私はカルメンエリー。
大学入学をきっかけにアトランタに来て以来
この街が気に入り、ずっと住み着いている。
今はピザ屋さんで働きながら生活をしていて
片思いだけど、好きな人もいて充実した毎日だ。

今日は親戚の結婚式があり、日本に帰るため
アトランタ付近の空港に向かっている最中だ。


「日本にはいつまでいるんだっけ?」
『一週間よ、グレン』
「寂しくなるな〜…」
『ほんと〜?そんな事ないでしょ?』
「本当だよ!」
『一週間なんてあっと言う間よ。
 すぐ帰って来るわ。お土産を連れてね』
「それは楽しみだ。日本食を食べてみたい」
『そうね。何か見つけてくるわ』


どこまで本気かは分からないけど、
私がいなくて"寂しい"なんて言葉に嬉しくなる。
なんて単純なんだろうと自分でもおかしい


『私もグレンに会えなくて寂しいよ』
「ははっ、そうだろ、そうだろ」


グレンはこちらを見ずに頭をくしゃっと撫でてくる


『ちょっと!髪型乱れるから!』
「どうせ飛行機の中で寝るんだろ?一緒さ」
『そうだけど、そういう問題じゃない!』


楽しそうに笑うグレン。
全く…この男は恋する乙女心が分かってないのだ。
いつだって好きな人には可愛く見て欲しいのに…

それからも車内では他愛もない話が続く。
グレンと会えない分、いっぱい喋りたかった。
でも空港がもう目の前に見えて来てしまっている…
やっぱり寂しい……


『もう着いちゃうね…』
「あぁ。搭乗まで一緒にいるよ」
『ありがとう、グレン』


空港内の駐車場に入ろうとした時、
空港から走り出てくる人達に気付いた。


『グレン…中からみんな走って出てくるよ…?
 なんだか……まるで逃げてるみたいじゃない?』
「あぁ。様子がおかしい…出口付近で様子を見よう」


グレンは駐車場に入らず出口付近に車を止めた。
叫びながら出てくる人達。
中にはケガを負っている人もいるみたい


「テロか…?だとしたら飛行機は飛ばないな…」
『ねぇ…逃げた方がいいんじゃない?』
「そうだな……逃げ…」


グレンは何かを見つけて言葉を止めた。
不思議に思いグレンが見ている方を見ると…


『なに……?人が人を食べてるの…?』
「……逃げるぞ!!」


泣き叫ぶ女性の体を引き裂き、口に運ぶ男性。
他にもその女性に人が群がり…食べているようだ。
あまりの光景に目がそらせない。
これは現実?あぁ、悪い夢でも見ているんだろうか?

空港を出てアトランタに向かって走り出す。
隣でグレンが"くそっ!何なんだ!?"と言っているが
未だに頭の処理が追い付いていない…
一体何が……
その時、一台の車が私達を追い越した。
中にはグロテスクなケガを負った人が…
空港で"噛みつかれた"のだろう…


『グレン……止めて…』
「え?」
『吐きそう……』
「ちょっ、ちょっと待って!」


近くにあるスーパーへグレンが車を止める。
私は吐かない様に気を付けながらトイレに駆け込んだ


『はぁ…はぁ…最悪……』


朝食に食べた物が全て出た。
それでも嫌悪感は止まらず、胃液は這い上がろうとしてくる
胃液だけが通って喉が痛い……


やっと吐き気が治まり、車に戻ると
心配そうな顔をしたグレンが車の外で立っていた


「大丈夫?」
『うん、もう平気…』
「水飲んで」
『ありがとう』


グレンから水を受け取り一気に飲む。
喉が潤い、気分はだいぶ良くなった


『さっきすれ違った車を見た?』
「いや、見てなかった」
『たぶん空港にいた人達だと思う…
 肩に"噛まれた"後があったからきっと…』
「そうか…とにかく一度戻ろう。」


車に乗り込み、グレンの家を目指した。


「トムの言ってた話を覚えてるか?」
『トム?どの話?』


トムは一緒にピザ屋で働く仲間だ。
インターネットが大好きで暇さえあればネットサーフィン
とにかく情報通で何でも知っている。


「最近、事件が勃発してるって言ってただろ?
 5つの州で人食いが出たとかなんとか……」
『確かに話してた。護身用のナイフをずっと持ってた』
「トムの言ってたことは本当だったんじゃ…」
『そんな……まさか…』
「でも確かに見ただろ?人が喰いついてるのを…」


黙り込む私。
とにかくいつでも逃げられる様に準備をすることになった。
グレン曰く、男性の服を女性は着ることが出来ても
女性の服は男性は着られないからグレンの服を
たくさん持って出る方がいいとのことだ。
私は元から出かける予定だったから準備は出来てる。
服も必需品もある程度入っているし、
日本の缶詰マニアの友達に頼まれた大量の缶詰もある。
缶詰マニアの彼にこの缶詰は渡せそうにもないが…


「着いた!とにかくエリーは食料を詰めて!
 この後、外出する気なかったから買いだめしてある!」


グレンの部屋に入り、一目散にキッチンに向かうと
食料をバックパックに詰める。
グレンの言う通り食料は大量にあった。
これをひとりで食べるつもりだったんだろうか?


