次の日、目が覚めるとダリルはもういなかった。
ふっと外を見ると太陽はかなり上まで昇っている…


<やっちまった…寝坊した……>


急いでシャワーを浴びて下に降りたけど
家の中には大人はおろかカールもいない…
ジュディスの散歩にでも行ったのだろうか?
テーブルの上にはシリアルが置いてある。


「エリー、起きたの?」
『マギー。みんなはどこに?』
「男達とミショーン、キャロルは建設現場に。
 鉄板を運ぶそうよ。ミショーンは戦闘員として
 キャロルはお茶汲み係として付いて行ったわ。
 あとのみんなは町の中でのんびりしてるわよ」
『そっか…私は何か手伝うことはある?』
「キャロルがお昼ご飯を作るのを任せるって」
『おーけー。マギーも一緒に?』
「えぇ。お昼からは私も外に行くつもりよ」
『マギーはカール達と留守番してた方がいいんじゃ…』
「平気よ。お昼からの方が作業する人数も多いし」
『そう…?マギーとグレンがいいならいいんだけど』
「作戦には参加しないしね。これくらいやらなきゃ」


私はシリアルをお皿に移すのを止めて肩をすくめて見せた。
マギーは既に充分、この街のために働いてると思うけど…


『働きすぎはお腹の子にも良くないよ』
「ふふ。えぇ、ありがとう、エリー」
『そういえば妊婦用ビタミンとかはあった?』
「ほんの少しだけどね。診療所にあったわ」
『じゃあ飲んで。妊婦はマギーだけだし』
「エリーの分は残しておかなくていいの?」
『……必要になったらダリルに取りに行かせる』


私が笑ってそう言うとマギーも笑った。
シリアルを食べているとマギーは隣に腰かけた。


「お昼ご飯は何作る?」
『冷製パスタでいいんじゃない?』
「暑いものね。冷蔵庫で氷も作れるし」
『大人数の量を作るのも簡単だしね〜』
「じゃあ冷製パスタで決まりね!」
『あとレモネード作ろう!蜂蜜入り』
「レモネード?いいけど、どうして?」
『疲れた体には蜂蜜入りのレモネードがいいの』
「へー。日本ではよく飲んでるの?」
『ううん、日本ではレモンを輪切りにして蜂蜜に付けるの』
「……食べ物ってこと?」
『そうよ!運動部の試合の時とかに良く持って行ってた』
「アメリカではあまり聞かない習慣ね。面白いわ」
『クエン酸とかのおかげで疲れが取れやすいんだって』
「へー、エリーは物知りね」
『そ、そんなことないよ?ふふ』


マギーに褒められて、ニヤけが抑えられない。
そんな私に気付いたマギーは肩肘付いて
これまたニヤニヤと私の顔を見ていた。
む、なんかちょっと恥ずか悔しい……


「早く食べちゃって。昼食作りましょう」
『ふぁーい』


シリアルをしっかりと噛んで、朝食を食べ終えると
洗い物をしてから、マギーと昼食の準備を始めた。

やっぱり同じ年のマギーとは話す事も尽きない物で、
昼食の準備をしながら2人で他愛もない話で盛り上がった。


「ただいま。玄関まで笑い声が聞こえてたよ」
『あぁ、カール。ジュディスもおかえり』
「おかえり〜。エリーと女子トークしてたの」
「ふーん。楽しそうだね」
『カールも混ざる?』
「いや、僕、女子じゃないし」
「やだわエリーったら」
『ジュディスが大きくなったら女子トークしましょうね〜』
「うー、きゃ!」
「ふふ、返事したわ」
『女子トークしたいって』


ベビーカーに乗ったジュディスは手を挙げて笑った。
あ〜、本当になんて可愛いのかな!この子は!!
"目に入れても痛くない"ってきっとジュディスのことだわ…
親じゃないのに親バカになっちゃった。
きっとグレンとマギーの子も可愛いんだろうなぁ…


「ジュディスにミルクを作りたいんだけど」
「私が作って持って行くからカールは座ってて」
「うん、分かった。ありがとう、マギー」
「どういたしまして」
『カールは"ありがとう"が言える良い子だね』
「だからいつまでも子供扱いしないでってば」


カールの頭を撫でれば、そんな言葉が返ってくる。
だって出会った頃はあーんなに小さな少年だったんだもん…
私の中ではカールはいつまでも少年なんだよぉ…!
成長して美少年になったことは認めるけどね。


「ミルク出来たわよ。はい、カール」
「あぁ、ありがとう。ジュディス〜」


ミルクを受け取るとジュディスにミルクをあげ始めた。
するとだんだん家の外も騒がしくなって来て、
外で作業してた人達が戻って来たのが分かる。
私とマギーは冷製パスタとサラダ、レモネードを
それぞれ分けてテーブルに並べてみんなの帰りを待った。


「あー、腹減った!」
「マギー、エリー。ありがとう」
「いいのよ。キャロル。おかえり」
『みんなおかえりなさ〜い』
「エリーは昼からは行くのか?」
『うん、行くよ。ごめんね、寝坊して』
「あぁ、構わないよ。どうせ朝は来れなかっただろうし」
「エリーが来ても鉄板運べねぇしな」
『見張りくらいなら出来ます〜だ!』
「はいはい、痴話喧嘩はあとにして」
『痴話喧嘩じゃないったらロジータ!』
「全員、席につけ!昼食にするぞ!」


