『一体、なんの音!?』
「なんなんだ!?」
「クラクションだ…後方が崩れる…」
『待って。この方角って……家…?』
「とにかくリック達と合流するんだ」


近くにいたヒースも集まって前方へと走る。
リックとミショーンを見つけた。


「トビン、止まらない。発砲しろ」


リックの無線にトビンは反応しない。
ウォーカーは次々と森の中へ…
ミショーン、グレンに続いて退治に走る。
このまま奴らを家に向かわせるわけにはいかない…!


「くそっ、半数以上来るぞ…!」
「奴らは歩きよ。走れば追いつかれない」
『先回りしてまたどこかへ誘導?』
「あぁ、RV車とエリーのバイクでやる」
『分かった。急ごう』


走っているとすぐ無線が入る。
リックは状況を説明しながら走った。
エイブラハムの声の後、ダリルの声が聞こえる。
良かった…彼は無事に群れを導いているらしい


「俺も戻ってそっちを助ける」
「いや。お前は群れを導いて進め。
 それた奴らはこっちで対応する。
 ………ダリル。分裂させないでくれ」
「分かった。そっちは頼んだ」


リックは無線を切ると全員を集めた。


「聞いてくれ、新たな作戦だ。
 俺とエリーはRV車とバイクでレディング通りへ。
 そこからそれた半数を導き、ダリル達に合流させる」
「2人で行くのか?2人だけじゃ危険だ」
「平気だ。2人で十分だ。それより町に戻れ
 グレン、ミショーン。ちょっとこっちへ…」


リックは2人を連れてみんなから離れた。
彼が言う事はなんとなく想像出来る。
グレンはデール直伝のかなりのお人好しだし、
ミショーンだって他人を見捨てることはしない。
自分を犠牲にするなと言いたいんだろうなぁ…


彼らを見つめ、振り向いた瞬間、
ウォーカーが近付いているのが視界に入った。


『ウォーカーよ!危ない!!』


叫んだが間に合わず、住民の喉元に噛みつかれた。
急いでリックが彼からウォーカーを引き剥がすが、
喉から血が吹き出て、苦しそうに顔を歪めている。
ミショーンが楽にしてやろうと頭に剣を刺した。


「無事に戻れ」


リックは"行くぞ"と言うと走り出した。
私も彼らに"元気な姿で町で会おう"と告げ
慌ててリックの後を追って走り出した。


黙って車とバイクが置いてある所まで走り続ける。
この炎天下で走り続けるのはかなりキツい。
しかもリックの足の速いこと速いこと…
置いて行かれない様にするので必死だ。


「エリー、あいつらを頼めるか?」
『あぁ、了解。止まって撃つね』
「頼む。俺は死体から物資を探す」


目の前には死体を食べるウォーカー。
立ち止まり、息を整えながらライフルを構えた。
リックが辿り着く前に頭を貫き、リックは物資を捜した。
私がリックの所に辿り着くとちょうど物資をかばんに
詰めている所だったので急いで息を整えた。


「行けるか?」
『うん、もちろん』
「よし、後少しだ」


再びリックと走り続け、車の場所へ辿り着いた。
隣にはダリルが直してくれたバイクも置いてある


「エリー、水だ。飲んだら行こう」
『お水!ありがとう…!』


リックとゴクゴクと飲み干してバイクに跨った。
そしてリック先導で予定地点へと進んだ。
問題無く予定地点まで来ると、一度車に乗り込んだ


『まだ誰からも連絡はない?』
「あぁ、今からグレンに連絡してみる」


リックが無線を手に連絡を始めた。
私は助手席に座って、ふと下を見たら何か落ちている。
……なんだろう?何か光る物?

拾おうとして下に潜って手を伸ばしていると
急に大きな音とリックの苦しむ声が聞こえた。
そして私の方に投げ出された無線機。
なんだ!?と思って出て見ると男が2人。
リックを殺そうとしているのが目に入る

どうしよう、どうすればいいの…?
頭を撃ち抜けばリックに貫通してしまうかもしれない…
私はサプレッサー付き銃を構え、リックを押さえている
男性の足に銃弾を撃ち込んだ。

男性の叫び声が響き渡り、拘束がゆるくなったリックは
目の前の男を撃ち殺すとくるっとこちらを向いた。

まずい…隠れないと貫通した弾が飛んでくるかも!
そう思い急いで助手席に隠れると、またひとつ銃声がした。


「リック!おい、リック!」
『リックは無事!襲われたけど撃退した!』
「……エリーか?」
『そう、2人でRV車に乗ってる!
 道をそれたウォーカーを車とバイクで
 そっちに合流させる予定だから、後で会おう』
「エリー!無線を切れ…!」
『えっ、なに?』
「いいから切れ!」
『また連絡する。オーバー』


リックの方を向くと、ミラーを指差した。
明らかに味方じゃない人達が近付いてきている


『……こいつらの仲間…?』
「恐らくな。しかも見ろ」
『これ…アーロンが持ってたジャム…』
「こいつのポケットから出てきた」
『じゃあ…あのクラクションの音は…』
「町が襲撃された。あいつらは敵だ…」
『どうするの?リック。
 あの人数に2人じゃ不利だよ…?』


リックは黙って男達が持っていた銃を取ると
車越しに向かってきた人達を乱射しはじめた。
私は車の中においてあったバックパックを取り
リックが銃を撃ち終わると外に出て
敵と思われる彼らの体から物資を頂戴した。


『リック、まずいよ。銃声で奴らがもう来てる』
「あぁ…分かってはいるんだが…エンジンが…」
『かからないの?こんな時に故障しちゃった?』
「どうやらその様だ……くそっ!こんな時に…」
『リックはここに隠れていて。私だけで奴らを』
「ダメだ。そんな危険なことはさせられない…」
『でもこのままここにいたってしょうがない!』
「少し考えさせてくれ…どうすればいいのか…」
『そんな時間もないよ…?すぐそこまで来てる』


考える姿勢になったリックに"すぐそこにいるね"
と声をかけて車から離れた所でウォーカーを殺した。
リックが作戦を考えるまでの時間稼ぎをしなきゃ…

でもゾロゾロと終わりの見えない戦いは限界が近い。
そろそろどうするのか決めて貰わないと逃げられない


『リック!そろそろ決めないと時間がない!』
「エリー、本当に1人で群れを導けるか?」
『うん、もちろん!もちろんだよ、リック!』
「よし…ここで別れよう。エリーは奴らを導いて
 ダリル達と合流後、町に戻ってきてくれ。いいな?」
『リックはどうするの?ここに隠れてやり過ごすの?』
「いや…危険だが…走って町に戻る。町の事が心配だ」
『あのウォーカーの中を走って戻る!?そ、そんなの…』
「平気だ。奴らはトロいから走れば追いつかれない」
『でも少なからずとも町に連れ帰ることになっちゃう』
「議論している暇はない。俺が先に出る。頼めるな?」
『うん…分かった……リック。絶対、無事に戻って…』
「エリーも気を付けてくれ…」


最後にリックとハグを交わすと、リックは飛び出した。
私もすぐに出てバイクに跨り、エンジンをかけた。
右の胸元にはリックから預かった無線を付けている。
リックを襲おうとするウォーカーを撃ち殺しながら
エンジンをふかしてなるべくこちらに注意をそらす。

そして私はウォーカーを連れて、長い旅に出た。




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