novel | ナノ
※事後注意






意識が朦朧とする。なかなか働こうとはしない怠けた脳細胞に喝を入れるべく彷徨う指先でカーテンの裾を掴んで引っ張る。当たり前のように布の裂ける音とプラスチックの砕ける音が鼓膜を揺らした。どうせ昨夜の騒動で赤黒く染みの残ったそれだ、最早愛着はない。破れ残った布の隙間から不均一な朝の光が差し込む。室内に舞う塵と反射して、いつかスニッフルズが言っていたダイヤモンドダストとかいう現象はこんなものだろうか、なんてぼんやりと考える。片手に残ったカーテン、だったものを床に捨て置いて、いまだ柔らかなシーツを名残惜しむ身体をゆっくりと起こし、光が差し込んだことにより僅か明るくなった室内を見渡す。壁にかけておいた時計は床で無残な姿に変わり果て、長針が狂った方向にカチリと移動した。壁や床には見慣れた染みが点在し、まるでダーツのようにカレンダーには銀に閃くナイフが突き刺さっていた。

「…………片付け、大変そうだ」

いっそのことこれを機に室内のものすべてをゴミにしてしまおうか。冗談とは言わずそんな考えが過ぎる。元々あまり留まることのない我が家。キッチンさえ無事ならば、あとはどうとでもなるだろう。朝一番から重い溜息を吐き出すと、もぞりと隣で衣擦れの音と共にそれまで傍にあった温もりが離れた。

「…shit、…眩しい」
「朝だからね」
「今すぐ夜にしやがれ」
「無茶なこと言わないでくれよ」

掠れた低音が布団の下で響く。ふっくらと丸まったシーツ、一人分の面積しかないそれは完全に声の主へとはぎ取られて若干寒さを覚える。無理難題を押し付ける彼にこちらも朝方のテンション、力も抜けるというものだ。

「…クソ、睡眠時間返せ」
「それは私の台詞だよ。大人しく冬眠していればいいものを…」
「冬眠するには食糧が足らなかったんだろォよ」
「贅沢な話だ」

夜中。一日の有意義なパトロールを終えて休息を求め帰宅した我が家にて待ち構えていたのは暖かなベッドでもなければ食事でもなく(いや、ある意味食事といえば食事―おっとこれは下世話な話)言わずもがな、愛妻でもなかった。独身主義の私に愛妻がいるわけもない、けれど。この世界のどこにぎらつく凶器を手に散々家の中を荒し回り扉を開けた瞬間襲いかかるような愛妻がいるというのか。そして二人して死線ぎりぎりの乱闘を行った挙句、なし崩しに事に及ぶなんてまるで安っぽい深夜ドラマみたいな話が―あってしまうのだから、現実というものは残酷だ。こうして朝を迎える度にやるせなくて仕方がない。

「…さみィ」
「シーツ全部はぎとっておいて言う台詞かい?」
「腹減った」
「…………」

もう一度言う。現実というものは残酷だ。なし崩しとはいえ最終的には唇を許されるという快挙まで成し遂げた次の朝にこの仕打ちとはどういう道理だろう。

「言っておくけど、大したものは出せないし味の保証はしないからね」
「いいから黙って作れよpoopy」

減らず口を。思わず満面に浮かべた笑みはうっかりと発射しそうになった光線を遮断してくれて、自分の理性に賞賛を送る。背を向けぼそぼそと文句を垂れるかのように言葉連ねる彼を放り出す気も起きず、きっと昨晩の名残りが残っているのだろうと思えばざまあみろ、なんてヒーローらしからぬ気持ちも生まれはするが本日は休日。許されてもいいだろう。

「Good morning slowly」


そっと押し付けた唇を離して囁いた台詞に重なるように大きな舌打ちと共に裏拳が飛んできて頭にヒットしたから、彼への目玉焼きは黄身を崩してやることにした。



私のつけたに口付け



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Happy Birthdayやさいちゃん!