リックに言われて席につき、全員で昼食を取った。
我ながら冷製パスタもレモネードも上出来だ。
みんなも美味しいって言って食べてくれた。


『ねぇ、ダリル。美味しい?』
「あぁ。上手いんじゃねぇの?」
『もう〜素直じゃないんだから』
「うるせぇ…」
『お代わりもあるからね』
「エリーもいっぱい食え」


私は少し前にシリアルを食べたから
ぶっちゃけそんなにお腹は空いてない。
頷いたもののお代わりはしないだろう。
これすら食べられるか不安だしね。


「本当に美味しいよ、マギー!」
「ありがとう、グレン。でも黙って食べて」


目の前では何度目か分からない賛辞を送るグレン。
はじめは嬉しそうにしていたマギーも今や呆れ顔だ。


「そうだ、外は暑いから熱中症には気を付けてくれ」
「分かったわ、リック」
「マギー。俺のキャップ使うといいよ」
「気持ちだけもらっておくわ、グレン」


キャップか……
私は"ごちそうさま"と言うと部屋に戻って着替えた。
暑いならTシャツにUVカットの薄手のパーカーに
力仕事するならジャージでいいだろう。
髪をまとめて、キャップの中にしまえば…
完璧!農業スタイルの出来上がり!!


「お、なんだ?ボーイッシュな格好して」
『おはよう。お兄ちゃん!お昼からは外で作業なんだ!
 暑いらしいから、今日は作業もしやすい格好にしたよ』
「あぁ…例の作戦のか…俺も昼からは一緒に行くよ」
『見張りはいいの?徹夜して疲れてない?』
「見張りはスペンサーが。少しくらい平気さ」
『そうだ。今日のお昼は私とマギーが作ったんだよ』
「ほんとか?楽しみだな。一緒に降りるか?」
『うん、行こう』


お兄ちゃんと下に降りるとタラが階段の下にいた


「わぉ…エリー、まるで男の子みたい」
『髪の毛、中に入れたからね。涼しいよ』
「キャップの中が蒸れない?」
『うーん…外に出たら蒸れるかも…』
「熱中症には気を付けてね」
「俺は先に昼食、食べてくるよ」
『うん、分かった。タラはどこか行くの?』
「外に行く前にホリーの所に行こうと思って」
『タラもお昼からの作業に行くの?休んでいたら?』
「私ばっかり休んでられない。これくらいはしたいの」


どこかで聞いたセリフだ。
マギーといいタラといい、働き者だなぁ…


『そう?じゃあ無理はしないでね?』
「えぇ、ありがとう。じゃあ行ってくる」
『うん、気を付けて』
「あ。そうだった、エリー」
『んー?』
「お昼ご飯、最高に美味しかった。ありがとう」


そう言ってウインクして出て行ったタラ。
思わず手で口を押さえた。
なに、今の……男前か!!


リビングに入ると食事中のお兄ちゃんとリック
ダリルは何やら作戦会議をしている様な雰囲気だ…
私は後片付けしているマギーを見つめている
グレンの隣に座って、先程のタラの反応を伝えた。


『素敵じゃない?タラったらイケメンじゃない?』
「俺だって何回もマギーに"美味しい"って言ったさ」
『違うんだよなぁ…!分かってないよ、グレンは!』
「何が違うんだ?俺だって感謝の気持ちを伝えただろ?」
『グレンのはしつこいんだよね。マギーも呆れてた』


"しつこい"と言われて凹んだグレン。
そんなグレンにくすくすと笑っていると
後ろからマギーが私の頭に腕を乗せた。


「あまりグレンをいじめないであげて?」
「マギー…!」
『本当の事を言っただけよ?』
「エリー、お前なぁ…」
「それよりさっきと格好が変わったわね」
『うん、グレンのアイディアを採用した』


グレンを見ると"俺のアイディア?"ときょとん顔。
それを見てまたマギーと笑い合った。


それから出発の時間までみんなと家の中で
のんびりと過ごして、ダリルの運手する車で
作業をする場所まで行った。
私は袋に土を詰めて、重りを作る係だ。


「問題はないか?」
『暑さ以外問題ないよ』
「そうか。その格好も似合ってるな」
『ありがとう。リック』


リックは頷くと私の目の前で同じ作業をし始めた。
グレン、こういう所なんだよなぁ…と思いつつ
リックの作業や思考の邪魔にならない程度に話しかけた。


しばらく作業しているとダリルが土をリヤカーで
私達の前に運んできて、リックに話しかけた。
恐らく"スカウト"の件で思う所があるのだろう。


「まっ、従うけどよ。頭に置いておいてくれ」
「あぁ……お前の気持ちは分かった。ダリル」
「…おい、しっかり働けよ。"少年"」
『誰が少年よ、誰が!ダリルこそ働けっ』


一度、戻ろうとしたダリルが振り向いたので
どうかしたのかな?と顔を見るとあんなことを言われた。
むっと頬を膨らませて言い返すと鼻で笑われた。


「相変わらず仲がいいな」
『え?そうかな?えへへ』


それから日が暮れるまで、ウォーカーを倒したり
作業をしたり、住民達に武器の使い方を教えたり…
そんなバタバタとした数日を過ごした。


いよいよ明日は予行演習だ。





[ 167/216 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]