15

「見事なパンチだ……」
「座らせろ」
「でも……」
「大丈夫だ」
「彼もこう言ってる」
「警戒するのは当然のことだ」
「何人の仲間が外にいる?
 照明弾が合図なんだな?仲間は何人だ?」
「……関係ある?」
「大いにある」
「確かに…関係あるよね…実際に何人いるかってことは…
 でも僕が何人と言おうと関係ないんじゃないか?
 8人でも、32人でも、444人でも、0でも…
 あなたは僕を信じない…そうでしょ?」
「殴られたのに笑顔を作る奴だ」
「道に水を置いとくような奴は?」


リックが振り向いた先にはアーロンの荷物の中身が…
確かに道路に置いてあったのと同じ水が置いてある
じゃあ、あの"From A"は…アーロンのA?


「つけてたのか?」
「徘徊者の大群にも動じてなかった。見てたんだ…
 食料や水がないのにモメもしない、逆境に強い。
 実に人間らしい人達だと判断したんだ。
 もう一度言うが…殴らないで欲しい……
 人間が最も重要な資源だ…」


力強くそう話すアーロンの言葉に全員がリックを見つめる。
リックは少し考え、ゆっくりアーロンに近付いた


「外に仲間は何人いる…?」
「1人だ………信じないよね……話してもダメ、
 写真を見せてもダメならどうすれば信じてくれる?
 ……連れて行くよ。全員だ。今出れば昼には辿り着く」
「俺達17人とお前達2人が乗れる車があるのか?」
「2台ある!グループを見つけたら連れて帰れるように!」
「数マイル先に車があるの?」
「リッジ通りの東側だ。近付きたかったが嵐で道が遮断された」
「よく練られた作戦だ…」
「リック…奇襲をかける気なら、夜のうちに火を放ち
 出口で殺すことも出来たんだ…僕を信じてくれ…」


アーロンの言うことはもっともだった。
前から私達を見ていたのなら、殺す機会はいくらでもあったはず。
それでもアーロンはしなかった。それが答えなんだと思う


「車を探しに行く」
「車などあるものか……」
「確かめよう」
「必要ない」
「あるよ。リックに確信があっても私にはない…」
『私も行く。彼が嘘をついてる様にはみえない』
「……私もよ…」
「ミショーンの案には危険が伴う…」
「ジュディスが生き延びる機会を失う方が危険じゃない?
 真相を確かめる必要がある。対処できるよ……行ってくる」
「…リック、俺も賛成だ。一緒に行くよ」


リックは少し考えた後、首を横に振った。


「エイブラハム」
「あぁ、いいだろう。俺も行こう」
「ロジータ」
「えぇ。いいわ」
「弾は十分に持っていけ」
「分かってる」
「無線は電池切れだ。60分経ったら追う」


リックの言葉を受けて外へ出るミショーンに続いた。


『リッジ通りを知ってる?』
「あぁ、分かるよ」
『ここから遠いの?』
「今まで歩いて来た距離に比べたらすぐそこだよ」
『それは良かった』


私達は道を歩き始めた。
昨日の嵐が嘘の様な快晴だ…


「用心するんだ。銃を構えろ。誰か出てきたら撃て」
「了解」
「誰が出て来ても撃ち殺すの?」
「良い質問ね」
『でも仲間がひとりはいるんでしょ?
 その人を撃ってしまったら可哀想だよ』
「嘘かも」
「…アーロンの話は本当かもしれないし、私達と同じかも」
「銃を持った俺達に誰が挨拶に来る?」
「アーロンみたいな人?」
「俺達と同じならなおさら警戒するべきだ。見てたと言ったろ?
 昨日のことも見てたのに…その上でなぜ加われと言うんだ?」
「聖職者を救うような人間だから?
 総督と一緒に刑務所を襲撃した女の子も…刀のイカれ女も」
『小さくて弱そうなアジア人もね』
「……どうかな」


