トラックの中でダリルとたくさん話をした。
ダリルのお兄さん、メルルのこと。
私の家族やホストファミリー、友人のこと。
懐かしい、楽しい話ばかりをした。
今の話は…ひとつもしなかった。


「行くぞ。声を立てるな…」
『うっ…』
「しー」
『(頷く)』


私達は無事にCDCに着いた。
でもこの状況は予想していなかった。
兵士もウォーカーもたくさん死んでいる。
腐敗臭や虫がひどい…
気を抜いたら吐いてしまいそうだ…
カールやソフィアも苦しそうに顔を歪めている


「静かに。急ぐんだ!」


リックを先頭に全員で速やかに建物を目指す。
建物に辿り着いたリックが扉を見る。


「どうだ?」
『誰もいない…?』
「いや、中にいる」
「……ウォーカーだ…」
『しかもたくさん……』
「ここは失敗だった…最悪だ」
「墓場に連れてきやがって!」
「うるさい!黙ってろ!」
「諦めよう…!」
「逃げるのよ!」
「退散するぞ!」


誰もいない雰囲気の建物。
無数に広がる人間とウォーカーの死体。
そして私達に近付いて来るウォーカーの群れ。
それらの全ての要因が私達をパニックに陥れた。


「リック!日が暮れるわ!」
「フォートぺニングへ!!」
「125マイル先だ!」
『125マイル……』
「今、どう乗り切るかよ!」
「少し考えさせてくれ…」
「行くぞ!」
『ダリル!』
「なんだ!?」
『125マイルってどれくらい!?』
「それ今聞く事か!?」
「カメラが動いた…」
「錯覚だ…!」
「動いた…間違いない!」
「自動で動く様になってる!
 それか緩んだだけだ!リック…
 動いてない…諦めろ!誰もいない!」
「そこにいるのは分かってる!助けてくれ!
 女や子供たちもいる!他に行く所が無いんだ!
 俺達を殺す気か!?頼む!殺さないでくれ…!」
『リック…』
「リック!無駄だ!」


恐怖が直前まで迫って来たその時、
今まで開かなかった扉が開いた。


「入ろう……」


リックの合図でおそるおそる中に進む。
一番後ろにいたダリルを見ると力強く頷いている。
私もみんなに続いて中に入る。


「ウォーカーの侵入に注意しろ」


どこかから男の人の声がする。
みんな辺りを見回して警戒する。
すると武装した1人の男が降りてきた。


「感染してないか?」
「感染した仲間は…置いてきた」


私達が感染していないことを知ると
入場料代わりに血液検査を受けて欲しいと言われた。
正直、注射は好きじゃないんだけど…仕方が無い…


「中に入れ。そのドアは二度と開かない」


そう告げたジェンナー博士に連れられて
私達は建物の奥へと進んだ。
全員でエレベーターに乗り込み、目的地へと進む。


「博士も銃を?」


一番端に乗っていたダリルが問いかける。
その言葉に全員が博士を見つめる。


「ウォーカー退治の為だ。君達は撃たない。
 でも、君には…気を付けなきゃ」


そうカールに冗談交じりに告げた博士は
先程までの緊張した面持ちから少し和らいでいる様に見えた
私はそっとダリルの手を握り、彼にもたれかかった。
彼は意外にも嫌なそぶりを見せなかった。
ダリルの側にいると、とても安心する…


そして私達はゾーン5へ。


「次は…」
『キャ、キャロル?お先にどうぞ?』
「エリーは?」
『後でいい』
「そう?おいでソフィア」
「うん……」


心の準備が出来るまでもう少し時間が欲しい。
そう思ってキャロルとソフィアに先を譲った。
後ろにいるダリルの目線が突き刺さる。


「エリー?」
『何?ダリル』
「お前…まさか注射が怖いのか?」
『怖くはない…けど…』
「じゃあ次はエリーの番だな」
『えっ!あ、いや、その…次はグレンでしょ?』
「え?まぁ、俺はどっちでもいいけど…」
『ほら、ね』
「でも苦手なら早く終わらせれば?」
「グレンの言うとおりだ」
「次は?」
「ほら」
『うぅ…分かったわよ!』


ダリルとグレンに言われて次に出る。
はぁ…本当に嫌だ…


『あのぉ…』
「注射が苦手?」
『まぁ…得意では無いです…』
「目をつぶると良い。見ない方がすぐ終わる」
『えぇ、でも目をつぶるのも怖いっていうか…』
「エリー、大丈夫か?」