「えっと…何がいる?服に下着にタオルに薬…
 あぁ、このキャップだけは持って行かなきゃ
 あとは…銃とナイフもいるか…エリー!
 キッチンから包丁を出して用意しておいて!」
『全部!?』
「全部だ!!」


グレンに言われ包丁を箱に入れた。
それから救急箱を掴み、リビングへと向かう


『あー……グレン?』
「なに!?」
『キッチンに置いてある救急箱の中に
 コンドームを入れるべきではないと思うんだけど』
「……入れたのは俺じゃない…サムだな!あいつ…」


サムも一緒にピザ屋で働く仲間だ。
確かに彼はお調子者で下ネタが大好きな学生だ。
トムの兄でもある彼ならやりかねないだろう。


『とにかくこれはいらないよね?』
「あぁ、いらない。必要ない」


コンドームは外に出して薬をバックパックに入れる


「逃げるのに必要な物は?」
『薬はもっとあった方がいいと思う。
 後、包帯とか消毒液とかが必要かも…』
「銃もひとつしかないから必要だ。
 街中が混乱する前に買いに行こう!」


グレンの家で必要な物を全て車に積むと
私の家に向かう前にガンショップに寄った。
実はグレンと私の家は遠くないので一度通り過ぎている。


「試し撃ちは出来る?」
「あぁ、いいとも」


ガタイの良い店員さんに教えてもらい
奥の部屋で銃を撃たせてもらった。
これは…肩に振動が来るし、結構難しい…


「これをもらう。弾と…サバイバルナイフ
 2セットずつ買うよ。支払いはカードで」
『私が払うよ』
「いい、時間がない。次はドラッグストアだ」
『分かった』


おまけでホルスターを貰い、腰に着ける。
なんだかカッコ良くなった気分だ


「ドラッグストアでは俺が薬。
 エリーが生活用品を集めて」
『うん、分かった』


生理用品も買っていいのだろうか…
私の家に寄れない可能性も考えて少しだけ入れた。
薬も一般人が手に入る物しか買えない。
もっと強い薬とか…抗生物質が手に入れば良かったのに…

無事に買い物を済ませて車に乗り込む。


『どうする?先にスーパー?』
「あぁ、缶詰とか日持ちしそうなものを買おう」


グレンとスーパーに入り、車に乗る分の食料を買い込む。
店員さんもかなり不審な顔をしていたけど仕方がない


「……何事もないのが一番だけど、
 これで何事もなければ俺は来月破滅だよ…」
『その時は私も一緒に払うから平気よ』
「あぁ、こんな金額。今まで買い物したことないよ」


ガンショップ、ドラッグストア、スーパー…
クレジットカード会社から凄い金額の請求が来るだろう…
グレンは未だに増え続けるお会計を神妙な面持ちで見ていた

車に荷物を運んでいると遠くの方で叫び声が聞こえる
グレンと顔を見合わせる。


「急ごう。奴らがここまで来たのかも…」
『でもどこに行くの?』
「分からないけど…とにかく逃げなきゃ」
『一度家に寄れる?その間にガソリンを入れて来て』
「あぁ、分かった」


荷物を乗せると私の家に向かい、一度グレンと別れた
私は家へと駆け上がり、使えそうなものを全てまとめる
念の為、鍵を閉めて下に降りてグレンを待った


「エリー!乗って!」


荷物を後ろに投げ入れて車に乗り込む
街は悲鳴と銃声が響き渡っている


「空港と同じだ…人が人に噛みついてる」
『どうしてこんな事に…』
「分からない。日本は無事か?」
『…連絡してみる』


急いで家族に連絡を取ろうとするが
電話がつながらない。とにかくメッセージを送って…
するとグレンが急ブレーキを踏んだ


「ごめん!」
『なに!?』
「人が飛び出してきた」


目の前には黒人男性が…


「すまない!老人の家を回ってるんだ!
 急いでいるから悪いが、先に行くよ!」
『……人助け?』
「あぁ、そうみたいだ…」


グレンは車を走らせない


『……グレン?まさかとは思うけど…』
「俺も行くよ。エリーはここにいて」
『私も行く』
「いや、ここにいて車を守ってくれ。
 何かあったら俺を置いて逃げろ、いいな?」
『でも…』
「いいから、約束してくれ」
『……分かった』
「行ってくる。鍵を閉めて!」