それからは黙って歩き続けた。
照りつける太陽の日差しで汗が噴き出して来る。
水が飲みたい……


「エリー」
『いいの…?』
「あぁ、飲んで」
『ありがとう』


ミショーンがお水の入ったペットボトルをくれる。
一口飲んで口の中に染み渡らせる。


『ありがとう、美味しかった』
「必要になったらまた言って」
『うん』


さらに道を進むと2台の車を発見した


「本当にあった」
『……誰もいない?』
「たぶん…」


その時、森からガサガサと音がする。
アーロンの仲間が戻って来たのだろうか?
全員が銃を構え、警戒態勢に入る


「止まれ!それ以上近寄るな!」


グレンの言葉にも音は止まる気配を見せない。
するとウォーカーが2体現れた


「俺が」
「私も」


ロジータとエイブラハムがウォーカーを殺し
そのまま車の中をチェックすることとなった。


「異常はない」
「中に食料がたくさんあった」
「……食料を持って戻ろう」
『どうして?』
「リックがキャンプに行かないと言った時のためだ」
「行くと言うよ」
「どうかな。言いそうな雰囲気はなかった」


グレンの言葉に従って食料と水を持って
来た道を戻って行く。足取りは重い…


『結局、誰もいなかったね』
「隠れてるのかも」
『そうだね……』


小屋に戻るとリックとジュディスとアーロンが。
ジュディスはなんだかご機嫌ななめみたい。


『ジュディスはどうしたの?』
「お腹が空いているみたいだ」
『粉末牛乳だったらあったけど…』
「アーロンに毒味をさせよう」
『封が開いていないわ』
「ジュディスに危険があったら困る」
『ジュディスより先に私が飲む。いいでしょ?』
「……エリーに何かあっても困る」
『分かった』


リックはスプーンに粉末牛乳の粉を乗せて
アーロンの口元まで持って行った。
彼は大人しくそれを口に含む。
平気そうだ……


「ジュディスに飲ませてくれるか?」
『うん、任せて』
「俺はみんなを呼び戻してくる」
『気をつけてね』
「あぁ」


リックからジュディスを受け取り、粉末牛乳を溶かす
ジュディスの哺乳瓶に入れて口元に持って行くと
ごくごくと凄い勢いでミルクを飲み始めた。


『相当、お腹が空いてたみたい』
「そうみたいね。よく飲んでる」


マギーが隣に来て柔らかな顔でジュディスを見つめる。
この子はみんなの"希望"だから……
みんなが戻って来て、ダリルが私の側に寄って来る


「問題は?」
『ないよ。ジュディスも食事を終えてご機嫌』
「そうか…仲間には会ったか?」
『会ってないよ。ウォーカーには会ったけど。
 銃を持ってる私達を見て隠れたんじゃないかって』
「あぁ、普通ならそうする」
『そうだよね』


ダリルが壁にもたれかかり、私も隣に座る
ジュディスはご機嫌そうに手をダリルに伸ばした


『遊んで欲しいって』
「おてんば娘め…こっち来るか?」
『……それは嫌みたい』


ジュディスはダリルの手を見て首を横に振った
どこまで理解しているのか分からないけど
ジュディスの行動につい笑ってしまう。


「笑うなよ…」
『だってジュディスが可愛いんだもん』
「あぁ、そうだな…」
「全部俺達が頂く」


リックの言葉に顔を上げる。
未だにリックの表情は険しいままだ。


「もっとある」
「俺達のだ。キャンプに行かなくとも」
「行かないつもり?」
「ウソだったり、襲う気ならね」
「でも本当だし…襲う気もない。行くべきだよ
 みんなで行くべきだ。反対の人はいる?」
「そうだな…ここは馬のクソ臭い」
「分かった。行こう」


ミショーンとダリルの意見にしぶしぶ頷いたリック
顔が"まだ信じていないぞ"と言いたいのが分かる


「キャンプはどこにある?」
「いつも僕が運転して新しいメンバーを連れ帰る…
 君達を信じているが、友の命まで委ねることは出来ない」
「運転はさせない」
「帰りたいなら場所を言いな」
「16号線を北へ」
「それから?」
「車で言う」
「23号線を行く。案内しろ」
「あー……それは…やめた方がいい…
 16号線は安全だし、23号線より早く着く」
「23号線で行く……日没後に」
「夜に出発?」
『いますぐ行かないの?夜は危険がいっぱいだよ』
「危険は承知だ。気付かれずにキャンプの様子を伺える」
「誰も傷つけやしない。仲間を危険にさらすのか?」
「場所を言えばすぐ発つ」


