10

メルルはご機嫌そうにダリルの肩に手を乗せた。
反対にダリルはへこんでいて言葉も発しない。


「なんだ?せっかく兄貴に会えたのにその面はよ」
「兄貴のせいで、みんなと離れるはめになったんだ」
「俺がいるだろ?それにお嬢ちゃんも」
「……あいつらはもう家族なんだよ…」


その言葉に私も俯く。
このメルルって人はデリカシーがない。
本当の本当にダリルのお兄さんなんだろうか…


「それで?お嬢ちゃんの紹介はいつしてくれる?」
「そうだな。エリーだ」
「それだけか?」
『あの、カルメンエリーです。日本人です。
 日常英語は出来ますが、あまり早口だと分かりません。
 それと…専門用語とかもあんまり…銃とナイフ
 このクロスボウは使えます。よろしくお願いします』
「俺に敬語はいらねぇよ。ダリルとは?」
『…?と言いますと?』
「どういう関係なんだ?」
『どういう……』


なんて答えればいいんだろうか…?
私だってさっき初めてダリルから"愛してる"と
言われたばかりなのだ…返答に凄く困る。
するとダリルが私とメルルの間に入って来る。


「こいつは俺のだ。兄貴でも手出しは許さない」
「あぁ、分かった分かった……ダリル。
 これから3人でやっていくんだ。世間話はいいだろ?
 お嬢ちゃんも敬語は無しだ、いいな?」
「あぁ」
『分かった』
「それで?ダリルとはいつから一緒に居るんだ?」
『えっと…結構前から…アトランタにいる時からよ』
「アトランタ?キャンプにいたか?」
『あー…あなたが手錠で繋がれた後からよ』
「あぁ。それでか。見覚えが無いと思ったぜ」
『結果的に命を助けられて、それでずっとみんなと…
 手錠を切る道具を持って助けにも行ったんだけど…』
「あぁ。待ち切れず手を切っちまった」
『あー…ごめんなさい』
「どうしてお嬢ちゃんが謝る?お嬢ちゃんは悪くない」


ダリルは黙って私達の話を聞いている。
近くに一軒の小屋を見つけると"入ろう"と言った。


「ここで物資を捜そう」
『うん。何かあるといいんだけど…』
「だめだ」
『え?』
「ここには入らねぇ」
『どうして?』
「食い物なら動物を捕まえればいい。
 ここは森の中だぞ?リスもウサギも捕まえられる」
『でもいつ出会えるか分からないし…』
「水も必要だ」
「川で汲めばいい。いいから行くぞ」


ダリルと立ち止り顔を見合わせるが、
メルルはどんどん先へと進んでしまう。
仕方が無く私達はメルルを追いかけた


しばらく行くとメルルはトイレがしたいと言う。
私はメルルから少し離れることにした。
男性はどこでも簡単に済ませられるからいいよね…
ダリルは森を見渡し、イラついた態度を見せた


「くそっ…アリや蚊くらいしかいねぇ…」
「焦るな。その内リスが通る」
「たいした食料にならねぇ…」
「ないよりはマシだ」
『ご飯食べてきたら良かったね…』
「すぐ何か食わせてやる。もう少し我慢出来るか?」
『うん、全然大丈夫だよ』


ダリルが私の頭を撫でてくれる。
なんだか突然の子供扱いに少しおかしくなる。


「やっぱりさっきの家を物色するべきだった」
「そう仲間に教えてられたのか?残飯をあされと?」
『あさるなんて、そんな言い方…』
「やめようぜ。川を見つけ、魚を捕ろう」
「そうやって刑務所に誘導する気だろう?」
「……屋根がある。食料も、水も。
 塀の中は安全で…トイレもあって快適だ。」
「お前達はいいが、俺の居場所はない」
「そのうち慣れる」
『私達も一緒だからきっと大丈夫よ』
「どうせ全員殺されてる」
『……っ』
「断言出来るか?」
「今頃、引っ越し祝いのパーティ中さ。
 お前たちの仲間は埋められてる。
 ……川に魚を釣りに行こう」


メルルは唾を吐くと先に行ってしまった。
どうしてこんなことを言われなくてはならないの…
みんなはまだ生きてるって信じているのに…


『……っ。』
「兄貴が悪い……大丈夫だ。みんな生きてる…
 あいつらは簡単に死ぬような奴らじゃない。
 それは俺達が良く知ってるだろ?ん?」
『うん………』


堪らず泣きだす私をダリルが抱きしめる。
この世界になってから強くなったと思っていたけど
私はまだまだ弱い様だ……


「ほら、泣きやめ。な?メルルに置いてかれちまう」
『うん…もう大丈夫…』


ダリルは私に軽くキスをすると、メルルを追いかけた


「サハッチークリーク辺りか?」
「西へは進んでない。イエロージャケットだ」
「バカ言うな。イエロージャケットは程遠い」
「西じゃなく南へ進んできたろ?」
「…ふっ。俺は手を。お前は方向感覚を失ったな」
「今に分かる」
「エリーはどうだ?」
『私…?私は日本育ちなんだから分かる訳ないよ』
「それもそうか。ダリル、賭けるか?」
「たかが水ごときで賭けなんて…なぜ競いたがる?」
「突っかかるな。カッカせずに楽しもうぜ」
「聞こえたか?」
「獣が暴れてるな」
『赤ちゃんの泣き声に聞こえたわ』
「俺もだ。赤ん坊だ」
「ションペンも雨の音に聞こえるか?
 アライグマどもがイチャついてるのさ」


