――お茶淹れの後、ちょっとした女中の所作を教えてもらい、その後は2人とも任務が入っているという事で自由時間となった。

…何しよう。

こういう時はやっぱり幼稚舎に限るな。

私は天井裏の方に目をやり、小さな声で呼びかけた。


「…小太郎君。」


 呼びかけに応じて小太郎君はすぐ傍までやって来てくれた。

幼子の身体で忍の所作をやると何だか猫が現れた感じに見え、微笑ましい。

…とそんな妄想に浸る時間はなかった。

小太郎君の頬に口を寄せ、元の姿に戻った小太郎君に幼稚舎に連れて行くようお願いしてみたら快く了承してくれた。



 幼稚舎に到着すると、時間は読書の時間だったらしく皆大人しく書物を開いて過ごしていた。

…そういえば珍しく今回は殆ど幼子化した子がいない。

教室としている広間を見渡しながらそう思った。

…私もたまには読書をしよう。

図書室のような扱いとなっている一間に向かうと、御伽草子等が置かれているコーナーへと向かった。

…なんか面白そうなのないかな。

さらっと目を通していると、ある書物に目が留まった。

…「源氏物語」。

私にぴったりじゃないか。

嬉々としてその書物を手に取ると、空いている部屋で寝転がって読み始めた。

こんなところ佐助さんに見られでもしたらきっと叱られる気がする。

そう思った瞬間、私の身体は私の意思とは反対に何かの力で起き上がった。

驚いて後ろを振り返ると、佐助さんがいた。

どうやら一度持ち上げられた後、座る姿勢に直されたらしい。


「…いきなり何ですか、佐助さん。」

「いきなりも何も行儀悪いでしょうが。寝転がって書物読むなんてはしたないよ。」

「はしたないっていうなら、背中に抱き付くのはやめてください。それこそはしたないですって。」

「えー。」


 ブーイングする佐助さんだったが、いくら言っても背中からどいてはくれなかったので言うのは面倒になってやめた。

佐助さんを背中につけたまま物語の続きを読み始める。

しばらく無視をされたのが気に食わなかったのか、佐助さんは私の肩に顎を置いて書物を覗き込んできた。

…どうでもいいけど、肩に鉢金が当たって痛い。


「…名前ちゃんが書物なんて読むの珍しいよね。」

「失礼な。私だって読みますよ。」

「えーとどれどれ……「源氏物語」かぁ。……ま、ある意味名前ちゃんらしいね。」

「…どういう意味ですか、それ。」


――呆れたような顔でそう言う佐助さんに、私は少しイラッとした。

怪訝な表情を浮かべていると、佐助さんは溜息をついてから私に聞く。


「じゃあ聞くけど、この物語で一番好きな女子は?」

「紫の上です。」

「…だろうね。幼子好きの名前ちゃんらしい選択だよね。」


…失礼な。

というかこの物語の神髄は若紫ちゃんに決まっているじゃないか。

あの幼い頃のお転婆さを楽しむのが通の読み方…おっと失礼。

何となく馬鹿にされた気分になって、私からも佐助さんに聞いてみることにした。

…というか忍なのにこういうの読んだことあるんだ。

ってあ。潜入任務とかで高位の人に化ける時の教養としているのか。


「そういう佐助さんはどうなんですか?この書物読んだことありますよね?」

「勿論名前ちゃんと同じくらいの年頃に読んだことあるけどさ。」

「じゃあ誰なんですか。やっぱり藤壺とか桐壷あたりの大人のお姉さんとか?」

「……夕顔かな。」


 佐助さんの意外な返答に私は驚いた。

夕顔といったら、最後は呪い殺されてしまう悲劇的な結末が印象的なヒロインの1人だ。

登場している話数も少ないのに何故だろうか。

素直に自分が思っているまま聞いてみると、佐助さんは穏やかな雰囲気で私の頬に自分の頬を寄せた。

…相変わらずスキンシップが激しい。


「だってどことなく名前ちゃんに似てるし。一緒に過ごした日々が凄く短いのに主人公の心にずっと残るとことか、あと…こういう無防備な所とかホントそっくり。」

「無防備って…私が抵抗したところで佐助さんに勝てないじゃないですか。諦めてるだけです。」

「んふー、そういう聡明なとこも結構好きよ。」


――尚も頬擦りしてくる佐助さんに精一杯抵抗を試みたものの、無駄だった。

それどころか余計にくっついてくる。

諦めたように力を抜くと、調子に乗った佐助さんは頬にキスを仕掛けながら私を横たえた。

佐助さんが楽しそうに笑みを浮かべた瞬間――すぐ近くに何かが複数降りかかってきた。

佐助さんは私を抱えて飛び上がる。

向かいにいたのは才蔵さんだった。


「何すんの。名前ちゃんに当たったら危ないでしょうが。」

「心配せずとも長にしか当たらぬよう投げている。」

「え、ちょっとこれどういう展開ですか?」

「名前、長には気をつけろ。」

「だからどういう意味……。」

「名前ちゃん、ちょっと離れててね。才蔵と少し話をしなきゃなんないからさ。」


 私の問いかけに応える間もなく、2人は向かい合って取っ組み合いを始める。

…意味が分からない。

取り残された私の肩を小太郎君が叩いた。


「…小太郎君、この展開の意味分かりますか?」

「……。(お前は分からないのか?)」

「分からないんですけど。」

「……。(分からないならそれでいい。俺は名前が選んだ方ならどちらでもいい。俺が言いたいのはそれだけだ。)」


 ますます意味が分からなくなった私の頭を元の姿の小太郎君は穏やかな雰囲気を纏わせながらポンポンと軽く叩いた。

…私だけが置いてきぼりなのか。

私はがっくりと肩を落としたのだった。


――第二十話 「さなだしのびとよかをすごそう」




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