アーロンは答えない。
終着駅でのことがあるせいか…リックはかなり慎重だ…


「長い夜になる。何か食って体を休めるんだ」


リックとミショーンは出て行った。
キャロルに缶詰を渡されて、それをダリルに渡す


「食べないのか?」
『食べるよ。先に食べて。ね?ジュディス』


ダリルは缶詰を開けて一口食べると
スプーンを私の口の前に差し出した。


「手が使えないだろ?ほら、食べろ」
『あー…ありがとう…』
「照れてんのか?」
『まぁ…そうとも言うわね』
「いいから食え」


いわゆる"あーん"と言うやつだ…
ダリルの手から食べさせてもらった。


「うまいか?」
『うん、美味しい…久しぶりのちゃんとしたご飯だ…』
「そうだな。いっぱい食べとけ」
『うん……』


そうやってひとつの缶詰を半分こして食べた。
食べ終わった頃、カールが嬉しそうな顔でやって来た


「見て!小さなパンの缶詰もある!」
『わぉ…パンなんていつぶりかな…?』
「食べるでしょ?僕、もう食べたからあげるよ」
『本当にちゃんと食べた?』
「ひとりで半分も食べちゃった。ジュディスをありがとう」


カールから缶詰を受け取るとジュディスを渡した。
ダリルの手に残りの半分を乗せて、私は立ちあがった


「どこに行くんだ?」
『アーロンにも何か食べさせなきゃ』
「俺が行く」
『いいよ。ダリル相手じゃ怖がらせちゃう』
「怖がらせとけばいい」
『今後、一緒に暮らすかもしれないんだよ?
 そんなことしちゃだめ。優しくしないと…
 いいから座ってて。ダリルは働き過ぎだから』
「…あまり近付き過ぎるな」
『平気よ。お兄ちゃん、水を貰える?』
「あぁ」


お兄ちゃんから水を受け取り、アーロンに近寄る
彼は不思議そうな顔をしてこちらを見た


『朝から何も食べてないよね?食べる?』
「近付いていいのかい?リックに怒られるよ」
『今はここに居ないし。私の勝手でしょ?』
「それもそうだ」
『さすがに手の拘束は取れないけどね
 どうする?食べる?水だけでも飲む?』
「あぁ…頂くよ」
『じゃあまず水を飲んで』


アーロンの口にペットボトルを付け傾ける。
そしてパンをひとつ、彼の口元に持って行った


『噛まないでね』
「君を噛んだらリックに殺される」
『それもそうね』
「ありがとう……」
『……あの…リックを悪く思わないで欲しいの…』


パンを食べているアーロンから目線を外す。


『少し前に…あるキャンプの仲間に入れて貰おうとしたら
 全員が殺されかけて…あなたも見ていたかもしれないけど…
 仲間は足を切断されて食べられた…そして死んでしまったの』
「……それは…お気の毒に…」
『今までも人間襲われた事が何度もあった。
 だから簡単に人を信じることが出来なくなっただけ…
 昔のリックはこう……お人好しと呼ばれるくらいだった』
「分かるよ。こんな世界だ…簡単に人を信頼しない方がいい」
『分かってくれてありがとう…もう1つ食べる?』
「あぁ、もらうよ」


アーロンにパンを4つほど食べさせてその場から離れた


「エリー、ダリルは外に行った」
『そう。分かった』
「少し眠ったほうがいい。夜に備えるんだ」
『うん、そうね…そうする…』


お兄ちゃんに言われて、端の方で寝転がった。
お兄ちゃんが着ている上着をかけてくれたので
お礼を言ってすぐに眠った。





[ 156/216 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]