メルルの言葉とジェスチャーに思わず眉間にしわがよる。
きっとマギーもこういうタイプは大嫌いだろう。
本当にこの人とうまくやっていけるのだろうか……


ダリルについて行くと橋の上で襲われている人達が…


「おい、飛べ!ははっ」
『大変…早く助けなきゃ!』
「冗談だろ?お嬢ちゃん。なんの意味がある?」
『意味とか、そういうのじゃない!』
「行くぞ」
「おい、待て!弾をムダにするな!
 食い物か女をくれないと助けは出さない。
 それが俺のポリシーだ!手本にしろ!」


私とダリルはメルルを無視して走り出す。


「俺は右から。お前は左だ」
『分かった!』


お互いクロスボウを構え、ウォーカーを殲滅していく。
車の中には赤ちゃんとその母親らしき人が乗っている
ついおてんば娘を思い出して目頭が熱くなる。

私達が必死に戦っているのにメルルは座っている。
心なしかこちらを見て楽しそうにしている気もする
そんなに余裕があるなら手伝ってくれればいいのに!


なんとかウォーカーを殲滅するとメルルが車に近付き
車の扉を開けた。男性は何かを話しているが
英語じゃないため私達には伝わらない。


「そこで止まれ。感謝の仕方も知らないのか?」
「………やめろ」
「エンチラーダくらい食わせてくれてもいいだろ?」
『あなたは何もしてないでしょ?』
「ウォーカーを倒した」
『一体だけじゃない!』
「いいだろ?大人しくしてろ…」
『やめて、メルル!』


メルルをやめさせようとするが、
彼は車の中の荷物を物色し始めている。
ダリルはメルルと男性を交互に見ている
きっとどう対応すべきか悩んでいるのだろう。
私はさっきからのメルルの言動が許せない…
メルルに後ろから掴みかかった。


『やめてっ!メルル、さっき"残飯はあさらない"
 って言ってたでしょ!じゃあ今すぐやめてよ!』
「うるさいぜ、お嬢ちゃん」


メルルはこちらを一度も振り返らず
片手で私の事を突き飛ばした。
後ろにこけ、尻もちをつくが大した痛みはない。
メルルも本気で突き飛ばした訳ではなかった。


「エリー…!」
『平気よ』
「車から出ろ」
「…まさか俺に行ってるのか?」
「乗れ。行くんだ!早く乗れ!」


ダリルはメルルにクロスボウを突き付けたまま。
車が去るとメルルはクロスボウの先を払いのけた。


「エリー、行くぞ」
『うん……』


ダリルは私を起こすとさっさと歩き始めた。
これはきっと、いや絶対。かなり怒っている


「俺を脅しやがって!」
「怖がってた」
「感謝の印に何か渡すべきだろ?」
「その必要はない」
『そもそもあなた、何もしてないから!』
「死ぬかもしれないが親切心で助けろと
 保安官にでもそう教わったか!?」
「赤ん坊がいた!」
「おぉ、赤ん坊がいなかったら見殺しか?」
「兄貴を助けに戻った!手を切ったのは自分だろ!?
 待っていれば助けられた!繋がれたのも自業自得だ」
「笑わせてくれるぜ。」
『ちょっと2人とも落ち着いて…』
「お前とリックはいい仲の様だな。
 奴には言ってないだろ?
 あぁ、そうだ。お嬢ちゃんにも言ったか?
 キャンプから略奪する計画だったと…」


メルルの言葉を聞いて、思わずダリルを見る。
ダリルはメルルを睨み続けている。


「実行しなかった」
「俺がいなかったからだ」
「子供のころは誰が、誰を見捨てた?」
「だから手を失ったと!?」
「バカでクズ野郎だからだ!」
「生意気言うな!」


メルルがダリルを追いかけ、服を破る。
ダリルの痛々しい背中が見える…
いつかダリルが見せてくれた傷跡だ…


「お前もか…?」
「あぁ。やられた。兄貴が家を出てったからだ」
「家を出なきゃあいつを殺してた…」
『ダリル、これ着て…?』
「いい。リュックを背負う」
『でも…』
「大丈夫だ。もう行こう」
「どこへ行く?」
「仲間の所だ」
「俺は行けない…
 黒人女を殺そうとした。中国人のガキも…」
「韓国だ」
「知った事か…」


こんな時だけど、グレンとダリルの会話を思い出す。
あの時もダリルはメルルと同じように"どっちでもいい"と
興味もなさそうに言っていた。
ダリルは変わった。メルルとは違う……


「俺は一緒に行けない…」
「今回は置いて行く。どこかへ消えろ。昔みたいに」


ダリルは私の手を引っ張って進んでいく。
メルルの方を見ると悲しんでいる様な…
怒っている様な表情をしていた。


『ダリル…本当にいいの?』
「あぁ。兄貴のクソさが良く分かった」
『でもあんなに会いたがっていたのに…』
「もういい……俺の家族はあいつらだけだ」


ダリルの握る手が痛い。
私は黙ってダリルが引っ張るまま、ついて行った。




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