グレンが男性の後を追い、私は運転席に移った
鍵を閉めて銃を握る。


グレンが戻らない時間が何十分にも感じる。
下を向いてそっと溜息をつく

すると突然、ガラスに何かがぶつかる音がした。
顔を上げると何者かがガラスにへばりついている
そいつの口にはたくさんの血が…
恐らく人を食べている集団のひとりだ


『キャー!!!』


車に体当たりをする"それ"は人には見えなかった。
口を大きく開き、目は虚ろ。
ドアを開ける知性もなく、ただガラスを叩いている。
私は銃を向けるが手が震えて照準が定まらない。


「エリー!!」


グレンが体当たりをして弾き飛ばし、鍵を開けた


「エリー!助手席に移るんだ!
 Tドッグは後ろに乗れ!早く!!」


グレンが叫んでいるが体が動かない。
恐怖でガチガチに固まってしまった…


「エリー!」
『う、うん…』


急いで助手席に移るとグレンは車を出した。
少し車を走らせて市内を抜けるとグレンは私の方は見ず
"大丈夫か?"とまだ震える手を握ってくれた。
グレンの手の暖かさに涙が零れ落ちた…




「少し休憩しよう」
「ここなら見晴らしもいいしな」


山道の途中で車を止めた。
そこでもう1人の男性の存在を思い出した。
そういえば黒人男性が乗っていたんだ…


「エリー、彼はTドッグ。
 お年寄りを助けようとしていたんだ。
 Tドッグ。彼女はエリー。職場の同僚だよ」
『よろしく、Tドッグ』
「あぁ、よろしく」


Tドッグと握手を交わす。
背が高くて、ガタイも良い男性だ。


「君達はただの同僚?」
「あぁ。同じアジア系だから仲は良いよ」
「そうか…今何が起こってるか知ってるか?」
「いや…でも空港でも同じことが起きた」
「空港でも…テロリストか?」
『分からないけど、たぶん…』
「でもきっと軍が動いてるよな?」
「あぁ、そうか…結局、来月は破滅だな」
「…?何の話だ?」
「いや…こっちの話だよ…」


グレンは来月の生活を考えて落ち込んでしまった。
もっと早く軍のことに気が付けば良かったんだけど…
確かに普通に考えればそうだ。
ここには政府が誇る米軍がいるんだった。


『ラジオを付けてみよう。何か分かるかも』
「そうだな」


車内に戻り、車のラジオを付ける。
この辺はあまり電波は良くない様だ
山の中だから当たり前か…


「よし、音は悪いが繋がったぞ…」
「ジジ…混乱が続き、救助を求める声が…ジジジ」
「どこも同じようだな」
「そうらしい」
「ジジジ…生命を断たれ…復活した後、
 人間が人間を食べ…現象が……感染経路は…」
『えっ…?』
「……俺達が見たのは間違いないらしい」


途切れ途切れ聞こえてくる内容は衝撃的だった。
"奴ら"に噛まれたり引っかかれて死んだ人間は
蘇り、"奴ら"同様に人間を食べるというのだ
空港やアトランタで見た、人間をむさぼる人達は
きっとこのことだったんだろう…
原因も感染経路も何もかも分かっていないらしい。
トムの言っていた通りだった。

重い沈黙が続く。
今後どうすればいいのかなんて誰にも分からなかった。


「とにかく…日も暮れるし今夜はここで過ごそう。
 見晴らしがいいから誰かに襲われる前に気付ける」
「見張りはどうする?」
「今日は俺がやろう」
『私もするよ…?』
「大丈夫だ。エリーは眠って」


グレンは笑いかけた後、仮眠を取りたいと言った。
その間、Tドッグは車の外で見張りをする事になった


「エリー。彼は良い人そうだけど…
 もし何かあったら全力で逃げてくれ」
『分かった……』
「じゃあ少し寝るよ」
『おやすみ』


グレンにブランケットをかけると
かぶっていたキャップを顔にかけて眠りについた。
確かに彼はさっき出会ったばかりの赤の他人だ
あんな強そうな人に襲われたら私では勝てない…
何かあったらグレンを守らなければ…


