あれから数日が経った。
もう胸の痛みは完全に消え、切り傷は癒えた。
問題の足はまだ腫れが残り歩くことは出来ない。

リヤカーには徐々に物資が集まりつつある。
少し前にブドウの実がついている木も見つけた。
特に痛み止めと抗生物質は手放せない。


「エリー、今日はここに泊まろう」
『森の中だけど仕方がないね』
「あぁ、かなり線路に近付いたからな。
 この辺は小屋も家も建ってないだろう」


火を焚いて野営の準備をする。
今日の夕食はさっき捕まえたカエルだ。


『カエルって鳥肉の味するって本当?』
「今からわかるさ」


煮込んだカエルの肉を食べる。
うん……まずくはない…


『はぁ…フライドチキンが食べたい…』
「無茶言うなよ(笑)」


お兄ちゃんと笑い合う。
夕飯を食べ、そろそろ寝ようかと言う時に
どこかからウォーカーのうめき声が聞こえた。


『……聞こえた?』
「あぁ…数が多いらしい…」
『どうする…』
「……火を消す。ここに隠れてろ。
 南方面に誘導して戻って来る。」
『どうする気!?』
「大丈夫だ。大声を出して走れば奴らは追ってくる。
 トロいあいつらに追いつかれはしないさ。
 少し先まで走るから戻るのが遅くなるかも…
 だが、エリーはここに―」
『危ない!』


お兄ちゃんの真後ろにウォーカーが。
ナイフで頭を刺し殺す。


「助かった、ありがとう…」
『でも大きい声を出しちゃった…』
「このウォーカーを上に乗せる。
 大丈夫だ。早く小さくなれ」
『でも…』
「俺を信じろ。必ず迎えに来る」
『分かった……』
「愛してるよ」
『私も愛してる』


お兄ちゃんは私の額にキスをすると
私に布切れとウォーカーを置いて走り出した。
声がどんどん小さくなり、ウォーカーも消えた



あれからどれくらい経っただろう?
小鳥たちの歌声が聞こえるけどお兄ちゃんは戻らない


「おい、何かあるぞ」
「げ。ウォーカーの死体じゃねぇか」
「だが食料がある。水も」
「置いて逃げたのか?」
「そうだろう。見ろ、足跡が続いてる」


お願い……早く立ち去って…
心臓がドキドキと激しく音を立てている。


「このまま持っていくか?」
「ウォーカーの死体はいらねぇだろ」


まずい……
死体をどけられたら私がいるのがバレてしまう…
私はそっとナイフを握った。
ウォーカーの死体が降ろされた…


「下にも何かあるな…」
「死体かもな」
「……どうする?」
「めくってみるか」


男が布切れを取る。
太陽の光がまぶしくて目をつぶってしまった。


「ひゅー♪」
「女だ」
「捕まえよう!」
『離して!私に触るな!』
「ここでヤっちまうか?」
「一度ジョーに会わせた方がいい」
「それもそうだな」


リヤカーから降ろされて歩かされる。
1歩歩くたびに足に激痛が走るが抵抗はやめない
こいつらにこのまま連れていかれたら殺される…
リヤカーと私は線路まで連れてこられた。


「ジョー」
「なんだ?騒がしいな」
『離せって言ってんでしょ!』
「いてっ!てめぇ!このアマ!」
「やめろ。トニー。お客様か?」
「あぁ。そこでこいつと見つけた」
「……その手を離せ」
「おいおい。どうした?急に。
 お前こそ武器を下ろせよ、兄弟」