ニヤニヤしたダリルがグレンと肩を組んで聞いてくる。
グレンも心なしかニヤニヤしているのが気に入らない…


「動かないで。じっとしていて」
『大きなお世話でっ……』


2人に言い返そうとした瞬間、腕に痛みが走る。
振り向くと針が刺さり、血が抜かれている所だった


『あぁ……うぅ…』


思わず見てしまったが、慌てて辺りを見回す。
やっぱり注射は慣れない。


「はい、終わりだ」
『……ありがとうございました…』


注射が終わり、前に進むとカールと目が合い
子供達の前であのような醜態を晒したかと思うと
突然、堪らなく恥ずかしくなって顔をそむけた。


「エリー」
『グレン…』
「俺は痛くなかった。平気だったよ」
『よくもさっきは笑ってくれたわね!』
「あはは!痛いよ、エリー。ごめんって」


次に血液検査を終えたグレンが笑いながら話しかけてくるので
私はグレンに文句を言いながら叩いた。
次にやって来たダリルもグレンと似た様に
ニヤニヤしながらこちらに来たので
口を開く前に叩きに行ったが、あっと言う間に手を掴まれた。


「ふっ。怒るなよ、ベイビー」
『誰がベイビーよ、だ・れ・が!』


そのままグレンとダリルに肩を組まれる。
成人男性2人分の腕の重みがかかって重い…
『重いんだけど!』と言うと2人は顔を見合わせて笑った
ウォーカーを心配せずにこんな風に大声を出して
はしゃげるのはいつぶりだろう……?
とても楽しい時間だ。


「アンドレアで最後?」
「あぁ、終わりだ」
「…っ」
「大丈夫か?」
「えぇ…」
「長い間何も食べていないの…」


ジェンナー博士は私達の言葉を聞くと
たくさんの食べ物、ジュース、そしてワインを出してくれた。
久しぶりのご馳走やお酒に私達は大喜び。
大いに笑って、飲んで、楽しんだ。


「イタリアでは、子供も少しワインをたしなむんだ」
「ここはイタリアじゃないからダメよ」
「構わないだろ?エリーも飲んでる。
 飲ませろ。いいだろ?」
「飲んでごらん?」
「……エリー、美味しい?」
『うーん…カールにはまだ分からない美味しさかもね』
「良く言うよ」
「エリーだって若いだろ?」
『グレンまでそんなこと言うの?私はもう22歳よ?』
「…本当に?日本人は若く見えるけど…君は特別だ」
「あぁ、俺も22歳だとは思わなかった」
『リックまで!』
「カール、飲んでごらん」
「……(ごく)うえっ」
「それでいいのよ」
「まずいよ」
「サイダーがお似合いだな」
「グレンは飲め」
「なぜ?」
「どこまで赤くなるか見たい」
「あはは!」
『グレン、勝負ね!』
「なんのだよ!」


みんなで笑い合う楽しい時間。
こんな時間が永遠に続けばいいのに…


「主催者にお礼を言おう
 彼は命の恩人だ。博士に、乾杯!」
『「乾杯!!」』
「ありがとう」


感謝を述べ、ワインを口にする。
そんな楽しい空気の中、シェーンが口を開いた。


「一体、何が起きたんだ?
 ここで他の博士たちと一緒に…
 研究してたんだろう?彼らは?」
「祝いの席だぞ。今はよせ」
「ちょっと待て、ここに来た目的は?
 答えを求めて来たのに見つけたのは…
 彼だけなんて。一体どういうことだ?」


シェーンの鋭い視線を受けた博士は重い口を開けた。
研究者の多くが家族と過ごす為に自宅に帰り
残った人たちもここで、生きることを諦めた。
ここに残って研究を続けたのは、彼一人…


「すっかりしらけちまった」
『グレン』


グレンをたしなめるように名前を呼ぶと
肩をすくめ、ワインを飲んだ。


ジェンナー博士の案内で寝室に向かう。
娯楽室や温かいシャワーがあると聞いて
さっきまでの空気はガラリと変わる。


「お湯があるって?」
「確かに聞いたぞ!」
『さいっこう!』


グレン、Tドッグとハイタッチをして部屋に向かう。
Tドッグとグレンが入った部屋に続いた部屋に入った。


久しぶりのお風呂はそれはもう最高!!
こんなにお湯が恋しくなるとは思いもしなかった。
たっぷり堪能した後、バスローブをはおってシャワーを出る。
するとそこにはなぜかダリルがいた。