しばらくするとTドッグが窓を叩いた


『どうしたの?』
「水をもらえるか?」
『えぇ、いいわ。少し待って』


車を降りて水を渡す。
Tドッグは"ありがとう"と言うと凄い勢いで水を飲んだ。
長い間、我慢してくれていたのだろう。
ちょっと悪い事をしてしまった…


「少し話せるか?」
『えぇ、もちろんよ』
「車に乗せてくれてありがとう」
『乗せたのはグレンよ。私じゃないわ』
「君が反対してたら降ろされたかもしれない」
『そんな余裕がある様に見えた?』
「人はパニックになった時こそ残酷だろ?」
『うん。そうかもしれないわね』
「だから君にも。ありがとう」
『どういたしまして』


Tドッグが笑うから私も笑った。
やっぱりこの人は悪い人ではなさそうだ


「君達が俺を警戒するのも分かる。
 でも俺は君達を襲う気はないから安心してくれ」
『うん、少しずつお互いを知って行こう』
「あぁ」


また彼と握手を交わした。
さっきとは違い、親交の意味も込めて…


『そういえばお年寄りを助けに行ってたの?』
「あぁ、ちゃんと逃げられたか確認しに行った」
『逃げられてた?』
「問題無かった。ちょうど老人ホームの職員が
 迎えに来たから乗せるのを手伝ったくらいだ」
『そうなんだ。良かった…
 でもどうしてお年寄りの家を回ろうなんて?』
「俺はおばあちゃんっ子なんだ。」
『……それだけの理由?』
「いや、隣に住んでいるのが夫を亡くして
 一人身のおばあちゃんでな…心配になった。
 ちょうど息子が帰って来ていたから良かったが
 ふと身寄りのない年寄りはどうするんだって
 心配になって…それで回ってただけだ。」
『Tドッグのおばあちゃんはどこに住んでるの?』
「もう亡くなってる。」
『ごめんなさい…』
「いいんだ。もう何年も前の事だ
 こんな騒動に巻き込まれなくて良かったかも…」


そんな時、ふいに私の携帯が音を立てた。


『ごめん、ちょっと出ていい?』
「あぁ」


日本の家族からの電話だった。


<もしもし>
<もしもし?エリー?>
<そうだよ。メッセージ見た?>
<見たよ。トラブルって大丈夫なの?>
<うん、平気。そっちは大丈夫?>
<いたって平和よ>
<良かった。また落ち着いたら一度日本に帰るね>
<分かった、待ってるね。気を付けて>
<お母さんもね。みんなに大好きって伝えておいて>
<はいはい。お母さんもエリーが大好きよ>
<ありがとう、またね>
<はーい>



よく電話が繋がったものだ。
ただ雑音が酷く、今にも切れそうな感じだった。
なんとか話が伝わって良かった…


「今の言葉ってどこの言葉?」
『日本語よ。私は日本出身なの』
「へー。じゃあグレンも?」
『グレンは韓国よ』
「近いのか?」
『えぇ。近いわ。同じアジアだもの』


Tドッグはあまりアジアには興味がなかった様だ
あまりピンと来ていなさそうな気もする
ふと空を見上げると日が落ちかけていた。


『Tドッグ、薪を拾って来てくれる?
 夕食の為に火をおこしたいんだけど』
「あぁ、任せてくれ」


Tドッグは近くに落ちている木を集め始めた。
私はそっと車を開け、バックパックの中から
食料や水、小さなお鍋を取りだした。


「これくらいで足りるか?」
『えぇ、ありがとう』
「いいんだ」


Tドッグに火を付けてもらった。
メラメラと燃える炎はとても綺麗だ…
私が夕食の準備をしているのをTドッグは見ていた


『もうお腹空いちゃった?すぐ出来るからね。』
「空いてるのは空いてるが…食べていいのか?」
『当たり前でしょ?食べなきゃ倒れちゃうよ?』
「でも俺…何もあげられる物がなくて…」
『気にしなくていいよ。もう私達、友達でしょ?』


そういうとTドッグはとても嬉しそうに頷いた。
確かに私達は赤の他人だけど、これからはみんなで
助け合って生きて行かなければ…
いつまでこの状況が続くか分かんないし…


『私とグレンに何かあったら助けてね』
「もちろんだ。任せてくれ」
『じゃあグレン、起こそう』


車の扉を開け、グレンのキャップを取ると
グレンは既に目を開けていた。


『なんだ、起きてたの?』
「あぁ。少し前にね」
『話聞いてた?』
「まぁ……」
『そう…とにかくご飯食べよう』
「そうだな。腹減った」


3人でご飯を分けあい、お腹を満たした。
空を見上げると、とても星空が綺麗だった…
今まではこんな風に空を見上げることなんてなかったし
あったとしても、街の明かりで見えなかったんだろうなぁ…

最後に後片付けをして、私とTドッグは眠りについた。





[ 193/216 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]