急に聞こえた低い声。
ずっと恋焦がれていたこの声…
私が何よりも会いたかった人…


「そいつは俺の女だ。手を離せ」
「本当か?……おい、女。
 こいつの名前を言ってみろ」
『……ダリル』
「……トニー。離してやれ」


トニーという男に開放され、足は痛むが
ダリルに向かって走り出す。
ダリルも私に向かって走っている。
そして私を力強く抱きしめてくれた。

生きている。
ダリルが生きてる……
嬉しくて涙が止まらない。
ダリルからも鼻をすする音が聞こえる。


「感動的だな。泣けてきちまう」


聞こえてくる声にダリルはそっと私から離れる


「こいつも、こいつの荷物も本人の物だ」
「あぁ。兄弟の仲間の命も物資も奪いはしない」
「嘘だろ?せっかく女を見つけたのに!」
「それがルールだ。それに酷いケガだ。
 自分で食料を捜しに行けないだろ?
 お前が同じケガをしてみるか?」
「……いや…分かった」


リーダーの男はダリルの肩を叩いた。


「少しの間、向こうを見てくる。行くぞ」


気を使ってくれたのだろうか…?
リーダーの男は仲間を連れて去って行った。


「エリー……」


ダリルはまた私を抱きしめた。


「死んだかと……」
『防弾チョッキとお兄ちゃんが守ってくれた』


その言葉に私から体を離して顔を見る。


「そうだ。今まで兄貴といたのか?」
『うん。昨日の夜、ウォーカーの群れに襲われて…
 お兄ちゃんが囮になったまま、まだ戻ってきてない…』
「そうか……ケガは?」
『足だけ。腫れていて上手く歩けないの』
「それでリヤカーに?」
『うん、お兄ちゃんが運んでくれてた』
「そうか……兄貴はどこに行った?」
『南の方角に行った。戻れば足跡が見つかるはず』
「あいつらが戻ってきたら行ってみよう…」
『ありがとう』


ダリルに微笑めば、無数のキスが降って来る。
そしておでこを私のおでこにくっ付けた。


「本当に良かった……」
『うん……早くみんなを見つけなきゃね…』
「あぁ……もう無茶はしないと約束してくれ」
『……約束は出来ないよ』
「頼む…お前を失いたくない」
『私も同じだよ。ダリルを守る為なら何だってする』
「………エリー…」
『……分かった。もう無茶はしない』
「良い子だ…」


ダリルがもう一度私にキスをして抱きしめた。


「座ろう。リヤカーに運ぶ」


ダリルは私をお姫様抱っこして運んでくれる。
私は黙ってダリルにしがみついた。
ダリルはそっとリヤカーに私を降ろすと隣に座った。


『ありがとう』
「あぁ」
『ねぇ、他のみんなはどうなったの?誰かに会った?』
「いや…ベスと逃げたが、途中ではぐれた。誰かに攫われた」
『そう…手がかりはないの?』
「車を追っていたが見失った。白い十字架の書いてある車だ」
『(頷く)分かった。他は?』
「……ハーシェルが死んだ」
『うそ……』
「総督に首をはねられた」
『そんな……』


ダリルに抱き付いて泣いた。
ハーシェル…いつも父のように心に寄り添ってくれた人
とても素晴らしい人だった。


「あとは分からない…生きてるか、死んでるかも」
『きっとみんな生きてる。私達が会えた様に、また会える』
「あぁ。そうだな…」


少ししてジョーが戻ってきた。


「ジョー。こいつの兄貴を探したい」
「トニー、彼女がいた所まで連れて行ってやれ」
「分かったよ」


ダリルが私をお姫様抱っこしてトニーの後について行く。
後ろからジョー達も一緒に来ていた。


「この足跡だな…」
「南の方に向かったのか?」
『そうよ。そう言ってた』
「こっちは終着駅の方角だ。俺達が目指してる方角でもある」
「俺達は足跡をたどっていく」
「目的地が同じなんだ、一緒に進めばいい。
 ウォーカーの群れに襲われたらどうする?
 1人でその子を守れるのか?歩けないその子を?」


