嘘でしょ…?
目の前のリックはトレンチコートを手に抱いている。
どうやら本気で"あの作戦"を決行するつもりらしい。


『リック、本気の本気でやるつもり?』
「世界一、最悪なアイディアだ……」
「その通りだ。リック、考え直そう」
「2重扉の1枚を既に破られてる!」
『時間がないのは分かるんだけど…』
「ウォーカーを運ぶの手伝ってくれ」


リックとモラレスが先程倒したウォーカーを
部屋の中に運び入れ、グレンが扉を閉めた。

ウォーカーを中心に全員、輪になった。
私もグレンの隣に立ったけど…
今から行う行為を思うと気が重い。
こう…想像するだけで胃がストライキを起こしそう。


リックが斧を振り上げ、グレンと私は顔を背けた。
……予想していた音がしない…
目を開けるとリックが青年の服を漁っていた。

ウォーカーとなった彼の名前、出身地、
所持金やガールフレンドのレイチェルの話をし
世界がこうなる前はスーパーボウルを楽しみにした
黄色のバンダナが似合うただの青年だったと言った。
いつか家族に彼のことを話すとも……

生きて会ったこともないウェインに感謝しよう。
今から私達をウォーカーから救ってくれるのだから…


『ねぇ、彼のバンダナをもらってもいい?
 綺麗そうだし、彼の事を忘れない為にも』
「あぁ。きっと彼も喜んでくれるだろう…」
「リック、もうひとつ…彼はドナー登録者だ」


グレンの言葉を合図にリックが斧を振る。
アンドレアも身を縮め、モラレスも神に祈っている。
ウォーカーを砕く音はとてもグロテスクで…
ゾンビ映画やミステリー、サイコスリラー映画も
見ることが出来る私ですら吐き気を催したくらいだ。


「代わってくれ」
「あぁぁ…吐きそう…」
「グレン、我慢しろ」
『リック…私も結構キツい…』
「頼むから吐く時は外で吐いてくれ」
『……我慢する…』


リックと代わったモラレスも頑張ってる。
私も、キツいけど、頑張る……


「手袋をしっかりはめて。目や肌には付けるな」


リックに言われてトレンチコートに
ウォーカーの血液を塗りたくっていく。
ジャッキーはリックの背中に、
モラレスはグレンの前と背中に、
アンドレアは私の背中に塗ってくれた。
あまりの光景に吐き気が止まらない…


『うぅ……』
「おぉ…なんてこった…あぁ…」
「他のことを考えろ、子犬のこととか…」
「死んだ子犬か…」
『Tドッグ!!』


Tドッグの発言にグレンが吐いてしまった。
今のは完全にTドッグが悪い。
グレンの背中をさするとグレンは右手をあげた。


「なんてこと言うの!?」
「今度言ったら彼を殴って」
「悪かったよ」
「…クソ野郎ぉぉ…」
『腸のネックレスなんてやだぁ…!』
「いいからこれを付けていて」
「死臭や腐敗臭がする?」
「……えぇ…」


グレンが何か悪態をついた( と思う )が
私にはなんて言ってるか分からなかった。
また今度グレンに悪口教えてもらお……

みんなの視線がリックに向かい、
リックは頷くと視線をウロウロとさせた。
保安官の彼でもこんな経験は初めてらしい。


「グレン、もしものために持って行って」


父の形見だと言っていたアンドレアの大切な銃を
グレンのズボンの前に挟むとトレンチコートを下ろした。
グレン、そして私を見てしっかりと頷く。
私も顔はしかめたままだけど、アンドレアに頷いた。


「よし…俺とグレン、エリーが戻ったら出発だ」
「リック、メルルはどうする?」


リックはTドッグに手錠の鍵を投げた。


「斧をくれ。もっと内臓が必要だ…」


再びリックは斧をウェインに振り下ろした。
グレンが吐いた場所に私も吐いたのは言うまでもない…


「よし……これくらいでいいだろう…」
『腐敗臭が凄い…これで行動するの?』
「そうだ。奴らに紛れて動くんだから」
「早く行こう…さっさと済ませよう…」


リック、グレン、私の順番で通りへと出た。
ウォーカーの様に足を引きずり歩きだす。
無情にも扉がバタンッと閉まる音がした…


凄い、リックは発明の天才かもしれない…
本当にウォーカーは私達に気が付かない。
横を通ろうが、至近距離にいようが無視していく。

私達は無事にトラックを潜り、目的地へ…


「うまくいくとは思えない…」
『どうして?うまくいってる』
「なるべく奴らに紛れるんだ」


再び黙って歩き出すと、雨が降ってきた。
顔が濡れるのを拭いたくても拭えない。
ここで変な行動をしてバレたら困る…
グレンのキャップが羨ましい…
私もキャップ被ってくれば良かった。


「死臭が流れ落ちるぞ…」
「大丈夫だ……」


グレンの言葉にリックはそう言ったが、
明らかにウォーカーの動きが怪しい。
何かを探しているような動きをしている。
……これ、普通にまずくないですか…?


