novel | ナノ
たとえば、明日世界が終わるとしたらの話。



きみとぼく




いつもの朝はいつも通りに訪れた。やさしい朝の光がカーテンの向こう側から差し込んで、少し眩しくて、布団の中でもぞもぞと三分間。遅れてなりだした目覚まし時計の音に飛び起きて、慌てて時計の針を確認して、寝間着のまま洗面所へと駆け出す。鏡に映るぼくは眠そうで、髪の毛はぼさぼさ。つめたい水で顔を洗って、申し訳程度に髪の毛に櫛を通す。勿論、ぼくの刺みたいな髪の毛は通そうとはしてくれないのだけれど。また部屋に戻って、普段着に着替えて、リビングに向かう。ベーコンと卵をやけば香ばしい匂いに空いたお腹がきゅうと悲鳴をあげて、ひとりでに笑ってみたり。いつもの朝は、そうしていつも通りに過ぎて行った。


「ふりたん」

バスケットにサンドイッチをたくさんつめて、急いで約束していた丘の上に向かえばもう待ち合わせしていたあのひとはついていて、大きな木に背を凭れてぼんやりとただひたすらに真っ青な空を見上げていた。すこしだけ心臓の音を落ち着けて、震える唇を嗜めながら彼の名前を口に出す。すると、ぴくりと肩が揺れてまるでおひさまのような笑顔をぼくに向けてくれる。そして「フレイキー」と優しい声で、ぼくの名前を呼んでくれる。この瞬間が、ぼくはなによりも好きだ。

「ふ、ふりたん、今日は、軍服じゃないんだ、ね」
「うん、…ペチュニアに怒られちゃったんだ。デートなのに軍服なんてナンセンスだって、さ」
「でっ、でー、と」

苦笑いしながら軍帽を被っていない新緑の髪をわしゃわしゃと掻く彼の言葉に耳まで真っ赤になるのが自分でもわかる。きっと今ぼくは髪の毛とおんなじくらいまっかっかだろう。黒いタンクトップの上に白いシャツ、濃紺のジーパン、なんでもない格好なのに、普段の彼じゃないみたいで、ぼくはとてもどきどきした。小うるさく心臓が飛び跳ねて、どこかにとんでっちゃうんじゃないかって、本気で思った。


「そ、それでね、その後カドルスが、」
「フレイキー」
「え、な、なに、ふりたん」
「楽しい?」
「え?」
「僕といて、楽しい?」
「…う、うん!も、もちろん、だよ!」
「…そっか」

青空を背景に、なんだかとてもかなしそうにわらったふりたんの顔が、ぐにゃりと歪んだ。ああ、ああ、嗚呼。だめ、いかないで、どうして、とても、とても幸せなのに。どうしてまたぼくは、答えを、間違えてしまったのだろうか。手をのばして彼をひきとめようとしても、緑色の瞳は潰れて、代わりに浮かぶのは






「…めでたしめでたし、ってか?」

絵本を閉じた。真っ青な表紙のそれはとても薄っぺらく面白みも何もない寓話だった。足元に転がる赤い毛玉をブーツの裏で踏み潰し、床に叩き付けた本へと唾を吐き棄てる。新緑の草が赤黒く染色されて、どれが毛玉だかどれが草だかちっとも見分けが付きやしない。段々と青白くなっていく毛玉に隠れた肌を見下ろしながら、胸ポケットから取り出した煙草を咥える。

「大概馬鹿だよなァ、お前も」
「……っふ、り、」
「お姫様も王子様もいねえのに、めでたしめでたしで終わる話があるかよ」
「……」
「それとも、てめえがお姫様にでもなるつもりだったのか?ン?そりゃア笑える話だろォよ、毛むくじゃらでどっちつかずのお姫様なンざ新鮮でおもしれえかもな。で、王子様は?俺か?はは、傑作だな。笑えよ、面白えだろ、ほら笑え。笑えよBaby!」
「ふ、り、」


世界の終わる音と一緒に、お話はいつも終わりを告げるのだ。結局、ぼくはいつでも優しい夢ばかりをみて、お月様のように爛々と輝く彼の瞳を忘れてしまう。うまくわらえない。笑えと願う彼の言葉に、ぼくは応えられない。それだけがどうしようもなく空しくて、悲しくて、冷たくなる指先をぼんやりと見つめながらげらげらと遠くなる笑い声に感じたのは、この期に及んでいとしさだけだった。