ダリルを私を見た後、"分かった"と言った。


「よし、決まりだ。リヤカーまで戻るぞ」


リヤカーまで戻り、私を乗せるとダリルはリヤカーを引いた。
足跡は2人の男が追ってくれている。
見た目から悪くて怖い人達かと思ったけど、優しいのかも…


「お嬢ちゃん、名前は?」


"お嬢ちゃん"
メルルが私を呼ぶ時に呼んでいた呼び方だ。
なんだか懐かしく感じる。


『エリーよ』
「俺はジョーだ。ひとつ聞きたい事がある」
『なに?』
「君の兄貴はヒゲがもじゃもじゃの白人か?」
『……いいえ。ただの日本人よ』
「あぁ、安心した。君の兄貴を殺さなくて済みそうだ」
『なに?どういうこと?』
「実は少し前に仲間が殺されてね。殺した男を探してる」
『それは…残念だわ……』
「ヒゲがもじゃもじゃの白人だ。顔はトニーが見てる。
 エリーはどこかで見なかったか?そんな男を…」
『しばらくお兄ちゃん以外の人と会ってない』
「そうか…近くにはいるはずなんだがな…」


ヒゲが生えている白人なんて…
今の世界にはどこにでもいそうだ。
みんなヒゲを剃っていない。
剃れないだけだけど…


しばらく歩くとジョーの指示で建物の中に入り泊まった。
お兄ちゃんとは、はぐれてしまったけどダリルに会えた…
後はお兄ちゃんを探して、みんなを見つければ……

そんなことを考えながらダリルの腕の中で眠りについた。




次の日もリヤカーに乗せてもらい前に進む。
まだお兄ちゃんの足跡は続いているらしい

途中でまん丸に太ったウサギを見つけた。
クロスボウでウサギを仕留める。


『やった!ダリル!見た?つかまえ―』
「"取った"」
『……"取った"?』
「待ってろ、取って来る」


ダリルは質問に答えずウサギを取りに行った


「そうか、お嬢ちゃんは知らなかったな。
 いまのは俺達のルールだ。何かを見つけたら
 "取った"と言った人がそれを貰う権利がある。
 誰が見つけようと、死ぬ思いで取ってこようと
 "取った"といった奴の物だ。それを奪うことは許されない」
『奪ったらどうなるの?』
「全員でリンチだ。それがルールだ」
『じゃあどうしてもその人が持っている物が欲しければ?』
「それは交渉すればいい。物々交換でもいい。
 そいつの労働力になってやるのもいいだろうな。
 エリーなら…一晩で解決だ」
『それだけはないわね』
「残念だ」


ダリルは血抜きしたウサギをリヤカーに乗せ
矢を私に返すと、隣にいるジョーに警戒のまなざしを向ける


「世間話くらい、いいだろう?」
「……あぁ」


ダリルはまたリヤカーを引き始めた。


「あの距離のウサギを仕留める腕の持ち主だ。
 手を出す気にならん。どこでその技術を学んだ?」
『クロスボウの使い方はダリルからよ』
「ダリルとはいつから?」
『いつからって?』
「いつから一緒にいる?」
『この世界になってからすぐよ。
 何人かの仲間達と色んなところを転々としてきたの。
 ……でもどうしてそんな事を聞くの?』
「ここ数日、ダリルといるが一向に心を開いてくれない。
 君に会って生きる活力は出てきたように見えるが…
 どうして彼は君にそんなに心を開いているんだ?」
『さぁ…分からないけど…私達はずっと一緒だったもの
 あなたとは過ごした年月も、乗り越えた試練の数も違うのよ』
「そうか……」
「ジョー!」
「どうした?」
「足跡が途絶えた」
「今行く」
「俺も見てくる」


ダリル達が森の中へ入っていく。
心配になって身を乗り出すが、全然見えない…

少ししてダリルが戻ってきた。


「上から何かが通ったらしい。足跡が消えてた……」
『そう…でもまだ生きてる望みはあるんだよね?』
「あぁ。襲われたり、争った痕跡はない」
『そっか……』
「大丈夫だ。見つかる」
「兄貴が行きそうな場所の心当たりは?」
『兄は終着駅に行ったんだと思う。
 私のケガを見てもらうために元々向かってた。』
「決定だな。予定通り終着駅に向かう」


線路沿いをそのまま歩き続けた。
お兄ちゃんの無事を祈りながら……




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