――私が言葉を失っている間にも幸村さんの御館様自慢は続く。

いつまでも続くそれのせいで本題を忘れかけ、夕餉を食べ終わり、立ち上がろうとしたところ、背中に温もりが感じられた。

振り返ってみると笑顔の佐助さんがいた。


「旦那、そこまでにしときなって。旦那の御館様自慢はいつ終わるか分かったもんじゃないでしょうが。」

「…む、佐助か。任務は終わったのか?」

「ああ、織田のところの動きも今んとこ問題なしって感じかな。ちょいとあっちの忍とやり合っちまったくらいでこっちの負傷も大したことはない。問題は瀬戸内の動き…毛利の旦那がこっちの動きを探ってきてるってことくらいだ。旦那、どうする?」

「…毛利殿か。長曾我部殿がこちらの同盟に入っている以上、戦は避けられぬようだな。」


 佐助さんの報告が始まったので、私もお暇しようとそそくさとその部屋を出ようとしたところ、佐助さんに腕を取られる。

何で私を止めたのか聞きたかったけれど、まだ報告の途中だったので私は口を噤んだ。


「じゃあ俺と風魔、名前ちゃんが鬼の旦那の軍に交じって毛利と交戦している間に中枢へ潜入してみるっていう作戦で。」

「ああ、甲斐から進軍させるのも難儀なことだからな、俺から書状を出しておく。返事が届き次第、出立で良いか?」

「はいはいっと。了解いたしましたよ。旦那、鬼の旦那との手筈、頼みましたよ。」


 片手をひらひらと挙げて佐助さんがそう応えると、報告は終わったらしい。

私の腕を取った手をそのまま佐助さんの胸元に引き込むと抱きしめたまま髪に口づけられた。


「名前ちゃん、お待たせ。部屋に戻ろうか。」

「さ、ささ…佐助!は、破廉恥ではないか!?」

「何言ってんの、旦那。慣れてちょうだいよ。これから夫婦になるんだからさ。」

「だがしかし……!」

「佐助さん、そのことでお話が。」


 私がすかさずそう言うと、佐助さんが殊更機嫌良さそうな顔を向けてきた。

…これは素で嬉しいんだと思う。

何故なら幼子の姿の時の笑顔と重なるから。

私はその笑顔にほんの少し罪悪感を覚えながらも、しっかり自分の意見は伝えねばと決意を新たにする。


「私…夫婦になるって話は了承してないはずなんですけど。」


――その瞬間、2人の空気は止まった。

それは一瞬のことだったけれど、止まったのは間違いないと思う。

その一瞬の後、幸村さんがきっぱりと言い切った。


「悪いが名前、諦めてくれぬか?御館様が決めたこと故、名前の意向はどうあれ、佐助が貰い受ける話は決まったのだ。」

「…それとも俺様と共になるのが嫌?」


 言い切った幸村さんとは正反対に悲しそうな表情を浮かべてみせる佐助さん。

……え、佐助さんの反応見ると私が悪者みたいじゃないか。

そもそも私の意向を無視して話を進めたのは彼なのに何故か罪悪感が湧き上ってくる。

その表情が昨日見た幼子の姿と重なり、私は思わず口走ってしまった。


「嫌なわけないじゃないですか。」

「だよねぇ。ほら、旦那。名前ちゃんもいいって。」

「よかったな、佐助。」


――なんだか騙されている気がする。

朗らかな雰囲気を醸し出す2人の横で私は引き攣り笑いを浮かべていた。




――第十八話 「だが、しかしてきにまわりこまれてしまった」



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