24 | ナノ



おたんじょうびおめでとうわたし



追記に学怖で荒井くんと恵美ちゃん。ちゅーとかしてる。いとおしい二人。

唇が触れて離れた。やさしすぎて痛い。触れた部分がやけどしたかのようにずきずきと熱を持つ。皮膚が爛れるようだ。ああ、ああ、愛しています。愛しています。と、彼の唇が紡いだ。今しがた私の唇をふさいだその唇をわなわなと震わせながら、その双眸にいとおしい色を浮かべて。あいしています。あいしています。呪詛の言葉のように脳髄を浸していく愛の言葉はきっと私を縛り付ける鎖だ。サイレンが鳴り響く。逃げろ逃げろとだれかが侵されていく脳内の隅っこで嬌声を張り上げる。ぐっと拳を握りしめて、その声を押し込めた。子供のように私に返答をせがむその瞳から逃げるなんて選択肢は存在しないのだ。捕まったら最後。断頭台にのぼる日をまつ死刑囚のように毎日を細々と生き存えて、彼の死刑宣告を待つしかない。毎日毎日、くちづけという毒を浴びて、抱擁という殴打を喰らって、そうして私は生きていく。それはとても素晴らしい日々のようにも思えたし、それと同時になんて寂しく冷たくつまらない日々にも思えた。

「荒井さん」

彼の名前を呼ぶ。彼は顔をあげる。ぼろぼろとうつろな瞳から大粒の涙を溢れさせて。私を視る。目立つ隈がてらてらと涙で輝いて不気味で綺麗だ。ほんの少し前までなくことなんて知らなかったくせに。生意気だ。生意気で、愚かで、不器用で、とても、とても、いとおしい。彼が何度も何度も私に愛をささやく以上に、私は彼に愛を捧げている。しかし、彼はそれに気付けないのだ。だから、こうして不器用に私を抱きしめて、呪いのような愛の言葉を口にすることで私を繋ぎとめようとする。閉じ込めようとする。私がもうずっと前から逃げることなんて諦めているのも知らずに。無垢で無知な子供の性質の悪さで、私を追い詰める。断頭台の隅っこで、私は彼の言葉を待つ。呪って呪って愛してくれた彼が、最後に私に言う言葉はなんだろう。斬首の合図に彼が告げる言葉はなんだろう。その言葉を鼓膜にはりつけて、私は死んでいくのだろう。それは、きっと、とても、しあわせなことだ。しあわせだと、言い聞かせて。私の首を抱きしめてまた愛の呪詛を吐くであろう彼の不幸を慈しみながら、私は彼の不器用な愛情を受け止めるのだ。

「あいしています」

かれをあいしている。
その事実だけは、ほんものだと信じて。




ユディトの幸福論