『ダリル…?ここで何してるの?』
「リックが男はこっちに固まって寝ろと。
 女はあっちに固まって寝るそうだ。
 だからここは俺が貰う」
『あー、そうなの?分かったわ
 それよりシャワーを浴びたら?もう最高よ!』
「あぁ、そうする」
『私は娯楽室でも覗いてくるわ』
「髪を乾かしてから行け」
『えぇ…やだぁ…めんどうよ』
「いいから」
『……分かった』


満足そうに頷いたダリルはシャワー室に消えた。
私は言いつけ通り髪を乾かし始めたが
半分ほど乾いた所でめんどくさくなって部屋を出た。


『娯楽室は〜こっちかしら?』


久しぶりのお酒に完全に酔っ払いの私が
娯楽室を目指して道を進むと、キャロル達に出会った


『あら、何を持っているの?』
「本よ!それとおもちゃ」
『いいわね〜』
「ふふ、エリー。あなた酔ってるの?」
『キャロル。私は酔ってるかもね。ふふ』
「ふふ。おかしいわ」
『私も娯楽室に行くの』
「ローリがいると思うわ」
『おーけー。おやすみ』
「「おやすみ」」


2人におやすみを告げて娯楽室に向かう。
すると中から大きな声が聞こえる。
はは〜ん、さては酔っぱらって遊んでるな?
私も混ぜてもらおう


『ローリ、そこに誰、いたっ!』
「エリー……どけっ!」
『きゃっ!シェーン!ケガしてる!』
「ほっとけ!」
「エリー!平気?」
『う、うん……今の…シェーン?
 何かあったの?大きな声がしてた…』
「なんでもないわ…なんでも…」


扉の前でぶつかったシェーンに突き飛ばされ
壁に身体を打ち付けたけど、シェーンのひっかき傷と
ローリの態度に頭がいっぱいだった。


『シェーンは…ウォーカーにやられたの?』
「いいえ、そうじゃないわ。安心して」
『うん……』
「立てそう?大丈夫?」
「大きい音がしたが…?」


座り込んだまま顔を上げると髪の乾いていないダリルが。
音を聞いて駆けつけてくれたのだろう。
服も乱れている。


『平気よ。ぶつかっただけ』
「飲み過ぎか?」
『そうかも。手を貸して』
「あぁ」
「私は…行くわね」
『おやすみ。ローリ』
「おやすみ…」


ダリルに起こしてもらい、ローリを見送る。
するとダリルはなぜか私の顔を見ている。
じっと見つめてくるダリルがおかしくて笑う


『どうしたの?ふふ、ダリル。
 髪を乾かさないとだめじゃない』
「俺はいいんだ。すぐ乾く」
『私もすぐ乾くのに』


笑いかけるとダリルはようやく笑った


「部屋で飲み直そう」
『賛成』


ダリルの部屋に戻り、ワインを開け
飲みながら2人で会話に花を咲かせる。
さっきのことはダリルは触れてこなかった。


『あ、結局、娯楽室に入ってないわ』
「明日行けばいい。時間はたっぷりある」
『それもそうね。楽しみだわ』
「エリー、額が赤くなってる」
『本当?さっきぶつけたのかしら?』


額を触るとダリルがその手をそっとどかし
赤くなっている額に優しくキスをした。


『……ダリル?』


ダリルの名前を呼ぶと両手で私の顔を包み私を見つめた。
綺麗な青い色の瞳を見つめ返すと…
その瞳に吸い込まれそうな気がした。

このままグラスを持っていたら落としそうな気がして
ワインの入ったグラスをテーブルに置こうとした。
ダリルは私が動こうとしたのを察して手を離した…


『わっ…!』


テーブルにグラスを置こうとしてバランスを崩し
ダリルに抱きつく。


『ご、ごめん…』
「なんだ?誘ってるのか?」
『ちょっ!ちがっ!』
「違うのか?」


顔をそむける私の顔をダリルが捕まえる。
きっと私の顔は真っ赤なことだろう。


「……いいか?」
『う、うん……』


ダリルは私にキスをした。





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