「いや、ダメかも…」


そう呟いた瞬間、リックをウォーカーが襲う。
斧でウォーカーの頭を潰すと"走れ!!"と叫んだ。
そこからはウォーカー相手に必死の逃亡劇。
フェンスを越えて、トレンチコートを脱ぐと
グレンは鍵を取りに、私とリックは銃を構えた。
緊張でいつもより照準が危うい。
リック…外してばっかでごめん!!!


「リック!!行くぞ!!」


グレンが鍵をリックに投げ、トラックへ。
私達3人は全員無事に群れから逃げた。


『うそでしょ…フェンスが壊れた!!』
「見えてる!しっかり掴まってろ!!」


リックは急発進、急加速でその場から逃げた。
ウォーカーの遅い足じゃ追い付けないだろう


『どうやって戻ってみんなを救出するの?』
「あそこはウォーカーでいっぱいだぞ!?」
「正面に面した入り口から助け出すんだ!」
「でも…奴らをどう追い払う気なんだ!?」
「騒音だ。仲間に入り口で待つよう伝えろ」
『騒音って…音楽とか?』
「車の盗難防止アラーム音を使う」


なるほど……
やっぱりリックは賢い。
周りに奴らがいないことを確認すると
赤いスポーツカーの前で止まり、窓ガラスを割った。
途端に大きな音で鳴り響く盗難防止のアラーム音。
うるせっ!と日本語で呟いてしまったが、
グレンも耳を塞いでいて聞いていなかった。
…良かった。


「これに乗って大勢のウォーカーをおびき寄せてくれ」
「分かった。エリーはどっちに?トラックか?」
『スポーツカーに乗る。一番危険なんだから援護が必要!』
「あぁ、そうしてくれ。銃の弾はまだあるか?ナイフは?」
『あるよ。グレンもアンドレアの銃がある』
「よし…じゃあ仲間を助けに行こう。」


赤いスポーツカーの運転席にグレン、
助手席に私、トラックにリックが乗り込んだ。


「エリー!無線で連絡を頼む!」
『了解。……ハロー。みんな聞こえる?』
「その声はエリーか?今どこだ!?」
『今から助けに戻る!入り口で待ってて!』
「分かった!すぐ向かう!」
『了解!気を付けてね!オーバー』
「みんな来るな、よし。掴まってろよ」


グレンはアトランタの街を爆走した。
少し楽しそうにも見えるのは気のせい?

無事にみんながいるビルの前に着き、
ウォーカーを引き寄せて再び走り出す。
私も空き缶と空き缶をぶつけ合って音を鳴らした。


『凄い!!グレン!あなたレーサーになれたんじゃない!?』
「やっほぉー!!このスポーツカーすっごく気持ちいい!!」


グレンの運転テクニックに目をハートにして
はしゃいでいるグレンと一緒にはしゃいだ。
アトランタ内を爆走した後は山の上の
キャンプに向かって走り出した。


「エリー、見ろよ!リック達だ!」
『助手席にはモラレスがいるわ!』
「おーい!!ひゃほーう!!」


グレンが窓を開けて叫ぶと、リックとモラレスは
ぎょっとした顔でこちらを見た後に、眉間にシワを寄せた。
あら?なんか大人組はテンション低いみたい。


「エリー!Tドッグに連絡してみろよ!」
『そうだね、みんな無事か気になるし』


私は無線を取り出してTドッグに話しかけた。


『ハロー?Tドッグ?』
「ハロー、さっきの音はお前らか?」
『そう!リックとモラレスは凄い顔してた!みんな無事?』
「……あぁ、無事だ。メルル以外は…」
『メルル?どうして?怪我でもした?』
「…鍵を…落としちまった…排水溝に…」
『あー……そうなんだ…』
「ダリルになんて言えばいいか…」


Tドッグがそう言った瞬間、ダリルの顔が浮かぶ。
彼は何かと兄の後ろを歩いていた。
兄が生きたまま、手錠で繋がれて見捨てられたと聞けば
Tドッグはもしかしたら殴り殺されてしまうかもしれない。


『Tドッグ。ダリルに言う時はみんな一緒だよ』
「そうだ、Tドッグ。お前だけが悪いんじゃない」
「あぁ、ありがとう、2人とも…」
「また後でなTドッグ」


そうしてTドッグとの無線は終わった。
まさか、こんな結末になるなんて…
一体誰が想像出来ただろうか…?




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